1 怪力女傑、黒衣の老人の正体を看破する★
わたしたち三人は、一路南に馬を進めていた。
「おや、旅のお方かな? 聖地イェルザレムへの巡礼キャラバンの御到着は、もう少し先だと聞いておりましたが」
「いえ、まあ……ちょっと事情がありまして」
「ダマスクスからよく参られました。ここまで来れば、聖地イェルザレムまであとわずかです。
あなたのような熱心なスクル教徒の方をご案内できて、誇りに思いますよ」
「えっと、その……はい。こちらこそ光栄です。あなたに神の恩寵のあらん事を」
わたしはマルフィサ。放浪の女戦士だ。行く先々の人々は勘違いしているが、別にわたしはスクル教に帰依している訳ではない。
ついでに言えば、わたし達の目的地も聖地イェルザレムではない。まあルートの都合上、通過点にはなるのだが。
「何を渋い顔しちゃってんのよ、フィーザ!」
明るい声を上げたのは、隣にいたフードを目深に被った少女――神秘的な魔術の使い手でもあるアンジェリカだ。
「みんな勝手に勘違いしてくれて、むしろ好都合じゃない。
あたし達のスクル教徒変装も上手く行ってる事の証なんだし!」
わたしたちが申し訳程度に変装(といっても、ターバンを目深に被ったり、顔を隠したりしているだけだが)しているのには理由がある。
わたしたちは帝都マディーンで濡れ衣を着せられ、一応追われている身なのだ。
「別に僕らの変装が上手いから、とかじゃないよ」
口を挟んできたのは、ターバンを被った青年――ハール皇子。濡れ衣を着せられた本人である。
彼の無実を晴らすため、帝都を支配する邪悪な魔術師である白仮面を倒すため、わたし達は旅を続けている。
「この時期にダマスクスから南へ向かう旅行者なんて、キャラバンじゃなけりゃみんな聖地巡礼さ。
スクル教徒でなくても、誰だってそう思うよ。本来の目的地と、ルートも被ってるからね」
本来の目的地。仮にその事を正直に話したとして――逆に信じる者はほとんどいないだろう。
わたしたちが向かおうとしているのは、イェルザレムからさらに南にある地――名をペトラという。
かつては交易で栄えた「崖都」。だが四百年前と三十五年前の、二度にわたる大地震がきっかけで打ち捨てられ、今や住む者もいない古代の遺跡と化しているのだから。
***
時は一週間ほど前にさかのぼる。
古都ダマスクスの事件を平定し、わたし達はこの歴史ある街を、ハール皇子を支援する拠点とする事ができた。
当面は事を荒立てず、じっくり力を蓄え、味方を増やしていく方針だ。ハール皇子の後見人でもある、名門バルマク家のヤフヤー殿がいる限り、統治の心配はないだろう。
「お主たちの行き先は――ペトラ、じゃったかな?」
わたしたちがダマスクスを発つ直前、そんな事を尋ねてきたのは、謎の黒衣の老人アブドゥルだった。
「なぜわたしたちの向かう先をご存知なのですか? ご老人」
少なくともわたしの口からは、ペトラ遺跡の名前すら出していない。アンジェリカから聞き出したのかとも思ったが、彼女の方に顔を向けても、ぶんぶんと首を横に振るだけだった。
「ひょひょ。わしはこう見えても偉大なる魔法使いだったのじゃ。
お主らが考えておる事くらい、読み取れなくてどうする?」
「なるほど。それも道理ですね――ではわたしからもひとつ。あなたの素性を言い当ててみましょうか」
「え。フィーザが……? そんな事できるの!?」心底驚いた様子のアンジェリカ。「いっつも力で事件を解決する脳筋だと思ってたのに!」
「きみ、存外失礼だな。そう心の中で思う分にはいっこうに構わんが、軽はずみに口にするものじゃない」
気安い魔法少女に、わたしは軽く小突く真似をした。実際にやったら、手加減したにも関わらず結構痛がったからだが。
「アブドゥル殿。出会った時、あなたほど不思議な存在はいないと思っていた。
何故なら、わたしの持つ魔神の力をもってしても、心に宿る『炎の色』が見えなかったからだ」
わたしは帝都マディーンで死闘を繰り広げた末、討ち果たした魔神を、その身に宿している。
魔神といっても、実はその力は千差万別だ。わたしが戦ったのはたまたま炎を司る魔神だったが、聞くところによれば風を操る者、洪水を操る者――果てはわたしの想像もつかない概念を司っている魔神もいるらしい。
炎の魔神であるから、当然炎の力を持つ訳だが――それは破壊だけではない。本来なら見えざる人間の心を炎に見立てて、知る事もできるのだ。
人間だけではない。魔法少女のアンジェリカや、人ならざる幽精、人に化ける喰屍獣のような魔物の心も分かる。
にも関わらず――このアブドゥルなる老人の心は、今もってなお全く見る事ができない。何故か?
それを考えた末……わたしは、あるひとつの結論にたどり着いた。
「アブドゥル殿の心の炎が見えないのは――あなたがすでに、この世の人間ではないからだ。
あなたの肉体はとうに滅び、存在していないのではないか?」




