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竜を喰らう:悪食の魔女 “ドラゴン・イーター” は忌み嫌われる  作者: 春泥
第二章 魔都キンシャチで正直者は女に溺れる?
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第七話 最後のドラゴン・スレイヤー

「ドラゴンだあー! 助けてー!」

 尚も叫び続けるどんまい女、もとい、シスター・ウーヤをまるで狂人を眺めるようにシロおよびまばらな食堂の客は見つめている。

 そして驚いたことに、シスターの叫び声に、シロの前の巨大な背中が反応した。むくむくと起き上がる背中に、シスターが尚も叫び続ける。

「ああー村が焼けるー! ドラゴンだー! うわあ!」

「ドラゴン」しわがれた声が呟いたその刹那、シロはものすごい勢いでシスターに突き飛ばされ、もんどりうって後ろに倒れ込み、椅子をいくつかはじき飛ばした。先ほどまでシロが立っていた場所には、抜身の剣が突き出されていた。

「ヘルシさん、おはようございます。といっても、もう夕方近いですけどね。こちらの世界中の不幸を背負ったような渋い顔をした若い方が、相談があるそうです」

 シスターは笑顔に戻り、右足を一歩前に出した姿勢で剣を突き出して固まっている男の右手から刃物をもぎ取ると、左手に握りしめている鞘に納め、男を椅子に座らせた。そして、はたと額を叩くと「私としたことが、お食事を差し上げるのを忘れていました。ヘルシさんと一緒に召し上がってください」と慌てて奥に引っ込んだ。

 男の眼差しは、床に仰向けに倒れているシロに向けられているのだが、その実焦点が定まっておらず、ちゃんと見えているのかどうか怪しかった。

「だ、誰だ、お前は」男は言った。

「俺は、ヌガキヤ村のシロっていいます。ドラゴン・スレイヤーを捜しています。というのも――」シロは床から体を起こし、倒れた椅子を元に戻して、男の隣に腰かけながら言った。

 ガチャン、と大きな音が響いた。シスターが姿を消した、恐らく厨房と思しき部屋の方からだ。シロが不安げに厨房の出入り口を見つめていると、盆にボウルを二つ載せて、シスター・ウーヤが出てきた。シスターは先ほどまでとは打って変わって、頬を上気させシロを見つめる瞳が潤んでいる。

「『ヌガキヤ村の正直者』」シスターは歌うように言った。

「私ったら、どうして気付かなかったのかしら。厨房の壁に貼りつけてある記事を毎日眺めていたのに」

 湯気を立てるシチューの入ったボウルをシロと男の前に置きながら、シスターの眼はシロに固定されていた。


 一心不乱に眼前のシチューをがっつく巨漢は、かつては確かにドラゴン・スレイヤーだったのだという。

「彼の活躍はうたにもなって、国中に伝わっていますよ」

 そう言われて、シロはヌガキヤ村にやって来た吟遊詩人から子供の頃に聞いた歌を思い出した。


 ドラゴン・スレイヤーが七人

 その名をサルー、ハルー、カンデン、ゾゾク、ニムル、ワッジ、そしてヘルシ


 ドラゴン・スレイヤーが七人、一人がドラゴンの炎に焼かれて、残り六人

 ドラゴン・スレイヤーが六人、一人がドラゴンの爪に切り裂かれて、残り五人

 ドラゴン・スレイヤーが五人、一人がドラゴンに欺かれて、残り四人

 ドラゴン・スレイヤーが四人、一人がドラゴンの羽から落ちて、残り三人

 ドラゴン・スレイヤーが三人、一人がドラゴンに踏み潰されて、残り二人

 ドラゴン・スレイヤーが二人、一人がドラゴンの財宝に魅せられて、残り一人

 ドラゴン・スレイヤーが一人、一人になって大酒を飲み、かくして誰も残らない


 この七人は歴史に名高いドラゴン・スレイヤーで、個別に武勇伝が歌になっているぐらいの英雄だ。最初に名前が出てくるサルーやハルーなどは伝説の領域であり、その活躍は何百年も昔に遡る。いずれの英雄も、最後には一匹の狡猾で残虐なドラゴンに屈し非業の死を遂げており、これはそれを歌ったものだ。最後に歌われる大酒飲みのヘルシのみが存命なわけだが、歌にある通り、彼の現状を見る限り、英雄の系譜は最早断たれたも同然であった。

「一体、どのくらい酒を飲み続けているんですか、ヘルシさん」

「ああ?」

 シロの問いかけにヘルシは機械的に口にスプーンを運んでいた手を止めたが、シロに向けられたその目は白く濁っていた。ヘルシはまたボウルに向かって最後のひとすくいを口にねじ込むと、「お代わり」とシスターに向かって空のボウルを突き出した。

「俺の分もどうぞ」

 食欲がなくなったシロは言って、自分のボウルを男の前に置いた。

 ヘルシはボウルを両手で掴むと、直接口をつけて喉を鳴らしながらスープを飲み始めた。口の横を伝って、シチューの白い筋ができている。

「どうして、ドラゴン・スレイヤーを引退されたんですか。もう、ご同業の方とは縁が切れてしまったんですか。実は、早急に現役のスレイヤーを捜して、村に連れて帰らないといけないので」

 シスターがお代わりのボウルを持って戻って来た。ヘルシは空になったシロの分のボウルを脇に押しやると、新しいシチューにとりかかった。

 シロが絶望的な目をシスターに向けると、彼女は盆を脇に挟んで肩をすくめて天を仰ぐと「どんまいです」と小声で呟いた。 


 

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