14 怪力女傑、大地の魔神と戦う・後編
岩でできた巨大な腕が、わたしに向かって振り下ろされた。
「フィーザ……!? そんなッ……」アンジェリカが悲痛な叫びを上げた。
「いや、普段からマルフィサの怪力を見慣れてるから、感覚がマヒしてきてるけど……
あんな馬鹿でかい質量の岩に殴られたら、どんなに力があったって無事じゃ済まないぞ!」
ハール皇子も思わず駆け寄ろうとする。しかし……
土煙が晴れた。そこにあったのは、巨腕の一撃を紙一重でかわし、やり過ごしたわたしだった。
「なッ……なんでアレを食らって無事なのよッ!?」星魔女のムーシュが驚愕の声を上げる。
まったく無事という訳でもない。いくらわたしでも、大地震を引き起こしたパワーと同程度の質量を持った岩を、真正面から受け止めるなど自殺行為だ。
振り下ろされる寸前、わたしは横に跳んだ。あとは迫ってくる腕のパワーを利用し、受け止めるフリをして自分が飛び退る距離を稼ぐのに使わせてもらったのだ。
それでも、巨大な拳が叩きつけられた時の衝撃で飛び散った岩の破片や砂埃が凄まじく、軽傷は負ってしまったが。
(いくら何でも、あんな馬鹿力の塊のような存在と、まともにやり合っては――命がいくつあっても足りないな)
これが大地の魔神とやらの力か。
わたしが世間で「怪力女傑」と揶揄され、畏れられたり賞賛されたりしても――それも所詮、人間の基準から見た尺度に過ぎない。
この世ならざる自然や魔術の界隈には、人間ひとりの腕力など及びもつかない圧倒的な力が存在する。今更それを嘆き、おのれの無力を悔いても仕方がない。
(逃げる訳にはいかないからな。アンジェリカやハールも、守らなければならない)
「いつまでボサッとしてんのよ、ウスノロ魔神! さっさとあの筋肉女を叩き潰しなさいッ!」
ムーシュの命令に応じ、再び岩の腕が地響きを立てて動き始めた。
思っていたよりも動きは鈍い。あの巨大な物質が狭い洞穴内を動き回るのだから、あの程度のスピードでも人間にとっては十分脅威だ。だが――わたしはマルフィサなのだ。
わたしは今度は、避けるのではなく――巨腕にまっすぐ向かっていった。
握り拳の形をした岩が再び迫る。わたしはそれに対し、ダマスクス鋼の手甲を嵌めた左腕で迎え撃った。
破砕音。
わたしの放った拳は、相手の勢いを利用したカウンター気味に決まり、岩でできた腕の小指に当たる部分を砕いた。
「ンなッ……馬鹿な!?」
手甲越しでも凄まじい負荷がかかり、打ち勝ったはずのわたしの全身にも痛みと重圧が走る。
とはいえ、狙い通りの成果はあった。腕全体は無理でも、指一本程度なら相手のパワーを逆に利用すれば、破壊できる!
地の魔神の腕は一瞬ひるんだが、体勢を立て直すとぐわっと手を広げ、掌底のような形でわたしの身体を捕らえた。
「マルフィサ!?」
「よォし、よくやった! 一度掴んでしまえばこっちのものだ! そのまま一気に圧し潰せェ!」
轟音と共に、先刻以上の土煙が舞う。
誰もが、わたしの肉体は生き埋めになったと思った事だろう。
「ぐぐッ……やはり、それなりに重いな……」
わたしはどうにか、両腕で巨腕を押しとどめ、身体全体で踏ん張って巨大な質量を支え、潰されずに済んでいた。
「なん……だと……どれだけ怪力なのよ、アンタさァ!?」
「何、大した事じゃないさ」
どれだけ力持ちの大男だろうと、小指一本でも失えば十分な腕力を発揮できない。
だから侠族の世界では、不始末をしでかした者の小指を切断し、落とし前とする慣習があるくらいだ。
万全の状態から繰り出された拳なら、わたしとて打ち負けていただろう。指一本を奪えた事が、わたしの今の生存に繋がったのだ。
とはいえ、状況が良くなっているとは言えない。
大地の魔神は「右腕」のみが突き出しているに過ぎず、妖術師の儀式が不完全だった事に起因するものだ。
いたずらに時間をかけていては、魔神を操る魔力が供給され、右腕以外の部位も戦いに参加してきかねない。そうなったら形勢はあっさり逆転してしまうだろう。
(悠長にやっている時間はない。魔神を操っている術者を叩く)
妖術師は声だけを響かせ、隠れ潜んでいるようだが……わたしは魔神の腕と渡り合っていると見せかけ、少しずつ戦いの場を移動させていた。
そして――とうとう「奴」を、自分の間合いに掴む。
「そこだッ!」
わたしは踵を返し、魔神とは反対側にある岩陰に向かった。そこに手を伸ばすと――派手な緑色の衣装を着た、妖術師の驚いた顔があった。
「ぎッ……なぜここが分かった!?」
「腕だけしかない魔神のくせに、わたしへの攻撃が正確すぎた。
わたしの居場所を把握し、ここぞという時のみ攻撃箇所への指示を飛ばす――それができて身を隠せる場所は、ここしかない」
ムーシュの姿は再びぼやけ、衣服だけを残して消えようとする。地上で戦った時と同じだ。
生憎だが同じ手は二度、通じない。
わたしは手を伸ばし、ムーシュの残した派手な衣装を掴み取った。
「逃げおおせたつもりだろうが、もうわたしの目は誤魔化せんぞ。
このまますっとぼける気なら、炎の魔神の力でこの服を焼き尽くす」
「!?」
衣服を通して――「魂の炎」が見える。まさに盲点だった。あらかじめ見当がついていなければ、そもそも服などにこの力を試そうとすら思わない。
星魔女ムーシュの本体は、肉体ではなくこの緑色の衣服だったのである。




