16 怪力女傑一行、ネペンテスの実を得て帰還する
『勇者マルフィサ! 無事か!?』
わたしの元へ一番に駆けつけたのは、部族の勇者イギエだった。
『何とかな。怪物はどうにか退治できた。
済まないが、ちょっと肩を貸してくれないか? イギエ』
イギエは地面に横たわるわたしを慌てて、しかし軽々と担ぎ上げた。細い外見に似合わず、なかなか力がある。
『この砕け散った残骸は……あの幻獣か! すごい! マルフィサはまさしく勇者だ!!』
少年のように目を輝かせて賞賛してくれるのは、大変ありがたい話だが……わたしは答えた。
『いや、わたし一人では到底かなわなかった。
イギエの部族の勇者たちが挑んでくれたお陰で、怪物の情報を知る事ができた。
イギエが同行し、包囲網を作ってくれたからこそ、アンジェリカが護符を授けてくれたからこそ――ギリギリの勝負を制する事ができた。皆の知恵と力があったからこそ、わたしはかろうじて生き残ったのだ……皆の手柄だ。イギエも誇るといい』
実際、皆の所に戻る事ができるのも、動けなくなったわたしをイギエが背負ってくれているお陰だしな。
『……なるほど、分かった。イギエも誇る! 勇者として最期まで戦い、死後の地へ旅立った皆を誇る!
だからマルフィサも誇ってくれ! 皆の手柄という事なら、マルフィサの手柄でもあるのだから!』
『……それも、そうか。ありがとう、イギエ』
若き勇者の天真爛漫な物言いに、わたしは微笑ましくなり、思わず口元がほころんでいるのが分かった。
***
イギエの背中で休んでいる間に、わたしも多少は体力が回復した。
『もういい、大丈夫だイギエ。せっかくの凱旋を、いつまでも背負われたままでいるというのも情けない』
『……何なら、皆が待っている場所までずっとおぶってやってもいいぞ』
『調子のいい奴だな。戦いに赴く前は、ずっと震えていたクセに』
『……すまん、言ってみただけだ。皆の前ではそれ言わないでくれ』
『ああ、もちろんだ』
戦いが終わり、余裕ができた証だろうか。互いに冗談を言い合いつつも――結局わたしは自分の足で帰還する事を選んだ。
帰ってきたわたし達の姿を見て、アンジェリカたちが部族の人間たちと一緒に歓声を上げた。
「フィーザ! 無事だったのね、よかった……」
「ぜんぜん無傷、という訳じゃあないよ。アンジェ。きみのくれたお守りがなかったら、危なかったな」
「そ、そう。役に立ったのね、アレ!……ふ、ふっふん! 当然よ! なんてったって、あたしの特注品なんだから!」
これから、やる事は幾つもある。カトブレパスの犠牲となった部族の勇者たちの埋葬。岩の残骸と化した幻獣の死骸の処理。怪物退治の報酬代わりにカッファの実――赤いネペンテスを融通してもらわなければならない、等。
しかし何より、今一番優先すべきは――宴を開き、勝ち戦の喜びを皆と分かち合う事だ。
部族の習慣なのだろうか、宴では見慣れない白い飲み物が分け隔てなく配られた。聞いたところ、カッファとは別の果物から採取したジュースであるらしい。
「えー……? あたしもコレ飲むの?」
「作り出すのに何日もかかるそうだ。賓客が来た時や、祭りやめでたい席の専用だそうだから、断るのは失礼に当たるぞ」
辟易していたアンジェリカも、わたしが促すと覚悟を決め、一気にごくりと飲み込んだ。
「!……ちょっと変わった味だけど……意外とクセになりそう!」
「どうやら、大丈夫みたいですね」
「アンジェリカが飲めたなら安心だな。僕らも飲もう」
「ちょっとヒュパティア! 皇子! あたしみたいにいたいけな少女を毒見役に使うって逆に失礼なんじゃない!?」
実はわたしも少し心配だったのだが、味も品質も問題はなさそうだ。その日は夜明け前まで、皆で飲んで踊って楽しんだのだった。
***
カトブレパスの遺体は、ヒュパティアが入念に調査した結果――やはり「はぐれ者」である事が分かった。
「左後脚にひどい怪我の跡がありました。この位置ですと、走る分には支障はなかったでしょうが、急勾配の崖を登るのは難しい。
カトブレパスは本来なら、もっと高地のナイル川源流を住処とする幻獣です。
恐らく何らかのトラブルに巻き込まれ、崖から落下してしまい……脚を負傷した事で故郷に戻れず、このカッファの地まで迷い込んできたものと思われます」
ヒュパティアの言葉が正しければ、この地の部族が死の幻獣の脅威に晒される事は、おそらくほぼ無いと言えるだろう。
「アンジェ。カッファの実を受け取れたようだが……それだけの量でいいのか?」
「よっぽど無駄遣いしない限り、これだけあれば十分よ。
それにカッファの木の実は、半分くらいカトブレパスに食い荒らされちゃったし。これ以上要求したらみんなに悪いわ」
約束の報酬である「赤いネペンテス」を受け取り、いよいよ別れの時が来た。
滞在したのはほんの数日だし、命のやり取りをする危険な目にも遭ったが、それでも少し名残惜しいと感じる。
『さらばだ。わたし達の願いを聞き届けてくれて、感謝している。カッファの実のなる地と、その地に住まう人々と勇者の恩、決して忘れん』
『こちらこそ、我が部族の危機を救ってくれて感謝する! 勇者マルフィサとその仲間たちの物語、歌にして末代まで語り継ぐ事を誓おう!』
図らずも、わたし達の事は英雄譚にしてくれるようだ。
別れの挨拶を済ませた後、わたし達はカッファの地を離れ――その日の夜、ハール皇子の呼び出した大翼鳥に乗り、一夜にしてアレクサンデラへと帰還する事となった。




