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竜を喰らう:悪食の魔女 “ドラゴン・イーター” は忌み嫌われる  作者: 春泥
第二章 魔都キンシャチで正直者は女に溺れる?
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第九話 悪徳の栄えるところ(2)

 首を傾げながら金の髪の女と少女を見送っていたシロだが、気を取り直して仕事にとりかかることにした。

 酒場の店主と話をしてみたが、彼はドラゴン・スレイヤーなんぞここ十年見ていないと言った。最後に見かけたのは、泥酔して他の客と大喧嘩をした初老のスレイヤー。特徴からいって、ヘルシのことのようだった。

「そのスレイヤーはどうしてキンシャチに流れ着いたのかな。ここはドラゴンに襲われたことなんてないだろう?」

 シロの問いに、店主はあきれ顔をした。

「古都キンシャチは無傷だよ。でも、王都が襲われたことがあったろ? あんた新聞を読まないのか?」

 そう言われて思い出した。確かにそんなことがあり、王都から遠く離れたヌガキヤ村にもそのセンセーショナルなニュースがもたらされた。ただし、実際の襲撃から何ヶ月も上経過してから(辺鄙な田舎故、ニュースが届くのも遅いのだ)。そして、当時シロはまだ子供で、今から二十年近く前の話だ。

「そうだった。国王と民をドラゴンの業火から守った英雄。聞いたことがある」

「ドラゴンはおっぱらったが、スレイヤー自身かなりの深手を負った。英雄を絶対に死なせるなという国王直々の命により、王都で最先端の治療を受け、一命はとりとめたが、予後がよくなかった。そこで、国内外から最先端の知恵と技術が集まる学都キンシャチに移送されてきたのさ。もう十年以上前になるかな」

 シロより一回り以上年上と思われる店主だが、ヘルシ以外のスレイヤーは勿論、実際にドラゴンの姿を見たことすらなかった。


 シロは店主に礼を言って路銀の財布の中から銀貨を一枚渡し、客から何か聞き出せたらハッチョ屋まで知らせるという約束をとりつけた。それから、なるべく異国風の衣装を身に着けた客を選んで話をしてみたが、彼等はシロよりもスカート丈がおかしい女の子たちに夢中で、その上酔っぱらっているので助けにならなかった。

「おい、聞いたか? このあんちゃんの村はドラゴンに焼け野原にされたんだってよ!」

「ドラゴン! この時代に? 嘘だろう? おもしれえから、ここに連れて来いよ。俺が退治してやらあ!」

 そんなことを叫んでげらげら笑う連中もいた。アルコールの影響下にある彼らを責める気にはなれなかったが、こういう場所で有益な情報を得るのはやはり無理なのではないかとシロは思った。

 それでもなにか、どうにかせねばという焦燥感に突き動かされて、ドラゴン通りの他の酒場をいくつか当たってみたが、そこで働く女の子のスカートは、ファイヤードラゴン77程ではないにせよ短いという以外には特筆すべき事項もなかった。

 くたびれた体を引きずって、シロは来た道を戻り始めた。ファイヤードラゴン77の前を通過しようとしたとき、荒々しい怒声と共に、男が一人転がり出てきた。シロが呆気に取られて立ち止まると、ふと店と店の間の奥、明かりの届かない暗がりに、蠢くものを捕えた。

 それは最初一つの影に見えたが、じっと眺めていると二つに増えた。重なりあって一つに見えていた片方は背が高く、金色の髪が僅かな光に反射して光った。背の高い方は壁際にもたれているためよく見えないが、何か赤いものが束の間に見えた気がした。

 ――口紅? いやあれは……

 再び二つの影が重なると、苦痛とも歓喜とも判断が付きかねる呻き声が聞こえてきた。それは背の低い方の影から発せられているように思えた。

 しかしじっくり考えている時間はなかった。先ほどファイヤードラゴン77から転がり出てきた男を追って、数名の男たちが通りに出て来て、倒れ込んでいる男の周りを取り囲んだ。

「借りた金を返しもしねえで、ふてえ野郎だ」

「せっかくこの学都までお勉強しにきた秀才が、ザマあねえな。親が見たら泣くぞ」

 まさか、キの兄さんなんてことはないよな。

 シロは嫌な予感を振り払おうと、渦中の男の姿をよく見るために、騒ぎを遠巻きにとり囲み始めた通行人たちに加わった。とはいえ、彼はハッチョ屋の奉公人キの兄の人相も年恰好も知らないのだが。もう少し詳しく訊いておけばよかったと後悔しながら、柄の悪い男達に囲まれて泣き声を出している主をよく見ようと目を凝らした。

「トリシュに会わせてくれ! せめて最後に、一目だけでも」情けない泣き声で男が叫ぶ。

「気安く名前なんか呼ばないで。貧乏学生のくせに勝手に貢いだのは、そっちじゃないの、イーライ」戸口に立って騒ぎを眺めていたスカート丈の短い女が、悪態をついて店内に消えた。

「まってくれトリシュ!」

「うるせえ」

 イーライと呼ばれた学生は、男たちから殴る蹴るの暴行を受け、悲鳴を上げた。

「助けてくれ」

 無論、野次馬は遠巻きに眺めているだけで、誰も止めようとしない。

「前に言ったよなあ。今度会った時までに金を返さねえなら、お前の腕を切り落としてやるって」男の一人が大ぶりのナイフを鞘から抜いた。

 シロは目を閉じて、踵を返した。これ以上はとても見ていられない、と思った。そのまま野次馬を押しのけて立ち去るつもりだった。しかし

「やめてくれ、金は必ず返すから、お願いだ!」

 学生の泣き叫ぶ声に、はたと足を止めたシロは、溜息をつくと再度方向展開し、騒動の輪に向かって大股に歩き出した。

「ちょっと待ってくれ」

 シロはデカいナイフを振り上げた男の手を掴んで言った。

 両側から屈強な男達に押さえ付けられ、右腕の袖を肩までまくり上げられ恐怖に歪んだ顔をした若い男が、眼窩からこぼれ落ちそうなほど飛び出した瞳でシロの顔を凝視した。

「なんでえ、てめえは」男たちは殺気立った。

「あんた……シロ兄ちゃん!」学生の目が驚きのためにさらに見開かれた。


 

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