6 怪力女傑、妖術師と戦う・後編
妖術師の言葉に、アンジェリカは顔を真っ赤にして叫んだ。
「な……何言ってんのよあんた! あんたとあたしが同じですって!?
馬鹿も休み休み言って欲しいわね! あたしにあんたみたいな悪趣味な服装の知り合いなんていない――」
「……あらあら、本当にお気の毒なガキねェ。自分が何者なのか、その自覚すらないなんて」
深々と溜め息をつく妖術師。
「アンタ――星魔女なのよ。アタシと同じ」
「…………星魔女?」
わたしにとっては聞き覚えのない名称だったが――アンジェリカには心当たりがあったようだ。
魔法少女は怯えきった表情を浮かべ、小刻みに震えている。
「……そんな……嘘よ! 何を口からデマカセを――」
「あァそうか。記憶がないのねェアンタ。道理で平気な顔して、人間どもの味方なんかができると思ったら……
それによくよく見たら、指輪に珍しい幽精を飼ってるみたいじゃない? 大体、事情が飲み込めてきたわァ」
正直、彼女が何故そこまでショックを受けているのか分からないが……少しまずい状況かもしれない。
アンジェリカが動揺した影響なのか、彼女の張った結界の力が弱まりつつある。そして――宝物殿周辺の岩陰から、ゾロゾロと何者かが姿を現した。
「! こいつらは……」
わたしとハールは、アンジェリカを庇う形で武器を抜き、身構えた。
一見、先刻退治した盗賊団の仲間だ。数は多いが、実力は大した事はないはず。しかし、雰囲気はまるで異なる。
彼らからは人間らしい生気が感じられず、鼻をつくような不快な異臭が漂ってくる。彼らの薄汚れた衣服や皮膚は――ただ不潔なだけではなかった。明らかに生者のものとはかけ離れていたのだ。
「……貴様。こいつらにも屍病蠅を取り憑かせているのか?
死者を冒涜する輩だとは思っていたが……本当に反吐が出る」
わたしの不快感を露わにした言葉に、妖術師はけたたましく笑い出し、こちらを嘲ってきた。
「なァにいい子ちゃんぶってるのよ。アンタたちだって、このケチな盗賊どもに襲われたら容赦なく斬り殺していたクセに!
それにアタシはアンタたちと違って……彼らの事は好きよ? ウソじゃないわ。
だってこいつら、クズだから死ぬまでこき使えるし。死んだらこうして屍病蠅の苗床にして、操り人形にもできる。
そしたらこいつら最高よ! 一切文句も言わずにアタシの命令に従ってくれるんですもの! こんな素晴らしい道具、嫌いになるワケないじゃあない!」
「……今まで外道な奴は何人か見てきたが。お前みたいに完全に理性外れちゃってる奴は珍しいよ。
できれば二度と、お近づきになりたくないね」
ハールも呆れ気味にぼやく。だが現状は軽口を叩いていられるほど楽観的なものではない。
何よりアンジェリカだ。星魔女とやらが何者なのかは知らないが、彼女がそこまで衝撃を受ける話なのだろうか?
(考えている暇はないな。しかし屍病蠅に操られている盗賊団が、すでに死んでしまっている事だけは、わたしにとってはありがたい話かもしれない)
皮肉なものだが……今この場にわたし達以外、生きている人間がいないからこそ――思い切った手が打てるというものだ。
「ハール。アンジェを守ってやってくれ」
「!…………分かった」
わたしが何をやろうとしているのか察したのだろう。ハールは冷や汗をかきつつも、アンジェリカを庇うようにわたしの傍から離れた。
緩慢だが、一斉にわたしの方へ向かってくる盗賊団の成れの果て。
「お前たちの中に、一神教の元信徒がいるのなら、気の毒な話だが……どうか許して欲しい」
勝手な解釈だが、病魔を運ぶ蠅に屍をいいようにされている現状よりは、マシだろう。
わたしは体内に宿る炎の魔神の力を呼び覚まし――右拳を大きく振りかぶった。
「おおおおおおおおッッ!!!!」
覆いかぶさるように襲い来る屍たちに、わたしは一撃を放った。
拳撃から放たれた炎は、瞬く間に放射状に広がっていき……屍病蠅に操られた盗賊団たちを一気に包み込む!
ゴウッ―――
彼らは一人の例外なく、紅蓮の炎をその身に纏い……それ以上、半歩たりとも進む事は叶わず、その場に突っ伏して動かなくなる。
全ての屍が動かなくなったのを確認してから、わたしは炎の力を解除した。あくまで屍病蠅を殺せればそれでいいのだ。無闇に彼らの遺体を損壊させる必要はない。
「……馬鹿な……話には聞いていたけど、あれだけの人数相手に炎を振り撒けるだなんて……どれだけデタラメな女なのよッ」
さしもの傲慢な妖術師も、驚愕の色を隠せなかったようだが……放心している暇はない。
わたしは炎の膜を目くらましに利用して、すでに駆け出していた。
「!?」
「今度は貴様が、報いを受ける番だ――くらえッ!」
至近距離まで迫っていたわたしの動きに、奴は全く対応できていない。わたしは勢いのまま、一思いに奴の顔面に鉄拳を見舞った。




