8 怪力女傑、最強の将軍と雌雄を決す・後編
「……アルファナじゃないか! ハンスも、無事だったか……」
別れてから2ヶ月以上も立つ愛馬と従者との再会。傷の痛みも忘れてわたしの心は昂った。
しかしまさか、敵の遠征軍に従軍しているとは思わなかった。
ハンスはいつもの人懐っこい笑みを浮かべ、アルファナから降りた。わたしにかつての愛馬を使ってくれ、という事だろう。
「見違えるようになったな、ハンス。あのアルファナが、わたし以外の人間にここまで気を許すとは」
アルファナは気性が荒い……という訳ではない。馬というのはもともと臆病な動物だ。よほど信頼できる相手でなければ、素直に言う事を聞かず、怯えて暴れてしまう。彼女らの信頼を勝ち得るには、馬の気持ちに寄り添い、辛抱強く付き合い続ける必要がある。
かつてのハンスも、どちらかと言えばアルファナの扱いには手を焼いていた。それが今や、本物の主人のように馬を従えている。
「……この2ヶ月、色々ありましたからね。再びお会いできて嬉しいです、わが主。
私、スクル教徒になったんですよ」
「…………そうか」
「この時が来るのを、ずっと心待ちにしておりました。
あなたが脱出してからというもの……帝都マディーンはすっかり変わってしまった。
積もる話はありますが、まずはこの戦いを生き延びて下さい。今こそあなた様からお預かりしたこの黒馬、お返しします」
ハンスの行動に、敵軍の騎兵たちはやおら色めき立った。
「なんだアイツは! 敵の女にわざわざ馬をくれてやるなどッ……!」
そんな不満の声も――わたしがアルファナにまたがり、すぐに乗りこなした事ですぐに止んだ。
二ヶ月もの間、離ればなれになっていたとは思えないほど、この身体にしっくりとなじむ、懐かしき感覚。失われた半身を取り戻したような、実に清々しい気分だ。
「おお! あの巨大な黒馬を……事もなげに。信じられんッ……!」
「あの馬、見た事あるぞ……ハンス以外、誰にも扱い切れなかったじゃじゃ馬だ。それがなんで、あの女は簡単に操れるのだ?」
こういう事は、言葉で説明するより、実物を直に見せてやった方が早い。
わたしとアルファナの走りを見て、彼女の真の友が誰であるのか、皆納得したのだろう。不穏なざわめき声はさざ波のように引いていった。
「ハーリド将軍よ、お待たせした。わたしはアルファナを伴い、あなたに再び勝負を挑みたい。よもや断ろうとは言うまいな?」
「……面白い! 相手にとって不足なし。そなたの戦士としての真の力――この我の前に存分に見せるがよい!」
かくして――わたしとハーリド将軍との一騎打ちが、再び始まった。
***
わたしの戦い方は変わらない。
変に小細工を考えない。今、目の前にいる敵は――わたしの浅知恵など簡単に見抜くだろう。
今のわたしにはアルファナがいる。彼女はわたしの動きに呼応し、時には彼女の動きに身を委ね、利用する。「人馬一体」という言葉は、今のわたしの為にあるようなものだ。
だからこそ今は、無心で、全力を尽くす。それだけだ。たったそれだけ、にも関わらず。これまで以上の戦いが、今ならできる!
「……おい。ハーリド様が……押されているぞ? またしても……」
「どういう事だ? あのお方は、我らスクル教徒にとって、必勝不敗の英雄のハズだろう……?」
激しい打ち合いを観戦する皆の中に、微かな疑念が膨らみつつあった。
それは味方だけでなく、敵の側にも。熱狂的に「ハーリド!」と叫んでいた彼らの声も今はなく、沈黙を守っている。
戦いの最中、炎の魔神の眼の力によって見えていた「あるモノ」が、急速に衰えつつある事にわたしは気づいた。
(溢れんばかりに湧き出ていた、ハーリド将軍の――覇気とでもいうべきか? 少しずつだが、オーラが薄らいでいる……)
先刻まで熱狂する皆から流れ込んでいた「力の導線」が……徐々に細くなり、頼りないものになっていた。
さっきとは状況が明らかに違う。わたしの攻撃に気圧されながらも、笑みさえ浮かべていたというのに……心なしか今の将軍は焦り、魂の炎が揺らいでいる。何が起きているのだ?
「フィーザ! あたしの術式は整ったわ。存分にやっちゃってッ!」背後から、アンジェリカの声援が飛んだ。
馬を駆り、回転を交えて猛攻を加えた際に……魔法少女の様子をチラリと見る事ができた。
彼女は黒瑪瑙の指輪をかざし、時の幽精を従えて、誇らしげにわたしの方を見ていた。
「アンタが将軍の正体を喰屍獣の王だって暴いてくれたから、力の源がみんなの想像力だって分かった!
フィーザが一騎打ちで追い詰めてくれたから、奴が無敵の将軍である事をみんなが疑いはじめた。その隙をついて、変身の力を妨害できたのよッ!」
アンジェリカの言葉で、再び戦いの熱狂に身を投じかけていたわたしの心が、いくぶんか鎮まる。
わたしの中で昂っていた、盲目的に強者を望む欲求に影が差した。
(まったく、戦士の血というものは度し難いものだが……惜しんでいる場合ではない。
わたしの本当の目的を、今なすべき事を思い出せ。
戦いそのものじゃない、この場にて皆に勝利を献上する事だッ!)
今こそ絶好の機会。だがやるべき事は変わらない。全力を尽くすのみ!
「なるほど、そういう事か……我が能力たる、意識の『糸』を妨げる魔術の使い手が……!
だが我はハーリド。皆が紡ぐ英雄譚に謳われし『神の剣』なり。ここで敗れる訳にはいかぬッ!」
喰屍獣の王はあくまで「ハーリド」として、戦いから退くつもりはないらしい。
優勢に見えていた打ち合いが五分に引き戻される。アンジェリカの魔術をもってしても、なおこの膂力と胆力。
間違いない。彼はわたしにとっての「ハーリド将軍」だ。これまで出会ってきた、どんな敵よりも強い!
「おおおおッ!!」
「はあああッ!!」
一際激しい斬撃音が周囲にこだました。
わたしの半月刀と、ハーリドの二つの半月刀が交差し、三つの直線を作り上げる。
一瞬時が止まり、場を静寂が支配したが――三本の刀が同時に、バラバラに砕け散った。
武器は全て失われたが、わたしも彼も、戦う意志は燃えたぎっている!
「まだまだァ!」
ハーリド将軍がとっさに折れた武器を放り捨て、懐に手を伸ばし飛刀を投げようとしているのが見えた。
凄まじい速さだが――すでに一度見た技だ。恐れず挑めば、活路は拓ける。
将軍の飛刀は、わたしのダマスカス鋼製の手甲と打ち合い、わずかに軌道がそれ――わたしの右首筋を裂いた。血は少々噴き出たが、致命にはほど遠い。
わたしと黒馬は、勢いを緩めず突進し、ハーリド将軍の懐近くに飛び込んだ。
右拳に力を込める。この一撃に――全てを賭ける!
次の瞬間。
わたしの放った鉄拳は、最強と謳われた将軍のみぞおちを正確に捉えた。彼の身体は馬から離れ、宙を舞っていた。




