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1 怪力女傑、仲間と共にアレクサンデラを目指す

 涼やかな乾いた風が、紺碧の海にそよぐ。

 ここは紅海。東のアラキア半島と西のアフリグス大陸を隔て、南に広がる平和大洋(パシフィカ)へと通じる美しい海だ。

 そんな紅海に面する港町スエズに、小さな船が寄港する。わたし達の乗っている船だ。


 その船から飛び出した、赤い旅装束を着た12~13歳ほどの少女は――地上に降り立つや否や、這いつくばって地面にキスをしていた。


「ああ……素敵……! 揺れない地面! 愛しき陸地!

 これからもずっとあたしの事を支えてね! 死が二人を分かつまで……!」


 久方ぶりの陸上がよっぽど嬉しかったのか、少女アンジェリカは感極まり、常軌を逸した言動を繰り返している。


「……まったく、大袈裟だねえ~アンジーは」


 次に船から現れたのは、20歳前後のターバンを巻いた青年。華美ではないが整った身なりは、慎ましやかにしていてもどことなく気品というものを感じさせる。

 彼の名はハール。今は訳あって身分を隠しているが……本来であれば彼は、この中東(アラク)世界の大地、海の半分近くを支配・差配する大帝国アルバスの、皇位継承第二位にあたる人物。要するに「皇子さま」である。


「船に乗ってる間、毎日あれだけ吐いてたんじゃ、そりゃ地面が恋しくなる気持ちも分かるけども。

 一生涯の伴侶を地べたに決める気かい?」

「冗談が通じないわね皇子(ラシド)! 実際そのぐらいの安心感があるってことじゃない!

 っていうか揺れすぎなのよ船! 誰よ船旅は潮風が気持ちよくて、どこまでも素早く進めるって言ったのは!」

「そのセリフを実際に口走ったのは、他ならぬきみ自身だった気が」

「……そりゃ(おか)の上を行くよりはずっと速かったけどさ。あんなにグラグラするなんて想定外のさらに外よ!

 こんなのなら船旅の間ずっと、魔法の絨毯フライング・カーペットに乗っておけばよかったわ」


 アンジェリカは見た目は子供だが、こう見えても卓越した魔術の使い手。俗っぽい言葉を使うなら「魔法少女」という奴だ。


「……いや、ソレやる気だったなら、わざわざ船に乗る必要なかったんじゃね?

 というか僕も忘れてたけどさ。空が飛べるなら、クッソ高い船賃を支払う必要あったのかい」

「確かに絨毯は便利だけど、どんな所でもスイスイって訳には行かないのよ。ある程度固い地面がないと安定しないわ。

 ましてや『三人』いっぺんに長時間運ぶとなると、魔力を使うあたしが疲れちゃうし! 第一目立ちすぎちゃうでしょ。

 本当に大空を自由に飛びたいなら、そうね……伝説の大翼鳥(ロック)でも手懐けて、その背中に乗るしかないわね!」


「――なるほど、それはそれでロマンのある話だな。一生に一度くらいは体験してみたいものだ」


 そう言って、最後に船を降りた「三人目」は――このわたし。ハールとアンジェリカの護衛を務める女戦士、マルフィサである。


大翼鳥(ロック)かぁ……御伽噺(おとぎばなし)の中でしか聞いた事ないなぁ」

「そんなホイホイ目撃されても困る。わたしも怪物との戦いは望むところだが、伝承で語られる大きさだと流石にな。

 聞いた話では、大翼鳥(ロック)が気まぐれに落とした糞ひとつで、村が丸ごと壊滅したというじゃないか」

「うわー。嫌すぎ……そんな死に方するのだけは、絶対ごめんこうむるわ!」


 スケールの大きな話とは裏腹に……たどり着いた港町スエズは、予想に反してこじんまりした町並みだった。港町というより、漁村のイメージに近い。


「うーん……言っちゃなんだけど、出港したアカバよりもずっと小さいわね。もっと栄えてるかと思った」

「無理もない。いちおう海に面しているというだけで、紅海の中でも一番奥まった場所にあるからねえ、スエズは。

 あそこに流れてる川も、ずっとさかのぼったところで大きな湖に出くわしてそこで終了、さ」

「へー。そうなんだ……確か北にずーっと行けば、地中海(メソジオス)なのよね? いっそここと地中海を結ぶような運河を、どどーんと作っちゃえばいいのに!」

「はっはっは、アンジーの発想はブッ飛んでるなぁ。そんな大規模な工事、いったいどれだけの人手と金と時間が必要になるのやら……仮に今から着手するとしても、僕らが寿命でくたばる前に完成すれば儲けもの、というヤツだねえ」


 アンジェリカとハールの他愛無い会話を横で聞きながら、わたしは港町スエズを歩き回った。今後の旅路の為の物資を買い付けなくてはならないからだ。


***


 わたし達はあれから内陸へと進み、カイロを経由して北のアレクサンデラを目指した。

 途中立ち寄ったカイロに関しては、特に見るべき所もない。少し北にある軍事拠点への食糧備蓄のために作られた巨大な畑があるぐらいの、のどかな農村だったからだ。

 かつてアイギュプト王国と呼ばれ、神王(ファラオ)なる絶対権力者が治めていた肥沃な大地。西方異教(ヴェルダン)の大国、グリジア帝国の圧政下にあったのも今は昔。今はアルバス帝国の民の腹を満たすために、恵みの種をつけている。

 特筆する点があるとすれば、畑を耕している人間の中に浅黒い肌の男たちが大勢いる事だろうか。アフリグス大陸の南に住む黒人たちを農作業に従事させて、大規模農場化しつつある、という話を以前、風の噂で聞いた記憶がある。


「ホント平和ねー。こんな呑気してていいのかしらってぐらい」

「僕たちが気兼ねなく歩き回れるのも、東の地に兄上(カーリフ)の支配がまだ及んでいない事の何よりの証だ。

 ダマスクスにいるバルマク家……ヤフヤー殿やジャハルの尽力に感謝しなくてはね」


 アルバス帝国でも有能な内政集団である名門のバルマク家。彼らはダマスクスの街に留まり、表向きはお尋ね者となったハール皇子を、今でも陰ながら支援してくれている。一門の長であるヤフヤー殿の息子ジャハルは、ハールとは大の親友なのだ。確かに彼らのお陰で、今のところ大きな危険もなく旅を続けられるのは、実にありがたい話であった。

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