12 怪力女傑一行、エチオピアの地に降り立つ
わたし達は大翼鳥の助けを借りて、わずか一晩――いや、正確にはたったの数時間ほど――で、遥か南にあるエチオピアに到達する事ができた。
といっても真夜中の出来事な上、わたし達の目的はエチオピアそのものではない。エチオピアの高山に存在するという「赤いネペンテス」の実を手に入れる――言うなればそれだけだ。アンジェリカが過去のアレクサンデラ大図書館で調査した古代の魔術書に書き記された中で、彼女がすぐに用意できそうにない触媒は、それだけなのだという。
わたし達全員が大翼鳥の背から降りると――巨大な美しい鳥の姿は、みるみる内に小さくなっていき、再びハールの持つランプの中に入り込んだ。
『願いの半分は聞き届けやしたぜ。ご心配なく、帰りの時には再び大翼鳥の姿を取って皆さんを運びましょう。そういう契約ですし』
「ありがとう、助かるよ風の魔神。そのデカい図体でずっとついてきたら、きっと道中とんでもなく目立ったろうからね」
ハールが最初に願ったように、あくまで大翼鳥はわたし達をアレクサンデラからエチオピアへ運送する時のみ、助力してくれるようだ。
わたしとしても不必要に騒ぎになる原因を作りたくはないから、実に助かる。
「さて――この大山脈から、『赤いネペンテス』の木とやらを探し出さねばならないわけか」
わたしは唸った。薄暗い中、土地勘もない山をうかつに動き回るのは得策ではない。
「こうも真っ暗じゃ、実がなっている木を見つけるのも骨じゃないか?」ハールが言った。
「今は一旦、休める場所だけ探して……本格的な調査は、朝日が昇ってからにした方が良さそうだ」
「それもそうね。賛成!」アンジェリカも同意する。ヒュパティアも異論はないらしく、ハールの意見に追従した。
「なら決まりだな。少々暗いのが難だが、問題はないだろう。わたしの持つ炎の魔神の力で、明かりや焚火は作れるからな。
それで周囲の地形を探り、休憩と睡眠を取るのにうってつけの場所を探ってこよう」
不用意に不慣れな地形を全員でうろつくよりは、危機に陥る心配は少ないだろう。
そんな訳でわたしは、皆をとりあえずの場所で待機させてから、慎重に周辺を歩いて回った。
(上空を飛んでいる時に見ていたが……ここはエチオピアといっても、とんでもない秘境の地だ。
交易で栄えていた沿岸部の都市より遥かに内陸――しかも、ナイル川の源流と思しき巨大な湖をも行き過ぎてしまったし。
アラク人の旅行者ですら、ここまで足を踏み入れた人間は誰もいなかったんじゃないか?)
とはいえ、森が生い茂っているといっても、ある程度起伏のある山地である事はありがたい。
地形の高低差で大体、自分がどちらに向かっているか判断がつくからだ。
(思えば西方異教の国々の土地は、平地ばかりだったな。
平らな土地に広葉樹が鬱蒼と茂るから、昼間ですら薄暗く方向感覚が掴みにくい。
しかも狼や怪物など、得体の知れない獣もすぐ傍をうろついていた。それに比べればこのエチオピアの地はまだ、動きやすいな)
しばらく歩くと……どうにか4人程度ならキャンプを張れそうな平地を見つける事ができた。
そして――ほんの微かにだが、見下ろした標高の低い場所に、小さな灯のようなものが見えた。かなり遠いが、あれは……人間の炊いた焚火だろうか?
(こんな僻地にも、人が住んでいるのか)
明日、陽が昇ったら接触してみるといいかもしれない。言語は恐らく通じないだろうが、いざとなれば身振り手振りで敵意がない事ぐらいは伝えられるだろう。
そう考えたわたしは、アンジェリカ達を呼びに行くべく元来た道を戻った。
***
簡易の寝袋などを用意し、アンジェリカたちに数時間ほど睡眠を取らせている間――わたしは夜通し見張りをした。
どうもさっきから、奇妙な気配がしていたからだ。
こちらを警戒しているのか、直に姿を現さなかったが……明らかにこの未踏の地には、現地の住人以外の「何か」がいる。
油断している間にその「何か」に襲われては、元も子もない。だからこそ見張っていたのだが、昨夜は何も起きなかった。
「おはよーフィーザ。朝はあたしが見張っているから、ゆっくり仮眠取ってもいいわよ」
「……ありがとう、助かる」
わたしは素直にアンジェリカの申し出に従い、少しの間眠る事にした。実際、疲労が溜まっていたからだ。
仮眠といっても、何らかの危機が迫れば即座に起きてしまうだろうが……それも戦士の性というものだ。
***
意外にも、わたしはゆっくり眠る事ができた。
ふと目が醒めると、アンジェリカ、ハール、ヒュパティアが相談している。
「……どうした?」
「ハールが見つけてくれたんだけど、この近くに現地人の集落があるらしいの!
もしあの人たちと友好的に接触できたら、『赤いネペンテス』の実についても教えてもらえそうじゃない?」
言われてみれば……人が住んでいる痕跡があるのを皆に教えるのを忘れたまま、眠ってしまった。
ハールたちもまずは、現地の住人たちとの交渉を望んでいるようだ。わたしとしても穏便に事が運ぶなら文句はないが――
「……交渉という事なら、わたしが行こう」
「え、フィーザが行くの? 大丈夫?
言語が通じないからって、手っ取り早く肉体言語とかに訴えたりしない?」
「……わたしを何だと思っているんだ……なに、こういう『話し合い』には慣れている」
少々難儀するかもしれないが……言葉が通じないなら通じないなりに、やりようはある。




