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2 騎士隊長vs事故死の悪魔

 歴戦の中東騎士(マムルーク)たちから、どよめきが起こった。

 無理もない。黒いボロ布を纏った人影に向かって振り下ろされたはずの半月刀(シャムシール)が、よりにもよって当の本人の首を裂いてしまったのだから。


「がッ……な……!?」


 当の本人ですら、今何が起こったのか理解していなかったろう。血の泡を吹き、彼は力なく馬からずり落ち……動かなくなった。


「馬鹿な……何だ今のは?」

「ハサンの剣が……いつすっぽ抜けた!? 見えたか? いつ首に刺さった!?」

「いや、まったく……分からなかった……!」


 口々に動揺の言葉を出しつつも、中東騎士(マムルーク)たちは円陣を組む。黒い人影を包囲する形は保ったまま。得体の知れない相手だが、ここで奴を逃がしてはならない――どう考えても、只者ではない。いや、人ですらないかもしれない。


「…………小生は何もしていませんよ? いきなり斬りかかってきたのはそちらでしょう」


 黒い人影が口を利いた。男の声だったが、想像していたより甲高く、カッコウの鳴き声を汚らしくしたような気味の悪さを感じる。

 彼はフードを目深に被っており、真昼間にも関わらず顔は暗くてまったく見えない。口元は覆布(ヒジャブ)を巻いているせいだが、見えているはずの目元すら暗く、まるで闇そのものが布を纏い、人の形をしているかのようだ。


「……アンタ、何者? アタシたちを襲ってきた酔魔(アエーシュマ)の群れも、アンタの仕業ね?」

「おやおやおやおや、酔魔(アエーシュマ)をご存知か。なるほどなるほど……道理で、この短時間でほとんど狩られてしまったハズだ。

 異形の怪物といえど、名と習性を知っていれば……あなた方のようにちょっと訓練を積んだ人間なら、十分対処可能でしょうからねェ」


 黒い人影は不自然に身体を揺らした。どうやら笑っているようだ。

 曲がりなりにも戦場に立っているというのに。歴戦の中東騎士(マムルーク)らに囲まれ、逃げ道はないというのに。奴の言葉から緊張感のカケラもない。まるで取るに足りない、無害な存在であるかのように――アタシたちを全く恐れていない。


「まァでも、それなら分かるでしょう? 我々が先行した理由も。

 酔魔(アエーシュマ)は見境なしなのでねェ。今日び砂漠の盗賊でももう少し、分別がある。

 だからこうして、あらかじめ敵方の邪魔な拠点を『掃除する』ぐらいしか、有効な使い道がないのですよ」

「じゃ、アンタを倒せば――化け物どもが増える悪夢も終わるって事ね? 分かりやすくていいわ」


 しびれを切らした中東騎士(マムルーク)二人が、奴の前と後ろから同時に槍を投げた。

 二本の槍が狙いあやまたず、黒い人影のボロ布に突き刺さった――ところが。


「ぐふッ」

「がはッ」


 一体何が起こったのか。正確に奴に吸い込まれたハズの槍は、次の瞬間には槍を投げた二人の胸元に突き刺さっていた。


「なん……だと……信じられない……!?」

「ハサンの時と同じ……? なんだこいつ……悪魔かッ!? どんな怪しい(まじな)いを使った!?」


 一度ならず二度までも、不可解な怪現象が発生し――さしもの中東騎士(マムルーク)たちも狼狽する。まったく無防備に見えるボロ布の男を遠巻きに囲むだけで、前に進んで戦おうとする者は現れなくなった。


「不思議ですか? 不思議でしょうねェ~。あなた方にしてみれば、小生の持つ『力』は」

「……よければだけど、どんなトリックを使っているのか教えてくれるかしら?」アタシは言った。


 すると黒い人影はくっくと笑い、身体を震わせながら答えた。


「……よろしい。いいでしょう、教えましょう。なぜなら――あなた方が知ろうが知るまいが、どうせ逃れられないからです。

 小生の名はアストー・ウィーザートゥ。事故死を司る悪魔です。小生の能力は――生きとし生ける者すべてが持つ、首にかかった『生命の縄』を引っ張り、事故を起こすこと。

 いかにあなた方が手練れの騎兵だろうが、本来の力を発揮できなければ、たやすく自滅する――つまり、あなた方に勝ち目などないのですよ」


 悪魔と名乗った黒ずくめは、可笑しくてたまらないといった風でとくとくと喋り続ける。

 己が絶対の強者であり、アタシ達を取るに足らぬ虫けらのようにしか思っていないに違いない。


「何をふざけた事をッ!」

「ハッタリに決まってる! 何が事故死だ!」


 血気盛んな中東騎士(マムルーク)がさらに二騎、同時に動いた。今度は接近戦でカタをつけようという腹だ。

 彼らが迫りくると――アストー・ウィーザートゥと名乗った悪魔は両手を広げ、くい、と透明な何かを引っ張る仕草をした。


「!?」


 やはり、結果は先刻と同じだった。奴が「引っ張る仕草」をした途端、馬を駆る二人の騎士は透明な何かに殴られたようにバランスを崩し、お互い手に持っていた半月刀(シャムシール)で己の腕を傷つける羽目になった。落馬し、苦痛でのたうち回る二人を見て――とうとう、悪魔の言葉がハッタリではない事を悟ったのだろう。アタシの部下たちは手を出せず、後ずさった。


「あ、アグラマン将軍! 奴の能力は不可解です! どうすれば――」

「まァ落ち着きなさいな。確かにアイツには、得体の知れない能力があるみたいだけど……ちょっとまだ腑に落ちない点があるわ。

 撤退するにしても、それは奴の力の正体をきちんと見極めてからよ」


「ほォ……逃げないのですか。このアストー・ウィーザートゥの力を目の当たりにしても。

 実に愚かな事です。このままここに踏み止まっていれば――皆、命を冥界に引きずり込まれる運命にあるというのに」


 アストー・ウィーザートゥ。名前はアタシも聞いた事がある。パルサ人がいにしえに信奉した拝火(ゾロアスター)教に伝わる、強力な悪魔の名だ。

 この世界で起きるあらゆる事故は奴の仕業だという。奴の操る「縄」は冥府に繋がっており、縄を引っ張られた者はそのまま死の世界へ連れ去られてしまうと言われる。

 伝承通りなら、恐るべき強敵だ。邪悪なる魔術師・白仮面(ムカンナア)は、このような大悪魔まで戦場で使役できるほどの力があるというのか?


(でもそれにしちゃあ、随分とまだるっこしい力の使い方してるわねェ。

 伝承で語られるほど強力なら、一瞬でこの場の全員が死んだっておかしくないでしょうに)


 何かカラクリがある。奴の異能には何らかの制約があり、恐らく万能ではない。

 そう考えた矢先――突如、黒ずくめの背後から一本の槍が突き出された。


 死角からの一撃は、悪魔にとっても予想外だったらしく、黒ローブの一部を切り裂き、奴の左腕から鮮血がほとばしった。

 しかし致命傷にはほど遠い。アストー・ウィーザートゥは即座に振り返り、自分を襲った槍の持ち主に覆いかぶさり、あっという間に組み伏せた。

 攻撃したのは中東騎士(マムルーク)ではない。粗末な服を着た、見たところ十歳を過ぎた程度の、年端も行かない少年だった。


「あ……ぐあッ」

「おやおやおや、村の生き残りがいましたか。子供なのにその勇気は賞賛しますが、相手をよく見るべきでしたねェ。

 もっとも、小生に存在を認識されてしまったら――人間に対抗するすべなど、ありはしないのですが」


「……なるほど、やっぱりか。アンタの能力――恐るべき反則(チート)だけれど、弱点もちゃんとあるのね」アタシは言った。

「アンタが『生命の縄』とやらを操るには、相手の顔を見ないといけない。出会っていない者からの不意打ちには対応できないってワケだ」


「分かったところで、どうだと言うのですか? お前たちの顔は全て憶えた。伏兵などいない事も判っている。

 つまりお前たちは全員、ここで事故死するのだ。誰一人として生きては返さぬ。ゆえに我が力が敵に漏れる事もない――」


 勝ち誇る悪魔の言う通り。敵の能力のカラクリこそ判明したものの、今のアタシたちにコイツをどうこうする(すべ)はない。

 今せっかく一矢報いてくれた、勇気ある少年を救う事すらできないのだ。


(……ちょっと悔しいわね。どうせ死ぬなら、コイツの能力をダマスクスの皆に伝えてから死にたかったわ)


 アタシの悪い癖ね。「どうしようもない」と判断したら、意外と早く諦めがついてしまう。マルフィサちゃんだったら、最後の最後まで考えを巡らせ、悪あがきとかするんでしょうけど。

 アタシがそんな事を考えていた、まさにその時――信じられない事態が起こった。


 上空からけたたましい轟音が響くと共に、凄まじい強風が辺り一帯に吹き荒れたのだ。その場にいた皆が、敵味方問わず風にあおられ、思わずたたらを踏む。

 この地でこんな大風が起こる事はないハズだった。突風の正体を知るため、アタシが上空を見上げたとき――視界に飛び込んできたのは、全長十数メートルにも及ぶ大翼鳥(ロック)だった!

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