10 怪力女傑、大翼鳥(ロック)に遭遇する
「えっ…………魔神。今なんと言った?」
『ですから、大翼鳥を呼びたいんでしたら呼びますぜ、と』
風の魔神のあっけらかんとした発言に、わたし達は一斉に驚いた。
「マジか……本当にそんな事ができるのか? おとぎ話でしか語られない、伝説の大翼鳥だぞ!?」
ランプの主人となっているハールですら、信じられないといった様子で彼を問い詰める。
『というか、お忘れですかい? おれが人間の願いを叶える力を持つ魔神だって事を。
もっともおれが本来持つ風の力と関わりのない願いの場合、叶えられるのは3つまでに限定されちまいますが』
「じゃあ本当に……大翼鳥を呼べるんだ……」
魔法少女であるアンジェリカですら、驚愕を隠せないようだ。
「それができるんだったら、一晩でエチオピアまでひとっ飛びも夢じゃないわね!」
興奮して叫んだアンジェリカ。しかし――その場にはもう一人いた。ヒュパティアだ。
「……なんだかとっても面白そうなお話じゃありませんか」
「ヒュパティアさん? まさか……」わたしの嫌な予感は的中した。
「大翼鳥に乗ってエチオピアへ行く話。是非ともこのワタシも関わらせてくれませんか?」
好奇心旺盛な学者先生ならではの無茶振り。普通の人間なら、糞ひとつで村を壊滅させるような巨大な鳥となど、関わり合いになる事すら恐れて拒否すると思うのだが……こと彼女に、一般人の常識があると期待する方が無理なのだろう。
「いや、流石にそれは無茶ではないか?」わたしは異論を述べた。
「ちょっとした日帰り旅行とは訳が違うぞ。それにヒュパティアさんは、この街の学園でも重要な地位にいるのだろう。
それがふらっと何日もいなくなるなんて事になったら、わたし達は最悪、誘拐犯の濡れ衣を着せられる恐れもある。厄介ごとを抱え込みたくはないのだが」
「でしたら、実地調査の許可をこれからいただいてきます。
なあに問題ありません。ワタシが急な思いつきで姿をくらますなんて事、これまでも何度かありましたから」
自分でそれを言うか……
あの婚約者らしき男、トートがならず者を引き連れてまでヒュパティアを連れ戻そうとしたのは……彼女の出奔癖を危惧しての事だったのかもしれない。ただの迷惑男という訳ではなかったようだ。
「それに現地で植物を見つけるのでしたら、ワタシの知識も多少はお役に立てるのではないかと思いますよ?
もちろんアナタ達は、ワタシの護衛役として臨時雇用させていただく、という形にします」
結局ヒュパティアの強引な説得に押し切られる形で、エチオピアへの旅に彼女も同行する事を承諾させられたのだった。
「しかし風の魔神よ。大翼鳥を呼ぶなんて、そんなおいそれとはできない事だと思うが」
『呼び出すタイミングとかは、十分に注意を払った方がいいと思いますぜ?
おれは別段構いませんけど、真昼間に超巨大な鳥が街に押し寄せるなんて事になったら、大パニックは必至でしょう?
こーゆーのは大体、真夜中に呼び出すのが相場と決まってるんでさ』
「それもそうだな。大翼鳥はいつ、来てくれるんだ?」
魔神はわたしの言葉を聞くと、目を閉じて押し黙った。
「…………?」
「フィーザ、静かに。今彼は風を使って、大翼鳥と話をつけているのよ」
アンジェリカに言われ、わたしはおとなしく見守る事にした。
……しばらくして、魔神はようやく再び目を開き、言った。
『交渉成立ですぜ。今夜にもここに来てくれるそうです。
こういう仕事の話が来るのも、約250年ぶりって言ってましたねえ』
なんと、大翼鳥はそんな大昔にも、人間を背に乗せて運んだことがあるらしい。
その話を聞いて、最も驚いた顔をしていたのはハール皇子だった。
「真夜中に……人間を乗せて飛んだ……? しかも250年前……それってまさか……」
「どしたの皇子。心当たりでもあるの?」
「…………」
「ちょっと、何よ黙り込んじゃって」
「……いや、大した話じゃない。気にしないでくれ……」
「……ほんとぉ?」
***
その日の夜のこと。
わたし、アンジェリカ、ハール、そしてヒュパティアの四人は、アレクサンデラを出てから少し南の――大きく開けた砂漠のど真ん中に立っていた。
『よっし。今から呼んでくるから、安全そうな場所で待機しててくれよな』
風の魔神の言い分に従い、わたし達は岩陰に隠れた。
魔神は砂漠の中央に立ち……その姿は見る見るうちに変わっていく。
端正な青年の姿から、筋肉質の巨人へ。さらにさらに、大きくなっていく。
最初はかすかなそよ風に過ぎなかった。しかしそれは、唸り声を上げ、次第に鼓膜を突き破らんばかりに大きく、鋭くなってきた。
巨大な影が爆発的に膨れ上がり、嵐のような大風が最高潮に達する。
「う、うわあああッ」
「ハール! アンジェ! ヒュパティアさんも! わたしにしっかり捕まっていろ!」
凄まじい突風に巻き上げられまいと、わたしは皆を守りながらどうにか踏ん張った。
やがて……風は止む。わたし達が目を開け、辺りを見渡すと――そこには、小さな村ひとつぐらいなら丸ごと飲み込まんばかりに巨大な、美しい翼を持った鳥が鎮座していた。
「…………ッ!? 風の魔神……? まさかこれは――」
『お待たせしましたね。ようやく……本来の姿に戻ることができた。
おれの図体がここまで大きいとは思っていなかったでしょう?
さ、皆さん。背中に乗って下さい。エチオピアまでお連れしますぜ』




