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14 怪力女傑、幻獣カトブレパスと対決する・前編

 わたしの申し出に、人々はざわつき始めた。


『頼もしい言葉はありがたいが……知り合ったばかりの客人に、そんな危険な役目をさせる訳にはいかん』

『そうだ。あの一つ目の怪物は本当に恐ろしいのだ!

 巨大な身体を持ち、力も強い。それに奴の目を見たが最後――我が部族のいかなる勇者でも、全身が死の色に染まり、皆帰らぬ人となった』


 彼ら現地の人々が言うには、怪物が現れた当初は、周辺の部族から腕利きを募り、討伐隊を結成したらしい。

 だが結果は――ほぼ全滅。命からがら逃げ帰った人の話では、怪物の目に睨まれた者は皆、瞬く間に動かなくなってしまったという。


「おいおい、いくらマルフィサが強いといっても……話を聞く限り、とんでもなくヤバい相手なんじゃないのか?」とハール。

皇子(ラシド)。また大翼鳥(ロック)を呼んでみたらどう? いくら怪物がヤバくても、大翼鳥(ロック)が戦えば一捻りなんじゃ……」

「アンジーの言う通りかもしれないが……その為に貴重な『三つの願い』を浪費するのかい?」


 ハールとアンジェリカがヒソヒソと相談している横目で、ヒュパティアが瞳を光らせた。


『……皆さんのお話を聞く限り、その怪物の正体はきっと、カトブレパスですね』

『カトブレパス?』

『はい。偉大なる博物学者プリニウスの著した博物誌にも、その名があります。

 西エチオピアに棲息する幻獣カトブレパス。巨大な水牛の胴体、細長い首の先に重い頭を持ち、その赤く輝く邪眼を見た者は必ず死ぬとの事』


 ヒュパティアの解説を聞き、怪我をした部族の若者が「まさにそれだ!」と悲鳴に近い声を上げる。彼らは一様に彼女の博識ぶりに驚いていた。

 わたしも寡聞(かぶん)にして知らなかったが、古代の書物にはそんな怪物について記されたものもあるのか。


『皆さんの生活を脅かしているカトブレパス退治、ワタシどもとしてもやぶさかではありません。

 しかしながら目を見たたけで死ぬと言われるような伝説の幻獣……一筋縄ではいかないでしょう。

 なので、怪物を確実に倒すための作戦を、我々一丸となって考える必要がある……と思うのです』


 ヒュパティアの演説は、ついさっき現地部族の言葉を覚えたばかりとは思えないほど流暢(りゅうちょう)で、熱のこもったものだった。

 流石、アレクサンデラにおける人気教師。説得力のある弁舌では、ひょっとしたらハール皇子をもしのぐかもしれない。


***


 わたしから提案し、まず最初にやった事は――怪物カトブレパスの行動範囲の調査だった。

 現地の狩人からの伝聞情報を聞き、それでも不十分な場合は直接わたしが出向いて様子を見る。怪物退治は狩猟の側面もある。相手の習性や行動パターンを把握する事こそが勝利に繋がるのだ。


 ヒュパティアが言うには――カトブレパスがこんな土地にまで降りてくる事じたいが珍しいらしい。

 彼らは普段、ナイル川の源流とされる泉の近くに生息しており、巨大で恐ろしげな見た目に反して、実は草食だというのだ。

 にわかに信じがたい話だが、普段は奥地にひっそりと住んでいるはずの幻獣がなぜ、こんな人里近くまで降りてきたのか……その理由はさすがのヒュパティアも判らないという。


 現地(カッファ)の人々の話では、怪物は群れておらず、目撃例は単独だというのがせめてもの救いか。


(考えられる線としては、普段食べていた餌を食べ尽くしたか。それとも仲間との縄張り争いに敗れてはぐれて来たか……?)


 しばらく進むと、わたしより背の高い場所にある木の実が食い荒らされている現場に出くわした。

 食い散らかした箇所に赤い残骸が転がっているところを見ると……どうやらこの木が、彼らの言う「カッファ」――文献でいうところの「赤いネペンテス」のようだ。


(こんな高い所に生えている実を食うとは……伝承通り、細長い首を持っているようだな。

 しかも相当に飢えている。そして『奴』は、すぐ近くにいる)


 気配が近い。これまで嗅いだ事のない、濁った獣臭と共に……歪んだ感情の「炎」がくすぶった跡が、微かにわたしの「感覚の目」に焼きつく。

 カトブレパスは間違いなくこの先にいるが、幸い今はまだ眠っているようだ。とはいえこれ以上不用意に近づけば、縄張りに侵入されたと見なされ、襲撃を受けるのは避けられないだろう。


(……偵察は終わった。いったんは皆の所へ戻り、今後の対策を練るのが最善だろう)


 ひとりで旅していた頃と比べれば、自分も随分と臆病になった……いや、慎重になった、というべきだろうか。

 わたし一人で戦っている訳ではないのだから、アンジェリカやハールたち仲間を頼る事に、なんら気兼ねする必要はない。

 そう考えると、わたしも幾分は気が楽になった。


***


 翌朝。

 昨夜の内に作戦を練ったわたし達は、カトブレパスを討伐すべく奴の縄張りへと踏み込む事になった。


「フィーザ! 急ごしらえだけど、一晩かけて作ったお守り――持って行って。

 いざという時きっと役に立つハズよ!」


 そう言ってアンジェリカに渡された「お守り」を手に、わたしは部族から志願した若き勇者ひとりと共に、幻獣(カトブレパス)の眠る場所へ歩みを進めていく。

 部族の勇者――名をイギエというそうだ――は、名乗りを上げた時こそ血気盛んだったが、皆から離れると段々、不安そうな表情になっていった。


 無理もない。最初は先輩の戦士たちと共に挑んだのだろう。だがその結果、自分を除く全員が返り討ちに遭ったのだから。

 本来なら、ひと睨みされただけで命を落とすような化け物と再び戦うなど、正気の沙汰ではない。だがそれでも……部外者のわたしが退治すると申し出た以上、部族の代表として退くに退けなかったのだ。ここで尻込みしては彼の戦士としての誇りだけでなく、部族全体の名誉も傷ついてしまう。いくら怖くとも、彼に逃げるという選択肢はなかったのだ。


『心配するなイギエ。役割は分担する。

 イギエは怪物が起きないギリギリの距離で、奴が遠くに逃げないようロープの罠を張り巡らせてくれ。

 その準備が整い次第、わたしが突撃する。勝利のためにも重要な役目だ、しっかり頼むぞ』


 わたしの言葉を聞き、イギエは少しホッとしたような顔を見せ、こくりと頷いてみせた。

 直接殴り合うだけが戦いではない。イギエのような「仕込み」を行う役目も、作戦の成功のためには欠かせない存在なのは事実だ。


 やがて――イギエの方から合図が来た。角笛の音。あらかじめ取り決めておいた、罠を張り終わった時のサインだ。

 その音と共にわたしも、縄張りの中へと足を踏み入れる。そして――それまで眠っていた「気配」が、即座に起き上がりわたしの存在に気づき、露骨に警戒の「炎」を見せた。

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