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5 怪力女傑、最強の将軍と相対す・前編

「ま、敵の数なんてそうそうビビらなくてもいいわ」とアグラマン。「急ごしらえで民間人を無理矢理かき集めても烏合の衆ってヤツよ。数を揃えても、統率した動きが取れないならむしろ足手まといしかない。実際、かつてアルバス帝国の前身だったスクル教徒の軍は、3倍もの数がいた古代パルサのサザン帝国の軍勢を見事に打ち破っているし」


 確かに彼の言う通り、敵の数が多くても練度が伴わなければ、少し劣勢になればすぐ総崩れになってしまう。数の増え方が急であればあるほど、動員数とは裏腹に、その実態はお粗末なものに成り下がっていくのが戦争の常だ。

 ……だからこそ気になるのだが。敵軍の手段と目的が。


「明日には敵軍と対峙する。この付近は小さな川が流れているくらいで、遮蔽物もろくにない平地だ。

 小細工はお互い使えない。兵の強さと将の采配のみがモノを言うだろう」


 ハール皇子は旗頭でもあるので、実質的な軍の指揮官であるアグラマンの背後に、総大将として構える事になった。

 わたしはと言うと、傭兵や騎兵としての腕はあるものの、大規模な兵を率いた経験はない。なので百人単位の騎馬遊撃隊の隊長となった。

 騎兵は軍の後方に位置し、その役割は戦況に応じて変わってくる。機動力を活かし、押されそうな前線があれば救援する。あるいは敵の側面や背後に回り、敵側の騎兵を撃破。最終局面では包囲殲滅の一翼を担う、というものである。

 このポジションなら、いざという時臨機応変に動けるし、敵軍の綻びや弱点を見つけやすい。こちらが数で劣る以上、その見極めの早さこそが勝敗を決すると言っても過言ではない。


「なんやかや言いつつ、フィーザの傍にいると一番安心するのよね!」


 魔法少女のアンジェリカは、わたしの後ろに一緒に騎乗する事になった。敵軍が魔術的な妨害を目論んでいた場合、専門家である彼女の判断が重要になる。

 ともあれ、敵がいかなる手段を用いて、こちらの倍にも匹敵する3万の兵をかき集めたのか――確かめなければならない。


 しかし――わたしの気合いとは裏腹に、当初の疑問は敵と遭遇した際、すぐに氷解してしまう事になる。

 敵軍の陣容が見えてきた。数こそ多いが、その大半は歩兵――しかも民兵を徴用したのか、不揃いで歪な集団であった。兵の質で見るならば、恐らく我がダマスクス軍の足元にも及ばないだろう。

 だが、彼らの士気は――異常なほどの熱とうねりを以て、戦場そのものの気温を上げていた。


『ハーリド!』『ハーリド!』『ハーリド!!』


 彼らは熱狂的に、ひとつの単語を叫び続けている。それは――スクル教徒であれば、アルバス帝国民ならば、知らぬ者はいない名だった。


「な……なんだ? あの掛け声は。ハーリドって……あのハーリド将軍の事か?」

「常勝無敗の『神の剣』ハーリドですか? バカな、血迷った事を。彼はスクル教の開祖たる預言者スクルージに臣従したお方でしょう? 150年前にとっくに亡くなられている!」


 倍する敵を見ても冷や汗ひとつかかなかった歴戦の中東騎士(マムルーク)たちの間に、動揺が走っている。

 普通に考えればありえない話だ。


「え? フィーザ。ハーリド将軍って確か……ダマスクスの記念石碑にも刻まれていた、あの……」

「ああ。スクル教徒であれば、いや、戦場に立つ戦士や騎士であれば――憧れと敬意を持たずにはいられない、この世界で最も偉大な将軍の名だ」


 確かに彼の名を唱えれば、戦意は高揚するかもしれない。

 しかしそれだけでは説明のつかない、恐るべき威圧感が……敵陣営の中心部から放たれている。互いの軍の距離が600メートル以下になった時、ようやく敵の指揮官の姿がこちら側にも見えた。


 白馬に乗り、黒一色のスクル装束を纏った偉丈夫。そのターバンには緑玉髄(クリソプレーズ)が飾られ、陽光を反射しきらめく。さらに特徴的なのは、二振りの巨大な半月刀(シャムシール)である。これは――間違いない。誰もが寝物語の英雄譚(サーガ)にて見聞きした事のある、伝説の不敗の将軍――ハーリド・アル=ワーリドその人ではないか!


「…………そんなハズは、ありえない。どういう事だッ!?」


 ハール皇子は思わず叫んでいた。動揺を隠せないのも無理はない。ハーリド将軍こそ、当時精強を以て知られたグリジア帝国軍との一大決戦に勝利し、ダマスクスをスクル教徒のものとした張本人なのだから。


「ハーリド将軍と戦うなんて……勝てるわけがないッ!」動揺する歩兵たち。

「いや、天下に名の轟くハーリド将軍だぞ? 奴に勝てれば、俺が最強だ!」逆に中東騎士(マムルーク)たちは功名心に駆られていた。


 妙な雰囲気だ。普通に考えれば150年前の将軍が生きて今、この場にいるはずなどない。

 にも関わらず、敵も味方もあの無敗の将軍の存在を、今や露ほども疑っていないのだ。これは確実に、何かしら魔術的な力が働いている。

 わたしの体内に宿る炎の魔神(イフリート)の目から見ても――彼らの魂は燃え上がっているものの、歪で毒々しい、紫めいた色合いを漂わせている。幻覚や薬で、何かを無理矢理に信じ込まされているような……そんな感覚だ。


 十分に互いの顔が見える距離となり――ハーリド将軍は大音声で叫んだ。


「ダマスクスの反乱軍よ! そなたらの愚挙を正すため、この『神の剣』ハーリド・アル=ワーリドが成敗いたす!!」


 敵味方全員の魂に響き渡るような、重々しく威厳ある声。これを聞いた敵軍は、さらなる熱狂に包まれ「ハーリド!」と将軍の名を繰り返した。


「……ふん、騙されちゃいけないわよハール皇子。普通に考えて絶対おかしい話なんだから」

「……ああ、分かっている。こんな子供騙しに乗せられるな、我が精兵たち! 偉大なる過去の英雄の名を騙る、不届きな狼藉者に神の鉄槌を!」

『おおッ!!』


 アグラマンにハッパをかけられ、ハール皇子は全軍に戦闘命令を出し――ついに戦いが始まった。


 まずはセオリー通り、歩兵同士の激突となる。しかしやはり、ハーリド将軍に率いられた敵方の士気は高く、こちらは押されていた。

 不利な戦況を見かねたアグラマンは、前線に打って出る事を決めたようだ。彼の率いる騎士の一団が中央に向かって駆けていった。


「わたし達も行くぞ、アンジェ」

「……ええ。大昔に死んだ将軍のニセモノなんて、見え透いた手を使っちゃって。化けの皮を剥いでやるわ!」


 かくして、わたしの率いる騎兵隊もまた、前線中央に向かって進むのだった。


***


 遥か(いにしえ)の時代、戦争とは統率された歩兵集団の練度と、側面を担う騎兵の機動力によって決していた。

 しかし今は違う。遥か東方から生粋の騎馬民族が中東(アラク)世界に進出し、猛威を振るってからというもの――歩兵の数を揃えても彼らに対抗できなくなってしまった。ゆえにこちらも馬を揃え、騎兵を鍛え育てるようになった。わたしの出身地である東陽(ホラザン)も、そうして誕生した民族だと言われている。

 食糧の乏しい中東(アラク)で馬は希少であり、育成にコストもかかる。だから今日の戦争において、集団戦といっても――思い思いに個人同士で一騎打ちを繰り広げるのだ。戦術よりも、個々の武勇の高さがモノを言う――わたしのような戦士にとっては、最も力を発揮できる戦場である。


 わたしの乗る葦毛の馬が、歩兵たちの合間を縫って砂漠を駆ける。

 至る所で血みどろの白兵戦が繰り広げられている。

 戦場のすべてを見渡す事はできないが……肌で感じる空気で、大まかな戦局は伝わってくる。


 ほぼ全ての戦線で互角か、それ以上の善戦を繰り広げてくれている。自軍は数の上でこそ劣勢だが、兵の練度に関してはこちらが上。しかも敵側は数を頼みに(小さな川とはいえ)渡河した状態であり、倍する兵力を持っていても全軍を戦場に投入できていなかった。いかな敵の総大将が、カリスマ性溢れる伝説の将軍ハーリドであったとしても――もともとの実力差は、士気の高さだけで穴埋めできるものではない。素人の軍隊は体力がないし、武装も不揃いで不十分だ。時間が経つにつれ、疲労と負傷がより多く積み重なっていくのは相手方だろう。


 わたしとアンジェリカが「問題の場所」に近づくにつれ、雰囲気は様変わりしていた。

 周囲の兵士たちは皆足を止め、ある一騎打ちの様子を見守っていた――アグラマンと、ハーリドである。どうやらハーリドは、総大将といっても最前線に出て兵たちの士気を鼓舞するタイプであるらしい。


 凄まじい戦闘風景だった。

 アグラマンのニ槍流と、ハーリドのニ刀流。二人の達人の技が、互いの馬が交わるたびに激しく火花を散らしている。

 両者まったく譲らず、引けを取らない。それどころか――戦いが長引くにつれ、アグラマンの方が受け手に回る局面が増えてきた。武器のリーチで言えば、槍を扱うアグラマンに利があるはずなのに、ハーリドは得物の不利をまったく感じさせないどころか、逆に歴戦のアグラマンを圧倒するかのような猛攻ぶりを見せつけている。ハーリドが半月刀(シャムシール)を振るうたび、敵軍から歓声が上がっていた。


(……何をやっている、アグラマン。らしくもない……やはり彼も、伝説の将軍に威圧されてしまっているのか)


 動揺は味方にも広がっていた。アグラマンほどの実力者が、押されている……実際目の当たりにすると、厳しいものがある。彼が勝てないのであれば、きっと誰も勝てないだろうから。

 そんな中、劣勢のアグラマンを見かねたのか――若い騎士がひとり、思わず駆け出していくのが見えた。


(まずい。助太刀に行くつもりなのだろうが……あのままでは返り討ちだ!)


 彼の先走った行動を察したのか、敵側からも大柄な騎士が一騎、動いている。


「アンジェ。済まないが……」

「!……わ、分かったわ」


 わたしが呼びかけると、後ろに乗っていた魔法少女は、察してくれたのか――すぐに馬から降りてくれた。

 乱戦であれば問題があったかもしれないが、今はアグラマンの一騎打ちを皆が見守っている状況だ。不測の事態があっても、アンジェリカなら自分の身を守れるだろう。


 若い騎士はアグラマンの危機に夢中で、迫っている敵の騎士への対応が遅れた。

 敵の振り下ろす半月刀(シャムシール)が、若き騎士の頭上に振り下ろされる!


「むおッ!」


 間一髪、わたしの救援が間に合った。

 わたしは得物の槌鉾(メイス)を抜き、敵の大柄な騎士が振るった半月刀(シャムシール)を受け止めていた。体格はわたしの1.5倍ほどもあり、なかなかの膂力(りょりょく)だが……この程度の一撃ならば、問題なく受け流せる!


 二撃目の斬撃の太刀筋を読み、槌鉾(メイス)を振り上げる。二つの武器がぶつかり合い――次の瞬間、相手の持つ刃は割れ砕けた。


「…………ッ!」


 得物を失い、大柄な騎士の動きが止まる。わたしが助けた若き騎士が遠目に逃げ帰っているのが見えた。

 追撃しようとわたしがさらに間合いを詰めると――彼は初めて口を利いた。


「流石はマルフィサの姐御だ。腕は衰えちゃいませんな」

「!……その声は、まさかグレグか!? どうしてここに――」


 姿は全く違っていたが、その声には聞き覚えがあった。

 人間への変身能力を持つ喰屍獣(グール)のグレグ。かつてわたしはこの男と戦い、勝利した事があった。

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