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竜を喰らう:悪食の魔女 “ドラゴン・イーター” は忌み嫌われる  作者: 春泥
第三章 正直者、ついにあのひとと巡り会う?
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第六話 スレイヤーの剣(2)

「だから、ここだけの話にしていただきたいのですが」

「はあ」

 シロの隣に座るシスター・ウーヤが語ったのは以下の通り。


 四日前にシロがどんまい食堂を後にしてから、シスターは折を見てヘルシとの対話を試みた。素面で腹八分目状態というなかなかお目にかかれない状態にあるときだけは、なんとか元ドラゴン・スレイヤーとの対話が可能であった。ヌガキヤ村の惨状をシスターから噛んで含めるように説明を受けようやく理解したヘルシは、暗い顔で言った。

「それは、間違いなくあいつだ。六人の偉大なスレイヤーを葬り去り、俺に重傷を負わせた最古のドラゴン」

「村人を救おうと自ら進んで立ち上がった勇敢な若者が、あなたに助けを求めています。力を貸してあげてください」

「今の俺に何ができる」ヘルシは自嘲気味に言った。

「あなたの後継者で、誰かいないのでしょうか」

「後継者? もうドラゴンだスレイヤーだっていう時代じゃない。強い魔法使いや英雄が活躍するフェアリーテイルの時代は終わったんだ。今なら、王都の軍隊が出て来て大砲やら鉄砲やらをぶっぱなすんだろう」

「でも、ドラゴンを大砲で倒せますか?」

「無理だな」

「あなたは、どうやって王都をドラゴンの魔の手から救ったんですか」

「俺一人じゃなかった。あの時はまだ他にも仲間のスレイヤーがいて……みんな死んじまった。なのに、あいつらは歌にさえならないんだ」

「あなたはどうやってドラゴンを追い払ったんですか」シスターは根気よく繰り返した。「最先端の武器さえ効果がないというのに。ドラゴン・スレイヤーはどうやってドラゴンを倒すんですか」

「まず、ドラゴンの牙から作り出した剣が要る。ドラゴンの鱗を切り裂くことができるのは、ドラゴン自身の牙や爪、骨から作った刃だけだ。最も硬いのは牙だと言われている。これを加工するのは勿論、普通の刀鍛冶じゃだめだ。偉大な力を持った魔法使いでなければ、竜の剣は作ることができない」

「今はもう、魔法使いを見つけるのも簡単ではありませんね」

「他の武器では、たとえドラゴンに傷を負わせられたとしても、すぐに治癒してしまう。回復不可能な致命的ダメージを与えようと思ったら、竜の剣が必要だ」

「その、竜の剣というのは……」

 シスターの視線に気づいて、ヘルシは大きな体で腰にさしている剣を隠そうとした。

「何を考えているんだ」

「何も。ただ……そのような剣は、あなたにはもう必要ないのでは。他にもっと必要としている人が――」

「こ、この剣は、歴代スレイヤーの中でも剣の名手と謳われたハルーカンデンの剣だ。彼がドラゴンの爪に引き裂かれ命を落とした後、剣は長らく行方不明になっていたが、それが数奇な運命の下、俺のものとなった。この剣は俺に残された最後の誇りだ。それを、奪うつもりか」ヘルシはわなわなと震え出した。

「そんなことはしませんよ。ああ、泣かないでください。今、ちょっとだけお酒を飲ませてあげますからね」

 嬉しそうに顔を輝かせたヘルシを残し、奥の厨房に引っ込んだシスター・ウーヤが小さなグラスに注いだビールを手に戻ってくると、ヘルシは机に突っ伏して寝息をたてていた。


「と、いうわけで、この剣をお持ちください」

 再度シスターから目の前に突き出された剣を、シロは暗い瞳で見つめるだけで、受け取ろうとしない。

「あの……」

「なんですか?」

「嫌がる彼をどうやって説得したのかまだ聞いていないのですが、そこは端折ったんですか?」

「いいえ、今ので全部お話ししました」

 気まずい沈黙が二人の間を流れた。

「つまり」いたたまれなくなって先に口を開いたのはシロだった。

「本人の承諾は得ていないが、とりあえずこの剣を持ってヌガキヤ村に帰り、歴代スレイヤー七人が仕留め損ない六人を死に至らしめたドラゴンと対峙しろと」

「そういうことです」

「あの、こんなボロボロな人に唯一残った大事な物を取り上げてしまったら、この人はどうなるんだろう」

「さあ」

「さあって、あんた、シスターだろう。盗みなんか働いたら、地獄に落とされるぞ」

「構いません」

「はあ?」

 呆気にとられるシロに、シスターは晴れやかな顔で言った。

「私の犠牲で、あなたの村の人々は助かるかもしれない。それならば、私は喜んで地獄に堕ちましょう。ヘルシさんには申し訳ないと思いますが……思い出の品を眺めて泣き暮らす彼は、もはや英雄の剣を持つ資格はないと思います。私がここで責任をもってお世話をしますから、それで許していただきたいです」

 シロは困惑顔で言う。

「俺は、あなたに俺たちのせいで地獄に堕ちてほしくない。だれかの犠牲によって成り立つ幸福なんて、そんなのはだめだ」

「随分と青臭いことを言いますねえ。さすが正直者少年から聖人に昇格しミラクルまで起こすひとは違いますね」シスターは笑顔で言う。

「私はね、色々とひとに言えないようなことを、たくさんしてきました。地獄に堕ちることは、とうの昔に確定しています。別に罪滅ぼしってわけじゃないんですけど、汚れ役は私が引き受けますから、あなたはそのまま聖人街道を突っ走っちゃってください」

「そんなわけには」

「うだうだうるせえガキだな」突然シスターの口調が変わった。

「はっ!?」

「こうしている間にも、おめえの村の連中はドラゴンの吐く炎に焼かれ、家屋を壊され、散々な目に遭ってんだよ。なに甘っちろいこと言ってんだ。シバくぞ」

 呆然とするシロの手に無理やり剣を持たせ、椅子から立たせると、シスターは痩せたといってもかなり大きなシロの体を引きずるようにしてドアまで歩かせた。

「首尾よくいったら、それを返しに来てください。私はこう見えて物事を悲観的にしか見られない女なんですが、あなたは、なんだかんだで生き延びる気がします。ご武運を祈ります」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 シロはシスターに背中を向けてごそごそしていたが、ひらべったい革の包みを取り出して、シスターに渡した。

「これは、どこにしまってあったんですか?」若干顔をしかめたシスターが尋ねた。

「それは訊かないでください。それは、ドラゴン・スレイヤーに渡すはずだった前金です。それを、ヘルシさんが起きたら渡してもらえますか」

「お金を渡すと全部お酒になってしまうんですよねえー。ま、剣のレンタル料として、お預かりしておきます。剣を返却いただいたら、お金をお返ししましょう」

 シロは扉のところで立ち止まり、病み上がりには重すぎるような剣を大切に胸に抱いたまま、深く一礼した。頭を上げると、テーブルに着いて虚ろな目で食べ物を咀嚼していた人々が全員立ち上がってシロを見ていた。先ほどから、無意識的に目を逸らしていたのだが、食堂の壁一面に貼られていたのは、正直者の聖人が奇蹟を起こしたという、あれだった。無数のシロの顔絵が、ひらひらと風になびいていた。

「あら、大変」シスターがぽつりと呟いた。

「聖人様……」

 一人の男がそう言ってシロとシスターが立っている扉の方に一歩踏み出したのをきっかけに、食堂の利用客全員が口々に聖人聖人と口にしながら、扉に殺到した。といっても、覇気のない彼らの動作は緩慢で、ひどくゆくりしていた。

「聖人様! 肺をやられて仕事ができなくなったんです。どうにかしてくだせえ!」

「うちのカミさんがもう三ヶ月も床についたままなんだ。小さい子供がいるってえのに、なんとかしてくれ聖人!」

「うちの子は目が見えないんだ。聖人様!」

「倅がまた大学の入学試験に落ちたんだ聖人!」

「金金金、金が必要なんだ聖人様!」

「あんた、奇蹟を起こせるんだろう!?」

 顔色の悪いみすぼらしい人々が、我先にと聖人に縋りつこうと詰め寄って来るさまは、さながら墓場から甦り聖者を襲う死者の群れのようであった。

「うわっ」

 シロはただでさえあまり血色の良くない顔をさらに青くし、硬直した。

 シスター・ウーヤはシロを突き飛ばして外に出させると、急いで両開きの扉を固定しているストッパーを外した。

「ここは私に任せて、行ってください!」

「でも、そんな」

「やせ細った失業者の群れなんて、我々の敵ではありません。いいから行って!」

 扉が閉まる瞬間にシロが見たのは、シスターの慈悲深い笑顔だった。

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