表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/90

13 怪力女傑、大地の魔神と戦う・前編

 致命傷を受けたはずのハキム――若き日の白仮面(ムカンナア)は、無意識の内に屍病蠅(ナァス)を生み出した。

 蠅の力によって、彼を傷つけた男たちから生気を根こそぎ奪い、彼の重傷は見る間に治っていく。


「なんだ……これは……動ける。動けるぞ……痛みも消えた……!

 そ、そうだ。アブドゥルさん! アブドゥルさんは……!」


 ハキムは我に返り、倒れている黒衣の老人に駆け寄ったが……たちまち絶望の表情を浮かべる。


「……駄目だ、息をしていない。クソッ、どうしてこんな事に……

 アブドゥルさんは地震を食い止めるために、命を懸けたのに……なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだ?

 そして僕のこの力は……何なんだ、畜生! 僕の傷は治せても、アブドゥルさんの傷は癒せないのか……こんなもの、役に立たないッ……!」


 屍病蠅(ナァス)の力は疫病の力。他者の生気を奪う事はできても、その逆に与える事はできないのだろう。


「おのれ……おのれ……どいつもこいつも……話も通じない愚か者ばかり……

 なぜあんな奴らのために、アブドゥルさんが死ぬ必要が……守る価値もないクズどもじゃないか……

 許せぬ……許せぬ……奴らこそが死ぬべきだ……そうだ、死ぬべきは奴らなんだ……」


 悲しみに暮れたハキムは、やがてゆらりと立ち上がり……虚ろな目をしたまま、洞窟の暗闇へと消えていった。


「……これがアブドゥル殿の死と、ペトラ大地震の真相……なのか」


 若き日の白仮面(ムカンナア)の姿が見えなくなる、と同時に――周囲の景色がぼやけていく。


「…………!?」

幻視(ビジョン)が消える。もうすぐ、現実の世界へ戻るわ」


 ハール皇子とアンジェリカも、状況を把握したらしい。そして、過去のペトラの街並みは消えた。


***


 気がつくと、わたし達は元の修道院(エド・ディル)に戻っていた。

 太陽の傾きから考えて、幻視(ビジョン)を見る前とは、瞬きほどの時間しか経過していない。

 先ほどまでと違うのは、黒衣の老人アブドゥル・アルハザードの姿も消え失せていた事だ。

 アンジェリカは先ほどより、深刻な表情を浮かべていた。


「三十五年前の地震を引き起こしたのは、ペトラの地下に潜んでいた、大地の魔神(イフリート)……

 アブドゥルおじーちゃんは、そいつを食い止めようとしたけど、完全には上手く行かなかった。

 あのケバい妖術師の狙いはきっとその魔神(イフリート)だわ。荒ぶる大地のエネルギーは途方もなく強大な力を生み出す。

 そんなものを地上に解き放たれてしまったら……!」


 魔法少女が危惧する通りだろう。これで奴を野放しにする訳にはいかなくなった。


「ならば進むしかないな。幸い奴の向かう先は、さっき見た過去の幻視(ビジョン)で把握できた。

 アブドゥル老人はそれをわたし達に伝えたかったのだろう。急いで食い止めなければ」


 わたしの言葉に、ハール皇子とアンジェリカは強く(うなず)く。

 修道院(エド・ディル)の遺跡を抜け、わたし達は魔神の封印されし洞窟へと向かうのだった。


***


 洞窟に入り、幻視(ビジョン)の記憶を頼りに進む。もちろん途中の地形はある程度変化しており、時には地下に流れる川を渡らねばならない事もあった。


 やがてわたし達は、ドーム状の巨大な空洞に出た。

 そこでは至る所で、動く屍たちが魔法陣の修復作業に当たっており、陣の中心部には、派手な緑色の衣服を纏った例の妖術師がいた。


「あらあらあらあら。思ってた以上にここに来るのが速かったわねェ~驚いた!

 予定ではもう何日か、手こずってもらうつもりだったのに。

 それにそこの星魔女(パリカー)のお嬢ちゃん、もう一度だけ聞くわ。アタシ達の側へ来る気はない?」


「しつっこいわね! あたしの正体が何者であれ――あたしの親友はフィーザであり、皇子(ラシド)

 あたしはあたしの力を貸したい人のために力を振るう。それだけよ。星魔女(パリカー)がどうとか、関係ない!」


 アンジェリカの力強い拒絶を聞き、妖術師は表情を微かに歪め、舌打ちする。


「生憎だったな。わたし達には、この地を守ろうとした者の意志の加護がある」わたしは言った。

「お前がこの地で何をやろうとしているのかも知っているぞ。ペトラ大地震を引き起こした大地の魔神(イフリート)の力。

 断じてお前のような者に解き放たせる訳にはいかない!」


 わたしが声高に宣言すると、妖術師はさらに驚いたらしく、大きく目を(みは)った。


「……最初に会った時はあんた達、そんな所まで気づいてなかったわよね? 誰の入れ知恵?」

「答える必要はないな」

「あァらつれない。ま、いいわ。確かに予定外の展開ではあるけれど……だからといって問題があるワケでもない。

 あんた達を全員、葬り去るだけなら――今得た力だけでも十分よ。感謝する事ねェ。

 偉大なる星魔女(パリカー)であるこのアタシ、ムーシュ様に直々に殺してもらえるんだからッ!」


 ムーシュと名乗った星魔女(パリカー)が叫ぶと、動く屍たちは作業を止め、緩慢ながら一斉にこちらに向かってきた。


「ハール、アンジェ。こいつらは任せたぞ。わたしは――あの妖術師をやる」

「オッケー、分かった! 頼んだわよ、フィーザ!」


 わたしは即座に前に飛び出した。当然、わたしの前にも数体の屍が立ち塞がるが――この程度の相手、炎の魔神(イフリート)の力を用いずとも、己の腕力だけで退けられる。


「邪魔だッ!」


 突き進む勢いのまま、体当たり(タックル)の要領で数体の屍が哀れにも吹っ飛んだ。

 ムーシュの羽織る緑色の衣が間近に見える。わたしは半月刀(シャムシール)を抜き、一閃した。


 だが空振り。やはり地上で戦った時と同様、見せかけの姿だったらしい。


「あははははッ! 学習能力がないのかしらァ~筋肉のお嬢ちゃん!

 アンタの相手はこいつがしてあげるわッ!!」


 突如、地鳴りがしたかと思うと――地面から、わたしの身体の二倍はあろうかという太さを持った、巨大な土くれの「腕」が飛び出してきた!


「うぐッ!?」


 凄まじい衝撃と土煙が巻き起こり、巨岩の如き鉄拳がわたしに向かって振り下ろされた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ