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竜を喰らう:悪食の魔女 “ドラゴン・イーター” は忌み嫌われる  作者: 春泥
第二章 魔都キンシャチで正直者は女に溺れる?
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第四話 大教会

 大きな教会を下から見上げたシロは、そのスケールと豪華さに委縮してしまう。

 大教会は、国王が定めた国の宗教であり、キンシャチで「大教会」といえば、その総本山であるのと同時に、文字通り「大きな教会」も意味する。年に一度は国王が神に祈りを捧げるために訪問するキンシャチの大教会は、キンシャチの街並みを鳥瞰できる尖塔を持つ巨大な建築物だ。

 シロにお守りをくれたヌガキヤ村の神父もこの大教会に属している。もっとも、彼の村に建てられた教会は今シロの目の前にある大教会の十分の一にも満たないスケールだが。

 大きなアーチ型の扉は開かれていた。高い天井に目が眩みそうになる。遥か前方には祭壇があり、この教会の本尊、黄金のシャチが鎮座し、高い位置にとられたカラフルなステンドグラスのはまった大きな窓から差し込む光で輝いている。それは長身のシロが両手を広げたぐらいの大きさで、純金製だという噂だ。これは、キンシャチがまだ王都だった頃、当時の王が大教会に寄贈したもので、国民から厳しく徴収した血税でできている。この俗悪な魚のオブジェを受理することを拒んだ当時の大司教は、首を刎ねられている。そんな血生臭い歴史の遺物をどうしてありがたがるのか、シロには理解することができない。

 嬉しそうに黄金の魚に突進する大勢の観光客の列から外れると、シロは教会の外に出て、年代物の石の外壁に沿って歩き始めた。

 大教会の裏手に回ると、そこでは青空の下、大きな鍋や食器の山を並べたテーブルに、数十人の老若男女が列を作っていた。

「これは、なんの行列ですか?」

 列の最後尾にいた男に尋ねると、男は「炊き出しだよ」と言った。

 よくよく見れば、男も、それ以外に列に並んでいる者たちもみな一様に擦り切れて薄汚れた衣服に身を包んでいた。

「兄ちゃんも失業したのか?」

「いや、自分は――」

 ドラゴンをなんとかしないと他の村人と共に露頭に迷うことになりかねないと思い出したシロは、長い列の先にあるテーブルの向こう側で大鍋の前に立ち、他二人の善良そうな顔をした信徒と並んでスープを配給している神父の元へ急いだ。「おい」「ちゃんと並べ」と背後から非難の声が上がるが、ここは聞こえないふりをする。

「あの、すみません、神父様」

 いきなり割り込んできた不躾な若者に、神父――正確には国教会のトップに立つ大司教――は少し眉をひそめたが、穏やかな顔で言った。

「そんなにお腹がすいているのかね」

「違います。いきなり図々しいお願いで申し訳ないが、俺の村がドラゴンに襲われています。一刻を争うんです。力をお貸しください」

 シロの声が届く距離に居た列の前方の者たちからどよめきがあがった。


 食事の配給を別の信徒に任せ、神父はシロを大教会の裏手の奥にある質素な家に案内した。

「ここは、私の自宅です。といっても、教会の持ち物に住まわせてもらっているだけだが」

 シロの父親程の年齢の初老の神父は、シロに粗末な椅子を勧めると、自らも小さなテーブルを挟んだ向かい側に腰を下ろした。

 シロは脂汗を浮かべながら、三日前に発生したドラゴンの襲撃と、村長の命を受けてドラゴン退治を依頼できる者を捜していることを手早く話して聞かせた。

「なるほど。それは大変な災難でした。お亡くなりになった方とご家族にご冥福をお祈りします」神父は沈痛な面持ちで言った。

「しかし、今このご時世に、ドラゴン退治となると――」

 彼は腕組みをして天を仰いだ。

「ここに来る途中で、魔法使いの老人に会いました。あの人の話では、この近辺にはもう魔法使いはいないと」

「なんだって。まさか、偉大なる魔法使いムル=ジバルのことか。彼は五年前まではキンシャチに住んでいたんだが、『ここは人が多過ぎる』と言って、辺境の地に隠居されてしまった。以来、キンシャチに居るのは怪しげなまじない師ぐらいだよ。風邪すらろくに治せないような」

「名前は訊きませんでしたが……頭も髭もまっ白で、自分の背丈ほどもある杖を持っていました」

「魔法使いっていうのはだいたいそういう格好をしているものだが……とにかく、その老人が誰であれ、言っていることは正しい。ここで魔法使いを捜しても無駄だろう」

「とすると、やはりドラゴン・スレイヤーを見つけるしか」

「スレイヤーか」

 神父は難しい顔をした。

「それとて、今の時代では存在が危ぶまれていることは知っています。しかし」

「スレイヤーならば、一人知っている」

 顔を輝かせたシロに、神父は重苦しい顔で首を振った。

「そのように多大な期待を抱いてはいけない。恐らく君は、彼に会ったらがっかりするんじゃないかと思う。彼はその――今はもうスレイヤーは廃業しているはずだ」

「魔法使いと同じで、高齢で引退されたのでしょうか。それでも構いません。その人なら、未だに現役の同業者について何か知っているかも」

「そういうことなら、彼の居場所を教えてあげよう。なに、見つけるのは簡単だと思う。何しろ彼は……あー、とりあえず、本人に会えばわかるよ」

 過剰な期待は抱かぬようにと釘を刺して、神父はシロのために地図を描いた。シロの持つ観光マップでは、北東の都の外れ、その辺りは、貧民街になっているという。

「そこに、うちの教会の信徒が中心になった慈善団体が運営している食事の配給施設があるんだ」


 その名は『どんまい食堂』だと神父は言った。


 丁重に礼を言って席を立ったシロに、神父が言う。

「ところで、君とは以前どこかで会ったような気がするんだが」

「でも私はキンシャチに来るのは初めてです。これまでは、せいぜい隣のナガミ村までしか」

「そうか。私はここに赴任する前は、ずっと王都に居たんだ。それでは顔を合わせたはずがないな。でも、君のことはずっと前からよく知っているような気だするんだ。おかしなことに、初対面なのに君を疑おうという気持ちが、全く起きない。神に仕える身だからと言って、誰の言うことでもすぐに信用するわけではないのに」

 しきりに首を捻る神父の後について玄関まで送られる途中、壁のボードに色あせた新聞記事がピンで留めてあるのが目についた。

「あ」

「なんだい?」

「い、いえ、なんでもありません」シロは慌てて記事から目を逸らしたが、神父は目ざとく壁の新聞に気付いた。

「ああっ!」神父が驚きの声をあげた。

 そこには、国王の四番目の王女が紛失した指輪を発見し、正直に届け出た少年の誠実さを褒め称えるニュースが、その少年の顔絵付きで掲載されていた。その「感心な正直者の少年」は、十年以上前のシロである。挿絵担当はなかなか腕がよく、少年時代のシロの面影をよく捉えていた。

「ヌガキヤ村の正直者! 君だったのか!」


 

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