5 怪力女傑、ポロ競技に参加する
打毬。アルバス帝国では最もメジャーな騎馬スポーツだ。起源はこの国の多数派を占める民族・パルサ人が行っていた競技で、千年以上昔からあったとされる。
互いに同人数のチームを組み、馬に乗り、打毬杖を使ってボールを打ち運び、互いのゴールに入れて得点を競うというもの。
騎馬能力、馬上で得物を振るう力――騎士として総合力が問われる真剣勝負であり、実戦訓練にも向いている人気競技なのである。
「いやあ、マルフィサが出場を引き受けてくれてよかった!」と能天気に笑うハール。
彼が言うには、本日参加予定の騎士が、先日不慮の事故で大怪我してしまったそうだ。その欠員を穴埋めしようにも、昨日の今日では腕の立つ騎士など、そうそう代わりを用意できるものではない。ポロは実戦的スポーツなだけあり、生半可な実力では最悪、死者が出る事も十二分にあるものだった。
アルバス帝国のルールでは一チーム四人ずつで戦う。アグラマンは対戦相手のチームリーダーである。
わたしも腕に覚えがない訳ではない。だがポロ競技は複数人で行うチームワークが重要となる。即席で加わったわたしが、残る三人と息を合わせられなければ、個々の技量がいくら高かろうが、あっさり敗北してしまうだろう。
わたしと突如、組ませられた三人の騎士たち。いずれも屈強であり、アグラマン相手といえど、そうそう引けを取らないであろう猛者だ。
だが流石に、今回の一件が不本意なのだろう、歓迎されていない雰囲気は隠しきれるものではない。わたしは厩舎に入るなり、三人から露骨に睨みつけられた。
「わたしはマルフィサ。東陽ではそれなりに名の通った戦士だ。あなた達の名も聞いておきたい」
「エルドゥ」「パオロっす」「カシューだ」
彼ら三人はぶっきらぼうに名乗る。馬術の腕前を見せて欲しいと頼むと、三人ともわずかな時間、騎乗してみせてくれた。
「……なるほど、ありがとう。昨日事故に遭った彼とは、どんな戦術でアグラマン側のチームと戦う予定だったんだ?」
「あ? まァあいつは、俺ら四人の中じゃ一番すっトロかったからな! 出しゃばらずに俺らのサポートに回れって言うつもりだったよ」
そう言って彼らは、露骨にわたしを見下した笑い声を上げる。本当のところ、どうなのかは分からない。だが彼らの言いたい事は分かる。「新参者はすっこんでろ」だ。仮にわたしが向こうの立場だったとしても、同じように思っただろう。
だからこそ、彼らに「合わせる」必要がある。ポロ競技でスタンドプレーなどしても全く益がないからだ。
「ならばわたしも、あなた達の作戦に従おう。
エルドゥ。あなたが馬を最も速く扱えるようだな。パオロは打毬杖の振りが細やかだ。そしてカシュー。あなたは馬の距離感を掴むのに長けた目を持っている――」
一度見ただけだが、それでも馬の乗りこなし方を見れば、彼らの長所や自信を持っている美点は何となく分かる。それでも彼らは驚いたようで、わたしへの視線や態度がやや軟化した。
決定的だったのが、わたしの愛馬アルファナを披露した時だ。
「なんと大きく、見事な馬だ……マルフィサ殿はこんな美しい馬を乗りこなせるのか!」
「ああ。こう見えてアルファナは粗食に耐えるし、忍耐強い。よく働いてくれる相棒だ」
彼らスクル教徒は、馬を大切にする者が多い。教祖スクルージの言葉をまとめた経典にもしばしば、馬を礼賛するくだりが存在するほどだ。
わたしが愛馬と仲睦まじい様子を知ると、エルドゥら三人の騎士は、気さくに打ち解けてくれるようになった。これでチームの結束は、上々だろう。
***
正午を迎え、スクル教徒の美しき聖歌が宮殿内に高らかに響き渡る。それが終わったのを合図に、ポロ競技が始まった。
ポロは270×150メートルもの広大な競技場内で行う。戦うのは、わたしが欠員の穴埋めとなったチームと、アグラマンの率いるチームだ。
中止予定だったのが急遽開催という、慌ただしい状況だったにも関わらず、集まった観客の数は多い。ポロ観戦は庶民の娯楽でもあるのだ。
相手方の攻撃の要は、やはり歴戦のアグラマンである。わたしのチームも決して悪くはない実力者なのだが――心のどこかで、彼には決して勝てないと認めてしまっているのだろうか。どうしても半歩前に踏み出せない。試合のスコアは相手方の優勢で進んでいく。
まあ、わたしとて試合に勝つ事そのものが目的ではない。要はわたしの実力を、ハール皇子に認めてもらいさえすればいいのだ。
アグラマンが流れるような打毬杖さばきでゴールを決めた直後――このタイミングで、わたしは速攻を仕掛ける事にした。
ポロは一回ゴール決めるたびに、攻守が入れ替わる。先刻まで守るべきだったゴールポストは、こちらが攻めるべき標的に変わるのである。
新たなボールが運び込まれるも、今やわたしのチームメイトの誰もが委縮してしまった状態。彼らには申し訳ないが、ここでせめて流れを変えておきたい。
わたしは愛馬アルファナを走らせ、ボールを打毬杖に捕らえた。すぐ傍にはアグラマンの馬。ギリギリまで近づき、彼の馬に思い切り横から体当たりをかました。
「おいッ! あのマルフィサとかいう女の馬、進路妨害じゃないのか!?」
「いや、審判は動いていない……やるなァ彼女。ギリギリ反則を取られない並走コースを選んでやがる。
あんなデカい馬に乗ってるクセに、意外と細やかな制御してるじゃあないの」
ポロ競技では、衝突事故を起こすような進路妨害はご法度だが、並走状態であれば問題ない。馬の肩をぶつけてもいいし、相手の打毬杖を引っかけるのも反則にはならないのである。
しかし敵もさるもの。アグラマンはすぐに体勢を立て直し……何事もなかったかのように、馬を並べて走らせてきた。
「流石はアグラマン隊長。あの女の馬にあっという間に追いついたぞ!」
両チームの他選手たちも追随してくる。だがこの状況はすでに、わたしとアグラマンの一騎打ちの様相だ。
しかもアグラマンはただ追いすがってきたのではない。ボールの跳ねる方向を読んでいたのか、彼の右側にボールがくるポジションをキープしている。
わたしの位置からボールは左側――この状況ではわたしに不利だ。何故なら打毬杖は、必ず右手で持たねばならないのがルールだからだ。
「フフフ、功を焦ったのかしらァマルフィサちゃん! せっかくの速攻も、ポジション取りが甘ければ活かせないわよォ!」
アグラマンはニヤリと笑い、ボールをかっさらおうと打毬杖を振り上げる。
「――いや、これでいい。ただのゴールショットでは、わたしの力を侮られかねないからな」
わたしは次の瞬間、身体を大きくひねり、愛馬の頭越しに打毬杖を内側へ向け、後方へボールを打った。捕えるべき標的を失ったアグラマンは目を瞠り、硬直してしまう。
わたしがボールを打った先には、チームメイトのパオロが駆けつけてくれていた。彼は眼前に転がり込んできたボールを、大きく打ち上げる!
「素晴らしいパスだ、パオロ!」
パオロが打ち上げた先は、わたしにとって絶好のポジション。わたしは即座に馬上の姿勢を正すと、型通りのショットを放ちゴールを決めた。
一瞬の沈黙の後、歓声が上がる。
「あらあらあら、しくじっちゃったわァ。やるわねェ、マルフィサちゃん。てっきり一騎打ちだと思い込んじゃった」
「あなたに単独で真っ向勝負を挑むほど、自惚れてはいないさ。ポロ競技はチームワークなのだから、な」
アグラマンは肩をすくめた。彼の目的とて、わたしの実力をハール皇子に認めさせる事。だからある程度、手心を加えてくれたのだ――と陰口を叩く者もいるだろう。
だが彼は、口調のお道化ぶりからは想像できないかもしれないが――こと戦いに関しては、わざわざ手加減などするような男ではない。今の競り合いも、一歩間違えれば出し抜かれていたのはわたしの方だったろう。
***
ポロ競技が終わった。四試合ぶん戦い、わたし達も大分追い上げはしたが……トータル得点で見れば結局、僅差でアグラマン側のチームが勝利となった。
とはいえ雰囲気は良好そのもので、みな互いの健闘を讃え合っている。わたしも愛馬アルファナの首を軽く叩き、労をねぎらった。こうすると彼女はとても喜ぶ。
ハール皇子もわたしの騎士としての腕前に、多少なりとも興味を持ってくれたようだ。わたしを見つめる目の輝きが、試合前とはまるで違う。
「なるほどね。アグラマンが推す理由もよーく分かった。
いいよマルフィサ。今夜の僕の護衛として、供する事を許可する!」
周囲の重臣から再びどよめきの声が上がる。今日来たばかりの女戦士をいきなり護衛にしようというのだ。突拍子もない宣言なのはわたしにだって分かる。
年若き皇子の酔狂な言動に、重臣の半数が「またか」と半ば諦めたような呆れ顔になっていたのだが、当の本人は気にもしていない様子であった。
ポロ競技は日本ではマイナーですが、実は日本にも平安時代に伝わってきていて、現代でも青森県で年に一度、催されていたりします。
また我々が今日着るポロシャツの「ポロ」も、このポロ競技が語源だったりしますね。