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3 怪力女傑、女学者と出会う

「アナタはどうして、ここに『大図書館』があったと分かったのですか?」


 ボロを纏い、這いつくばっていた人物がいきなりアンジェリカの腕を掴み、まくし立ててきた。

 身なりがみすぼらしかったのですぐには分からなかったが、声を聞く限り女性のようだ。


「え、えーっと……失礼ですがどちら様で?」


 思ったより柔らかな声に、怯えていた魔法少女はやんわりと尋ねる。

 掴まれた腕はさほどの力でもなかったのだろう、あっさり振り払う。すると……向こうはすっぽり被っていたフードを取った。

 中から現れたのは、二十代半ばほどの整った顔立ちの女性。化粧っ気こそないが、もともとの素材が良いのだろう。理知的でありながら、相手を威圧せずむしろ安心感がある。

 ただ……彼女は何やら興奮気味で、アンジェリカに興味津々のようだ。


「あ、ごめんなさいね。自己紹介しそびれました――ワタシの顔をご存知ないという事は、旅行者のようですし。

 ワタシはヒュパティア。アレクサンデラ学園(アカデメイア)に所属している学者の端くれです」


 学園(アカデメイア)――中東(アラク)の言葉ではない。わたしもあまり詳しくはないが、アカデメイアとは北に位置するグリジア帝国由来の言葉で、学問を志す有望な若者を集め、教師がその手解(てほど)きをする施設だと、聞いた事がある。


「……アレクサンデラにそんな組織あったっけ?」


 首を傾げたのは、なんと他ならぬハール皇子自身であった。かつてアルバス帝国の頂点にいた彼をして、このヒュパティアなる女が名乗った肩書は寝耳に水であるようだ。


「実はまだ、中央の聖帝(カーリフ)に認められた訳でもなく。ワタシ達、志ある意識高い学徒たちが寄り集まって、勝手にそう名乗ってるだけなんですけど」

「自称かよ」

「かつては学術的に栄華を極めたアレクサンデラでしたが……今、学問研究は下火です。(なげ)かわしくも250年ほど前――この地を支配していた西方異教(ヴェルダン)の皇帝は、『宗教的でない学問など不要』と愚かな裁定を下し、当時の学園(アカデメイア)を解散させてしまいましたからね。

 ですが。今は散逸してしまった知識の宝庫たる書物をかき集め、再び学問研究の灯を、この中東(アラク)世界に復活させる。

 これはこの世界の宝の恩恵を、全人類に享受するための素晴らしい運動です。

 東に学術都市メルヴあれば、西にアレクサンデラあり。ワタシたちのやっている事が有意義であると知れれば、きっと聖帝(カーリフ)も援助して下さる事でしょう」


 もともと冷静な性格なのか、相変わらず口調は淡々としていたが……瞳の内に秘めし情熱のようなものは、何となく伝わってくる。彼女なりに熱弁をふるっているつもりなのだろう。

 今目の前にいる青年が、実はアルバス帝国の皇位継承第二位だと知ったら、一体どんな顔をするだろうか。


「……ワタシの素性は話しました。今度はアナタがワタシの質問に答える番です。まず名前をどうぞ」

「へ? あ、はい……えっと、アンジェリカ……です……」

「アンジェリカ……いい名前ですね。アンジェちゃん、と呼ばせていただきます」

「……」

「では早速、さっき最初にワタシがした質問に答えて下さい。

 どうしてここが『大図書館』の跡地だって分かったのですか?」


 ここまでストレートに聞かれると、かえって答えづらいのだろう、アンジェリカは思わず顔を引きつらせ、言葉に詰まった。

 馬鹿正直に「時の幽精(ジン)の力を使って過去の大図書館の幻視(ビジョン)を見たからです」と答えても、納得どころか理解すらしてもらえるかどうか怪しい。


「……えっと、その……」


「――彼女の友人から教わったんだよ」

 しどろもどろになる魔法少女を見かねて、わたしは横から助け舟を出した。

「わたし達は帝都マディーンからの旅行者でね。アレクサンデラに来るのが目的だった。

 千年にわたりそびえ立つヴァロスの大灯台や大図書館……歴史にゆかりのある建造物をぜひ見たい、と。アンジェのたってのお願いのために」


 詳細はやや違うが、少なくとも嘘は言っていない。わたしの言葉にアンジェリカも話を合わせた方がいいと判断したのか、不自然なまでに素早くこくこくと(うなず)く。


「友人……友人ですか……」

 ヒュパティアは途端に含みのある笑顔を向け、アンジェリカを眺め回した。

「帝都マディーンのような遠い所からここまで……しかもワタシが長年、地道な文献調査を経てようやく割り出した大図書館の正確な位置を、いきなりやってきてドンピシャで当てるなんて。

 さぞかし御高名な方なのでしょうね?」


 褒め称えているように聞こえるが、口調が冷静なせいもあってか、露骨に疑われているような気すらする。


「そ、そうなの! あたしの友達は優秀なのよ! 過去の歴史にも造詣が深くて……当時のアレクサンデラの様子を、まるで見てきたかのように詳しく語ってくれたの!」


 アンジェリカが慌てて言葉を重ねると――ヒュパティアはおもむろに、懐から奇妙なデザインの道具を取り出した。

 細長い金属の装飾に囲まれ、真っ黒なガラスが中心に2つ、はめ込まれている。噂にしか聞いた事はないが、いわゆる「眼鏡」という奴だろうか? それにしては実用的でなさそうだが。


 ともあれ彼女は取り出した奇妙な眼鏡をかけ、不安そうなアンジェリカの顔をまじまじと見てから……ニヤリと笑って言った。


「アンジェちゃん。アナタの友人って……『今その右肩に停まっている』トンボみたいな方?」

「!?」

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