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11 怪力女傑一行、大翼鳥(ロック)の背に乗る

 伝説の大翼鳥(ロック)が、今目の前にいる。

 全長40メートルはあるだろうか。翼を広げればもっと大きいかもしれない。わたしも数々の怪異や怪物をこの目で見てきたが、これほど巨大な生物と対峙したのは始めてである。

 そして幸いな事に、大翼鳥(ロック)はわたし達の敵という訳ではない。わたし達の目的と旅路に協力してくれる、というのだ。


『ささ、我が主ハール。命令して下さい』

「え……僕?」

『何を呆けてるんですか。今の変身を見たでしょうよ。この大翼鳥(ロック)はこのおれ、風の魔神(イフリート)でもあるんですぜ?

 この姿を取るのも結構大変なんで、ランプの御主人からの願い事って形で、ひとつよろしく頼みますよ』


 神々しくも美しい――雄大なる巨鳥の姿でありながら。その言葉は今まで通り、風の魔神から発せられたものだ。

 ハール皇子も、ごくりと息を飲んでから……放心から立ち直ったのか、やがて声高に叫んだ。


「……では。えーと、ゴホン。ランプの主にして風の魔神(イフリート)を従えし我、ハールーン・アル・ラシドの名において命ずる!」


 彼の口から出た本当の名を聞き――ヒュパティアが今までで一番驚いた顔をしていた。


「え……もしかして……我が国の第二皇子……さま……?」

「あー、うん。実はそうなんだよ。ゴメンね、今まで黙ってて」

「……あくまで一般論で、ワタシがそう思う訳ではありませんが。『見えない』ってよく言われたりしません?」

「そ、そんな事ないし!? ってか、中途半端に気を遣われると余計に心エグられるんですけどぉ!?」


 そういえば彼女には、ハールの素性――アルバス帝国の皇位継承第二位の皇子であること――はちゃんと話していなかったな。もっとも話したところで、完全に信じたりはしなかっただろうが。


「気を取り直して! 我と我の仲間を、その美しき背に乗せ、エチオピアの地へと運ぶべし。……あ、もちろん帰りもヨロシク」

『了承いたしました、我が主』


 最後はなんか軽いノリになってしまったが、意外と重要な文言をハールは付け加えた。さすが抜け目がない。これで1つの「願い」の力で、行きと帰り、両方の旅路で大翼鳥(ロック)の助力を得ることができるだろう。


 わたし達は早速、全員で大翼鳥(ロック)の背中に乗った。思った以上に羽毛は柔らかく、生物とは思えないほど心地よい香りがする。それでいて根元は太くしっかりしており、これに捕まっていれば振り落とされる心配はないだろう。


『さあ、出発しますよ。皆さんちゃんと捕まっていて下せえ』

「あー、魔神(イフリート)よ。つかぬ事を聞くんだが……もしかして、お前が250年前に背中に乗せた人間って――」

『アラク人の商人の方でしたねえ。名前は確か――スクルージさん、でしたっけか』

「!……やっぱりかッ……!!」


 自分から尋ねておきながら、ハール皇子は知りたくなかったかのように身震いしていた。

 それで思い出したが――スクル教の経典には、預言者スクルージの「夜の旅」なる宗教体験を綴った項目がある、と聞いた事がある。

 それによるとスクルージは、最初にして最愛の妻が亡くなった後、大天使に導かれ「夜の旅」をしたという。わずか一晩で聖地マッカから聖地イェルザレムへ飛び、さらに昇天して天空に住まう過去の預言者たち、そして最終的には神そのものに拝謁(はいえつ)したというのだ。


 スクル教徒であろうとなかろうと、にわかには信じがたい、凄まじい体験記録だが……あの記述はひょっとすると、本当に起きた話だったのかもしれない。


***


 凄まじい高さを飛ぶ大翼鳥(ロック)。眼下の景色は人も街も、豆粒のような大きさとなり、巨鳥が羽ばたくとあっという間に地形が変わっていく。

 地上から見れば雄大に水を(たた)えるナイル川ですら、まるで細く長い毛髪のように錯覚するほどだ。


「すごい……すごいすごい! めっちゃくちゃ高い! 本当に空を飛んでるッ!」アンジェリカが興奮して叫んだ。

「……本当に……飛んでいますね……次から次へと、信じられない体験ばかりです……!」ヒュパティアも叫ぶが、流石に声が震えている。


 ハールに至っては、眼下の光景を真に当たりにしてからというもの、一言たりとも発していない。


「……大丈夫か、ハール?」わたしは少し心配になって声をかけてみた。

「…………ウン。心配ナイヨ。大丈夫。大丈夫サ。ハハハ」

「何だかものすごく無機質な声になっているが、本当に平気か……?」

「……平気ヘーキ。デモ、シガミツイテルダケ、精一杯。目的地ニ着クマデ、ソットシテオイテ……」


 ハールは表面上は笑顔だったが、内心この状況で一杯いっぱいなのだろう。台詞が片言になってしまっている。

 まあ分からなくもない。わたしだってこの高度から落下したら、と考えたら恐ろしいと感じる。むしろパニックに陥らず大人しくしてくれるだけ、ありがたいと考えるべきだろう。


 わたしは「……分かった。悪かった」とだけ告げ、必死に羽毛にしがみつくハール皇子を見守った。万一彼の気力が途中で尽きた場合、何とかフォローしてやらなければならない。


 そうこうしている内に、巨大な山が見えてくる。平坦な砂漠の多いアラキア半島では滅多にお目にかかれない、緑豊かな大山脈だ。さほど時間が経ったようには感じなかったが……さすがは大翼鳥(ロック)といった所か。一晩で地の果てまでも飛び立てるという伝説も、あながち誇張ではなさそうである。


『もう間もなく、エチオピアに入りますぜ。もうしばらくの辛抱でさぁ』


 大翼鳥(ロック)と化した風の魔神から声がかかる。思っていた以上に速い。辺りはまだ真夜中で暗く、朝日が昇るのはまだまだ先だろう。

 比較的着地しやすそうな台地を見つけた巨鳥は、雄大に羽ばたきつつもゆっくり地上へと降り立った。

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