12 怪力女傑、ペトラ大地震の真相を知る・後編
凄まじい地震が起こった。
洞窟が揺れ、あちこちの岩場が崩れる。瓦礫が幾つか飛んできたが、わたしはアンジェリカ達を守るべく、庇うような形で背中で受け止めた。
(……いくら現実に近い幻視とはいえ、ここまで質感があるとは)
「フィーザ! 大丈夫!?」
「……心配いらない。確かに衝撃はあったが、やはり幻視だな。怪我はない」
ドーム状の広い場所だった事も幸いし、大した傷は負わなかったが……立ち位置が悪ければ、幻覚といえど本物の被害が出ていたかもしれない。
ハール皇子の無事も確認すると――わたしは、魔法陣の中心で倒れている老人アブドゥルと、彼に駆け寄る青年を見た。
「アブドゥルさん! しっかりして下さい」
「……すまんかったな、ハキム。お主の描いた魔法陣は素晴らしい出来じゃった。
ただ、わしの予測が甘かったようじゃ。地の底に封じられし魔神……想像を絶する力を蓄えておった。
わしも、老いてしまったかのう……」
「何を言うんです! あの魔法陣を活かし、あなたが術式を完成させたからこそ、地震をここまで小規模に食い止める事ができた!
あなたが対策を講じなければ、今頃ペトラはもうとっくに……!」
話が大体、飲み込めてきた。
ペトラを中心に大規模な地震が起こる事を、アブドゥル老人は予知しており、それを食い止めようとしたのだ。
結果的に地震そのものは起きてしまったが、彼らが動かなければ、もっと甚大な被害が出て、ペトラは住人ごと飲み込まれていたのかもしれない。
「待っていて下さい、すぐに助けを呼んできます!」
ハキムはそう言って、洞窟を出ようとした。ところが……
剣呑な様子の古代ナヴァト人の男たちが数人現れ、取り囲まれてしまった。
「なんだここは……なんだこの怪しげな模様は……!?」
「訳が分からねえ。恐ろしい……ひょっとしてさっきの地震は……!」
男たちも地震の被害に遭ったのか、あちこちを怪我している。そしてドームに刻まれた複雑な色の魔法陣を目の当たりにし、怯えの色を見せていた。
「頼む、あんた達。アブドゥルさんが傷を負って倒れているんだ! どうか助けてくれッ」
「……たった今起こった地震。アレで街はとんでもない事になった。貴様は洞窟で何をしていた?
怪しげな魔術師と共に中に入ったという証言もある。貴様が地震を起こした張本人なのではないか?」
「ち、違う! 誤解だ。アブドゥルさんは地震を食い止めようとして――」
「貴様、なんだその指は……汚らわしい! 触るなッ」
ハキムは必死で訴えたが、地震で家屋が倒壊し、少なくない犠牲者が出たペトラの人々は苛立っており、まるで取り合わなかった。
確かに状況だけ見れば、魔術の素養のない者からすれば――ハキムやアブドゥルが今回の天災を引き起こした原因だと、疑われても仕方のない状況かもしれない。
「待て、待ってくれ! やめてくれッ」
青年は白いローブを引き剥がされ、黒ずんだ手足が露わになった。ますます気味悪がった男たちは、容赦なく青年を蹴り、踏みつける。
幸い、倒れているアブドゥル老人にまで危害を加えようとする者はいなかったが、さりとて彼らを助けようとする者もいなかった。
「いい加減にしろ! 彼らは悪くないッ!」
わたしは思わず叫んで、彼らの間に割って入った。
男たちは突如現れたわたしの姿を見て、毒気を抜かれたようで……捨て台詞を残し、その場を立ち去った。
「――勇ましいお嬢ちゃん。心意気は大変ありがたいが、ここで起こった事は、あくまで過去の幻視じゃ」
わたしの耳元に、アブドゥル老人の声『だけ』が囁いてくる。
「わしらを助けたところで、未来が変わる訳ではない。わしはここで死に、ハキムは白仮面となる。その運命は覆らぬ」
「……分かっている、無意味だという事くらい。
しかしだからといって、あのままぼーっと見ている事など、わたしにはできなかった」
そう言って、わたしは倒れているハキムに駆け寄ろうとし――奇妙な事に気づいた。
(!……なんだこれは。肋骨が数本折れている。よっぽど酷く蹴られたのか。
まずいな、これでは……致命傷だ。このままでは助からない……)
なんと――将来、白仮面となるはずの男はすでにこの時、息を引き取りかけていた。
しかしだとすると、何故やつは生き延びているのか……その答えはすぐに分かった。
本来の彼から発する臭いとは別種の、腐敗臭……いわゆる「死」の臭いが濃くなった。
そして彼の中から、黒っぽい虫の群れが飛び出していく。
「これはッ…………屍病蠅!?」
ハキムの身体から無数の屍病蠅が放たれ――彼に危害を加えた男たちの下へ向かっていった。程なくして、悲痛な絶叫が響き渡る。
やがて……致命傷を負っていたはずの青年は、血を流したままゆっくりと起き上がった。その足取りからはもはや、負傷の影響は全く見られない。
「……何が、起きた……? ……痛みが……ない……」
彼は無意識のうちに屍病蠅によって、男たちから生気を奪い、本来死に至ったはずの重傷を治癒したのだ。
元は染物職人に過ぎなかった、オドオドした青年だったはずのハキム。それがまさに、邪悪なる魔術師に変貌した瞬間だった。




