15 怪力女傑、妖術師に出し抜かれる
「お前のトリックは見抜いた。観念するんだな」
「あらあらあら。確かにお見事! と言いたいところだけど……
それだけでアタシに勝った気になるのは早いわよォ!」
「……何?」
星魔女・ムーシュの意思が宿った衣服からは、焦りと同時にいくばくかの余裕のようなものを感じ取れる。
「貴様……何を企んでいる? 燃やすぞ?」
「はン。どっちにしたってアタシを助ける気なんてないクセに、脅したって無駄よ。
このムーシュ様を見くびらない事ねェ」
わたしは炎の魔神の「魂の炎」を読み取る力を研ぎ澄まさせた。
奴の気配の大半は、今わたしが掴んでいる緑色の布からだが……他にも微かに、蠢いている「意思」を感じる。その場所は――
「!……しまった、アンジェ!!」
振り返って見れば、動く屍の群れと必死に戦っているアンジェリカとハール皇子の姿が見える。
彼らは善戦しているようだったが……襲ってくる群れとの戦いに集中しており、その中に潜む罠に気づいていない。
わたしは炎の力で、掴んだ衣服を燃やし尽くした。途端に大地の魔神の動きが止まり、地響きと共に腕の形は崩れ去っていく。
ムーシュの衣服を燃やした事で、アンジェリカを襲うほうも無力化されるかと一瞬期待したが、駄目だった。どうやらアンジェリカを襲おうとする「意思」は、完全に分離独立しているらしい。
アンジェリカが一瞬こちらを向き――彼女がようやく、屍の裏に潜んでいた緑色のスカーフに気づいた時には、遅かった。
そいつは蛇のように素早い動きで、魔法少女の細い首に巻き付いたのだ。
「アンジー!」
ハール皇子がスカーフを引き剥がそうと駆け寄ろうとしたが、動く屍はまだ複数体残っており、ハールひとりではアンジェリカを守るだけで手一杯だ。
大地の魔神が沈んだ今、わたしが動かねばならない。作戦のためとはいえ、二人から距離を置きすぎたのが仇になってしまった。
「……あんたがこうする事、予想しなかったとでも思う?」
一方、首を絞められる形となったアンジェリカだが……苦しげに汗ばみながらも、不敵な笑みを浮かべてみせた。
『はァん? 予想できたからどうだっていうのよ? この体勢になった以上、アンタに逃れる術などないわァ!』
「本当に……そうかしら?」
ギリギリと締め上げてくるムーシュに対し、アンジェリカが取った行動は――意外なものだった。
腰に下げていた水袋の中身を、思いっきり頭から被ったのだ。
「…………!?」
わたしもハールも、魔法少女の予想外の行動に一瞬、目を瞠る。
次の瞬間――邪悪な妖術師の絶叫が辺りに響き渡った。
『ギャアアアア――――!!』
緑色のスカーフから色が抜け、奇妙な白煙が上がっていく。そしてアンジェリカを拘束する力も緩んだ。
『な……なぜ、アタシの真の正体を……見抜いた……!?』
「星魔女は流星と共に地上に降りてくる魔女。あんたは散々、こっちの目を欺く魔術を行使してみせた。
だからふと思ったのよ。アンタの本体が衣服だってフィーザは見抜いたけど、もっと正確には――光や色。衣服を染める染料そのものなんじゃないかって。
もちろん確証までは行かなかったわよ。でも、ここに来るまでにあたし達は地下川を通った。
あんたがもし、あのルートをまっすぐ越えていれば……あんたほどの魔術師なら、とっくに儀式の魔法陣は完全なものにしていたハズ。
でも儀式は思ったより進んでいなかった。あんた、あの川を迂回したんじゃない? 水に濡れ、染料に宿った意思や魔力が削がれるのを恐れて」
よもや、わたしが飲むために確保した水を、そんな風に役立てるとは。
「あたしがかけたのもただの水よ。衣服が色褪せるようなひどい成分は入っていない。
でもそれでも――魔術を宿すための染色はもっと精密な色合いを要求される。そのバランスを崩すくらいなら十分だったようね」
『くそッ。ションベン臭い小娘ごときが……このムーシュ様を見下すんじゃねえッ!』
妖術師は激昂し、口汚い言葉を野太い声で言い放つ。そしてなおも少女を締め上げようとするが……もはや勝敗は決していた。
奴の「魂の炎」は急速に弱まっている。元々の魔術の力は向こうが上だったのかもしれないが――事ここに至っては、虚しい悪あがきに過ぎなかった。
アンジェリカがスカーフを掴み、魔力を込めると……引き裂かれるような音と共に、奴の魂が霧散していく。
「……何が星魔女よ。あたしにはちゃんと肉体がある。光が本体だったあんたとは違うわ」
『……フ、フフフ……そりゃそうでしょうよ。アンタは、正確には星魔女じゃない。
星魔女がかどわかした男と交わって産まれた、魔女の子なんだから……』
「!?」
彼女の表情がこわばったのは、己の出生の秘密を聞き驚いたからではなかった。
「……どういう事? この地に眠る魔力がもうほとんど残っていないじゃない。
地震を引き起こした大地の魔神の力は、こんなものじゃないハズよ!」
『ヒヒヒ……気づくのが遅かったようねェ。もうすでに、アタシの役目と使命は果たしたのよ。
美しいアタシが、なぜ屍病蠅なんて薄汚い存在を使役していたと思うの?』
妖術師の目的は、あくまでペトラ大地震を引き起こした強大な魔神の力を得ること。
わたし達と死闘を繰り広げた力すら、そのほんの一部に過ぎなかった。だからこそ勝利する事はできたが……すでにムーシュは、魔力の大半を屍病蠅を使って外に運び出してしまっていたのだろう。白仮面に捧げるために。
『せいぜい、かりそめの勝利に酔うといいわ。アタシの死は無駄にはならない。
強大な力を得た白仮面を……もう止める手立てなんて――無い』
妖術師の声が途絶えると、動いていた屍も魔力を絶たれ、その場に倒れ伏した。
辺りを静寂が支配する。戦いに勝ち、皆生き残りはしたが、奴の目論見を止める事はできなかったのだ。




