13 怪力女傑、現地人と交渉する
わたしは現地の人間に会いに行く事にした。
言葉そのものは通じないが、わたしの持つ炎の魔神の力は、生き物の感情を炎という形で見て、知る事ができる。
それにこういった集落に住む人々は経験上、わりと肉体言語的なコミュニケーションを取った方が受け入れられやすい。
彼らは少数で暮らしているがゆえに、基本的に弱肉強食的な価値観を持っている事が多い。だからそれなりに鍛えているわたしが最初に表に立った方が、交渉がスムーズに進みやすいと考えたのだ。
わたしが姿を現すと、黒い肌の人々は驚き、警戒心をあらわにして取り囲んだ。
口々に、意味の分からない言葉が飛び出してくる。そのうちの大半は、怯えや怒りの混じったものだったが……彼らも一枚岩ではない。わたしを取り囲む男たちより外にいる、年老いた長老や女子供の姿も遠巻きに目に入る。彼らの中に数人、比較的穏やかな「炎」を帯びた言葉をつぶやく者がいた。
わたしはその言葉を耳ざとく聞き――大きな声で、しかし威圧的にならないように叫ぶ。
「サラム!」
わたしの発した単語を聞いた途端、警戒していた人々の心の炎が、わずかに緩んだ。
『サラム……ですか。そう言えば聞き覚えがあります』
わたしの耳元でこっそり囁く声。ヒュパティアだ。彼ら現地人の言葉の理解の助けになるかと思い、ハールの風の魔神の力を使って、ヒュパティアの声とこの場の音声を、あらかじめ繋ぎ止めていたのである。
「意味が分かるのか? ヒュパティア」
『ワタシの故郷アレクサンデラは交易都市ですからね。エチオピア人の商人だって相手をする機会があります。
彼らの母国語に触れる機会が何度かありました。恐らく”サラム”とは、エチオピアの言葉で平和を意味し、普段の挨拶にも使われているモノでしょう』
「サラム」、か。中東で使われている挨拶の言葉も「アッサラーム」で、もともとの意味は同じく平和だとか、平安を意味するらしい。
偶然の一致と片づけるには、いくらなんでも出来過ぎている。
『コレは興味深いですね。このような奥地においても、ほぼ似たような単語が使われているというのは。
きっと何百年か何千年前には、人々が広範囲を行き来して交流していた事の証明になります!』
ヒュパティアは学者の血が騒いだのか、次々と現地の言葉を聞かせてくれとせがむ。
いくつかの単語を聞いた限りでは、この地の人々は細かい方言の差異はあれど、アラクやエチオピアとさほど変わらない言葉を交わしているらしいと段々分かってきた。
敵意がないこと、一部とはいえ言葉が多少は通じること。この2つが決め手になったらしい。現地の人々の警戒心は薄れ、すぐに笑顔を見せるようになった。きっともともと温厚で、仲間と助け合う部族なのだろう。
***
たどたどしいながらもある程度、意思の疎通が可能になってから――わたしはアンジェリカ達を呼び、自分たちが4人である事を明かした。
一緒に狩猟に出かけ、わたしが弓の腕前を披露して獲物を仕留めた事から、彼らもわたし達の力を認めてくれたようだ。言葉が通じにくいながらも、アンジェリカ達は歓迎された。
『この地は何という名前なんだ?』
『カッファの実る地だ!』
わたしは地名を聞いたのだが、いくら尋ねても彼らは「カッファ」なる実の事しか話さない。どうやら彼らに、土地の名前をつけるという習慣はないらしい。
「これひょっとして、この人たちの言ってるカッファっていうのが……」
「恐らく、オデュッセイアにも記されし『赤いネペンテス』の実の可能性が高いですね」
アンジェリカとヒュパティアが、お互い小声で話し合ってニヤリと笑っている。目的のものが近くにあると知ったのだから、嬉しいのは分かるが……二人の笑顔はなぜかわたしから見ても何だか怪しい。
「でもやったじゃないか。現地の人々と仲良くなれたし、これで労せずして目的の木の実が入手できるって事だ」
安堵したらしく、ハール皇子は明るい表情で言った。
「後は彼らからその……カッファだっけ? 木の実の場所を教えてもらって、ちょっと分けて貰えば万事めでたしって訳だな」
ところが、である。
わたし達が彼らに「カッファ」の実について、詳しく教えてもらおうとした途端……人々は暗い表情に変わった。
『どうしたんだ?』
『カッファの実、今はひとつも取りに行けない。恐ろしい化け物が、実のある山に舞い降りて、我らを追い出してしまったから』
恐ろしい化け物――か。わたし達がこの地に来てからずっと感じていた、凶暴な「何か」の気配と恐らく関係があるのだろう。
わたしは心の中でほくそ笑んだ。彼らの抱える厄介事を解決すれば、アンジェリカの欲するカッファの実をいくらか融通してもらう交渉もやりやすくなる。それに何より……ここのところ長旅ばかりで少々、退屈していたところだった。
『その怪物とやらの話、詳しく聞かせてくれ。場合によっては協力できるかもしれない』




