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竜を喰らう:悪食の魔女 “ドラゴン・イーター” は忌み嫌われる  作者: 春泥
第二章 魔都キンシャチで正直者は女に溺れる?
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第十五話 虫の息の聖人

 その派手な破壊音は、中庭を挟んで賑やかな表通りに面した店舗にまで届いた。

 店頭に立ち、シロ聖人目当てに押し寄せる客にナガミ村名物ハッチョを売りつけて上機嫌の店主ナカさんは、一瞬驚きに目を見開いたが、すぐに元通り愛想のよい顔に戻った。

「失礼。ありゃあハッチョの製造所の音だわ。賑やかでしょう? 普段は、ご来店のお客様を驚かさんよう夜間営業しとるんだが、見ての通りの大繁盛で、昼間も稼働させんとおっつかんのですわ」

 とかなんとか適当なことを言って(キンシャチ支店のハッチョはナガミ村本店からの取り寄せで、製造は行っていない)、ナカさんは店の奥にいそいそと引っ込んだ。中庭を突っ切るルートで、客人が滞在している離れへと急ぐ。

 いや、客人ではなく聖人だ。

 そう広くない中庭を半分も進まないうちに、ナカさんは異常に気が付いた。聖人が滞在してる部屋の窓が、爆発でも起きたかのように、吹き飛んで硝子や窓枠の破片が庭に散乱していた。そして、窓から少し離れた壁際には、奉公人のキが倒れていた。

 ナカさんは口を「Oオウ」の形にしてしばらく呆然と見つめていたが、気を取り直してキに駆け寄って首筋に手を触れてみた。

 死んではいない。

 きつく目を閉じているが、外傷は擦り傷程度。命に別状はなさそうだ。

「そうだ、聖人様!」

 窓枠が外れ壁の煉瓦の部分も少し吹き飛ばされ、もとからあった窓より大きく口を開いた空間から中を覗くと、ベッドに血まみれの聖人が倒れているのが見えた。


「オーマイガー!!!」


 真っ青になったナカさんが室内に駆け込み、ベッドサイドにひざまづいて(というよりは膝から崩れ落ちて)シロの口の上にてのひらをかざしてみた。かすかだが、呼吸をしているのが感じられた。しかし、酷い有様だった。

 顔中傷だらけだが、頭部を含む上半分の傷は小さく出血も少ない反面、下半分は血まみれで、特に口の周辺に無残な切り傷がいくつもあった。胸の傷はさらにひどく、シャツが破れて剥き出しになった胸には、十本ほどの深い傷が上から下へとつけられていた。左手を見ればまだ握りしめたままの拳の指にも瓶の破片が刺さって出血していることに気付いたはずだが、シロの体の左側が壁際になっていたこともあり、ナカさんの目には留まらなかった。

 骨を露出さた胸の傷は、致命傷たり得る深刻なダメージのように思われた。

「医者を呼べ、大急ぎだ!」

 ナカさんは部屋のドアから大声で叫んだ。それから、リネン室から自らとってきた清潔なタオルをまだ出血しているシロの胸にあて、その上からシーツをきつく巻き付けた。さらに、濡らしたタオルで顔の血をふき取るなどできる限りの介抱をした。

「一体、なにがあったのかね」

 そういえば、客が来ていたはずだとナカさんは部屋の中央より少しドア寄りに倒れている椅子を見て思い出す。この部屋の書き物机に備え付けの椅子も、なんだかおかしな位置に移動していた。無造作に床に落ちている金貨が数枚。

 そして、窓。

 この部屋の唯一の窓、中庭に面したそれが、まるでこの部屋で何か大きな爆発でもあったか、あるいは、何か非常に大きな生き物、窓枠を破壊しなければ通過できないほどの大きさの何かが無理やり窓から出て行ったかのように、へしゃげ、破壊されていた。硝子もカーテンも外に向けて吹き飛んでいるので、大きな穴を通して中庭がよく見えた。

「一体、どうなっとりゃーすの、これは」

 ナカさんの呟きに、シロは反応を示さない。


 ようやく到着した医者が、同行の看護師と二人して、ナカさんが巻き付けたシーツやタオルを慎重に取り除いた。どちらもぐっしょりと血を含んでおり、患者が横たわっているベッドカバーにも血だまりができている。出血量は相当なもので、いくら体格の良い男性でも、これはかなり危険な状態だと医者は最悪の結果を覚悟した。しかし

「あれっ」

「まあっ」

 医者と看護師が同時に頓狂な声をあげた。

 後ろに控えて恐々と見守っていたナカさんは、二人の背中越しに覗き込んで、叫んだ。


「ホーリークラップ!!!」


 ナカさんの顎ががっくりと垂れさがった。

「一体、これは、何かの冗談なのですか?」

 医者は破壊された窓があった壁に開いている大穴と患者を見比べながら、尋ねた。

 シロの胸には生々しい血の跡が残っていたが、傷はうっすらとその痕跡が見られるだけで、ほぼ消滅していた。よくよく見れば口の周辺の傷もなくなっている。そして、ナカさんが見落とした左手の指についた切り傷も、刺さったままだった破片を吐き出して既に閉じていた。

「冗談なんかじゃにゃーわ」

 ナカさんは、ようやく口が利けるようになってから言った。

「これは、奇跡ミラクルだわ」


 傷はほぼ癒えていた(といっても医者はシロが重傷を負っていたということを信じなかった)が、体の衰弱が激しく、夜になってもシロは意識不明のままだった。商用でやって来た客用の簡素な部屋から二階の豪奢な客間に移されたシロの苦しそうな寝顔を眺めていたナカさんは、ハタと額を叩いた。

「そういや、キはどうした?」

 騒動があったのは昼近い時刻、今は既に陽が暮れていた。

 最後に姿を見かけた中庭の窓の付近は勿論、他の住み込みの奉公人たちと一緒に、店舗や生活区域、さらに隣の食堂までくまなく捜索したにもかかわらず、キの姿はどこにもなかった。



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