第十話 炭焼き小屋(2)
「はあっ!?」
困惑し狼狽えるシロを見るリヴァイアの目が細く鋭くなった。開けっ放しの寝室の扉の向こうに、毛布が乱れたベッドが見えていた。
リヴァイアは無言でテーブルの上に兎の骸とジャガイモやニンジンを置くと、戸棚の中をかき回してナイフとまな板を取り出した。
「あなたが恋人との再会を二人きりで喜び合いたいっていうなら別に邪魔しないけど、お鍋に水を汲んで暖炉にかけてからにしてもらえるかしら。あとの調理は私がやっておくから、ゆっくりと愛を語らってきたらいいわ」
そういうリヴァイアの声は氷のように冷たかった。
「シロだ、シロだね。ようやく帰って来たんだね」
首にしがみついている全裸の青年がおいおいと泣き出したので、シロはとりあえず彼を首からぶら下げたまま寝室に連れて行った。
「お前の服はどこだ?」
「服? そんなの、ないよ」
「ないって、裸で森を歩いてたのか」
「当たり前じゃないか。いつもそうだもん」
シロは溜息をついて彼を床におろすと、クロゼットから自分の衣類一式を出した。青年には明らかに大きすぎるが、仕方がない。
「これ着るの? なんで? ああでも、おかしな感じだ。なんだかぞわぞわする。オレ、どこかおかしいのかな」青年はくしゃみをして震えた。
「当たり前だ。もうじき冬になる。夜は特に冷えるから、裸でなんか過ごせないぞ」
下着を手に持って不思議そうに眺めているだけの青年を見るに見かねて、シロは彼が服を身に着けるのを手伝った。
「やめてよー、くすぐったい」青年はパンツを履かせようと苦労しているシロに向かって無邪気に笑った。
「騒々しくするなら、せめてドアを閉めてよね!」リヴァイアの棘のある声が飛んできた。豪快に兎かジャガイモを切り刻む音が聞こえてくる。
「服を着せているだけだ。どうも、おかしい。彼はまるで」シロがドアに向かって叫ぶ。
「何言ってるの、シロ。変だよ。あの女の人誰。シロの親戚のおばさん?」
殺気を感じて部屋の入口を見ると、リヴァイアが血塗れのナイフを持って立っていた。
「いま、なんて、いった、の」
「なんでもないよ」
シロは慌てて青年にシャツを頭から被せ、ズボンを履かせた。
「崖から転落して頭でも打ったのかしら、あなたの恋人は」リヴァイアが兎の血で汚れたナイフを握りしめたまま言う。
「恋人じゃない」
「崖」
布が体に当たる感触にくすくす笑っていた青年は突然途方に暮れたように黙りこくった。
「なんだ。本当に崖から落ちたのか?」
シロの問いかけに、青年は答えず、蒼白な顔をしてベッドに座り込んだ。
「オ、オレ、朝陽を見たんだ」
「うん?」
「前にシロに助けてもらった崖で、太陽の光を浴びた」
「えっ」
「それでオレの体は石になって、それから……」
シロはまじまじと青年の顔をみた。いや、似ても似つかない。彼の顔は滑らかで若々しく、寝癖のためかくしゃくしゃになった髪はおそらく白色に近いブロンド、そして、隣室の暖炉から届くオレンジの光に照らされた瞳の色はよくわからないが、リヴァイアの弟といっても通用しそうな端正な容姿だ。しかし――
「まさか……トロちゃんなの?」
シロの問いに、青年は顔をしかめて、またはらはらと涙を流し始めた。
「何言ってんの、シロ。そんなの、見ればわかるじゃん」
「いや、まったくわからないけど」
「一体どういうことなの?」苛ついた口調でリヴァイアが割って入った。
「俺にもよくわからない、でも」シロはべそべそと涙を流している青年の頭を撫でて、言った。
「こんな姿をしているけど、多分、俺の友達のトロールだ。トロールのトロちゃん」
「見ればわかるじゃん、そんなこと」トロちゃんはさらにおいおいと声をあげて泣き出した。
「わかんないってば」とシロとリヴァイアは同時に叫んだ。




