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4 怪力女傑、旧友の騎士と再会する★

 さて、少しばかり厄介な事態だ。この獣はいつぞやの喰屍獣(グール)のように、言葉が通じそうにない。

 いくらわたしでも、浴場から出たばかりではロクに武装を整えていない。愛用の鎧をいちいち着る暇など、敵は与えてはくれないだろう。


(なら――このまま戦うまでだ)


 身構えると同時に、闇に潜む獣が飛びかかってきた。巨大なムササビのような体躯(たいく)だが、顔はコウモリのように醜く、鋭い牙が生えている。

 わたしは奴の動きから一瞬たりとも目を逸らさず、気合と共に鉄拳を怪物の顔面に叩き込んだ!


「ギャヒッ」


 突っ込んできた勢いの力も合わさり、絶妙なカウンターとなった。哀れな獣は膿のような体液を流し、折れた牙を撒き散らしながら吹っ飛んでいく。


(思ったより速くない。ここに来るまでにもう、手負いだったか)


 並みの獣であれば、かなわないと悟った時点で逃げ去っていくハズ……ところが、そいつは転がりながらもなお起き上がり、まだこちらに殺意を向けてくる。


「……まだ、やる気か?」


 わたしは油断せず構え続ける。その時だった。

 闇の中から突如、刃の輝きが閃き――翼の生えた獣の胴体を貫いたのだ。手負いの獣は断末魔の悲鳴を上げ、動かなくなった。


「あ~らあら。さぞかしか弱い(・・・)婦女子が襲われているだろう、なーんて思っちゃったんだけど。

 マルちゃん、アナタだったとはねェ……三年ぶりかしら」


 飄々(ひょうひょう)とした言葉遣いと仕草で、姿を現したのは……頭にターバンを巻いた細身の青年。

 わたしはこの男を知っている。何しろ、わたしが帝都マディーンまで出向いたのは、彼に頼まれたからだ。


「久しぶりだな、我が友アグラマン。その様子だと……この狂暴な獣についても、よく知っているようだが。説明してくれないか?」


 彼の名はアグラマン。三年前、西方の異教徒との戦争が起こった時、共に戦った上司であり、敵であり、戦友だ。

 ……この辺りは少々話がややこしい。一口で説明できない経緯と浅からぬ因縁が、わたしとこの男との間にはある。あるが……今は「旧友」で通っている。そう理解してくれればいい。


「説明、ね。手紙の中にもちょっと書いたし、今のを見ても、察しがつくと思うけれど……我が麗しの帝都には、夜な夜な得体の知れない化け物がウロついてんのよォ。

 あっちこっちに出没するから、アタシたちだけじゃちょっと、手が足りなくってねェ」


 三年前と変わらず、女性的で独特な訛り(イントネーション)の口調。それでいてこの男は、わたしより遥かに優れた武芸の持ち主だ。

 それは先ほど「翼持つ獣」の心臓を、一撃で貫いた事からも分かるだろう。敵であれば恐ろしいが、味方ならこれほど頼もしい人物もいない。彼はマムルークと呼ばれる、あらゆる武器の扱いと馬術に長けた中東(アラク)騎士の隊長なのだ。


 と、アグラマンが仕留めた獣が、見る間に黒ずんでボロボロになり……風に舞って闇の中へと消えた。


「ね? 今見た通りよ。あの化け物ども、仕留めると真っ黒なチリになって影も形もなくなっちゃうのよね。

 お陰で証拠が掴めなくってさァ。西方で怪物退治を何度もやった事のあるマルちゃんだったら、ああいう手合いに慣れてるだろうし、何か知ってるんじゃないかなぁって」


 なるほど。それでわたしを呼びつけたのか。合点がいった。

 アグラマンの同僚たち――中東騎士は勇猛果敢だが、異形なる怪物との戦闘経験がある者は少ない。何事も「慣れ」が肝心だ。 


「期待してくれるのは嬉しいし、確かにわたしは怪物の類と戦ったことは何度かあるが……

 あいにくわたしも、倒せば形が崩れるような魔物を見るのは初めてだな」


 アレは恐らく、喰屍獣(グール)でも幽精(ジン)でもない。何かもっと、忌まわしくも不浄な――魔術的な何か。


「魔術……そう言えば、魔術を使うという異国の少女を見かけたが……」

「あら、アナタあの娘と会ったの? いつ? どこで?」


 アンジェリカの話を口にした途端、アグラマンは思いのほか食いついてきた。

 そう言えば彼女、衛兵の前で魔術を披露したせいで追われているとか言っていたか。流石に、ついさっきまで一緒に公衆浴場(ハマム)にいた、という話は伏せておこう。


「今日の昼間、市場(スーク)でな。しかしあの娘、こんな化け物事件と関わっている風には見えなかったが」

「うーん、でもねえ。これまで魔物が出没した何箇所かで、彼女の目撃情報があるのよね。

 だから何らかの手掛かりになるんじゃないかって、みんな行方を追っているの。それに女の子ひとりで夜出歩くなんて、危なっかしいでしょ?」

「……確かにな。しかしアグラマン。この魔物は一体どこで目撃されたんだ?」


 わたしはアグラマンに尋ねる事にした。

 少なくとも西岸地区――軍人や官僚が多く住んでいる――では、魔物の姿どころか噂すら聞かなかったからだ。


「うん、それがねェ……この魔物の目撃報告は、決まって夜。しかも南部地区に集中してるのよ。

 コイツもアタシ達中東騎士(マムルーク)の警備隊が南部で見つけた奴でね。アタシが追い詰めてたってワケ。

 今夜はコイツ以外の目撃報告はないから、多分もう心配は要らないと思うわァ」


 その言葉を聞いて、わたしは少しだけ納得がいった。南部地区――北部に比べ、農民を中心とした、あまり裕福でない者たちの住処だからだ。


「……で、アタシから話せる事はそんな所だけど。この件、協力してくれるかしら?」

「元々そのつもりだから、帝都までやってきたんだ。友の頼みを断る訳にもいかないしな」

「ありがと~マルちゃん! とっても助かるわァ!」


 わたしの返事を聞くと、アグラマンは満面の笑みを浮かべた。


***


 翌朝。わたしはアグラマンと合流し、都の中心部たる、円城(ラウンドフォート)へと向かった。

 円城(ラウンドフォート)はその名の示す通り、巨大な円形の城塞。流石、今や百万都市となったマディーンの中枢である。地方では一般的なレンガではなく、モルタル補強の強固な石壁で囲われている。その威容は十万の兵で攻めようとも、敵の戦意を挫くだろう。

 城門をくぐれば、所狭しと居並ぶ石造建築の数々。スクル教のシンボルカラーである「黒」を基調とした聖堂(モスク)の数は、外周居住区の比ではない。


 わたし達の目的地は、円城(ラウンドフォート)のさらに中心――帝国を統べる聖帝(カーリフ)の住まう、聖なる宮殿である。

 都でアグラマンの捜査を手伝うためには、彼の主君であるハール皇子の許可を得なければならないからだ。


「マルフィサちゃん。これから皇子に会ってもらう訳だけど。

 彼の事だから、アナタの事はすぐに気に入ると思うわ。アナタの望む形じゃあ、ないかもしれないけど」

「……? どういう意味だ、アグラマン」

「すぐに分かるわァ」


 わたしとアグラマンは、宮殿内の謁見の間に通された。

 多くの重臣を従えた王族の若者が、豪奢な椅子に座り……女の戦士が珍しいのだろうか、好奇の笑みを浮かべ視線を注いでくる。


「火急の用件というから、時間を作ってやったぞ、アグラマン隊長。

 しかしこれは……思っていたより、なかなか良い案件みたいだね」


 彼がハール皇子。アルバス帝国の皇位継承第二位。アグラマンが仕える直属の主君である。

 まだ若い。確か年の頃は二十にも満たなかったか。整った顔立ちではあるが、少年らしく無邪気な雰囲気も感じる。


 ハール皇子は立ち上がって、わたしのすぐ傍まで寄ってきた。品定めするようにまじまじと見つめ……そして言う。


「ふむ。少々肉付きが良すぎるきらいはあるが……その麗しさは目を(みは)るものがあるね。

 素晴らしいと思うよ。さっそく彼女を僕の後宮に――」


 少し訂正だ。無邪気というより、好色……しかもちょっとばかり、物好きすぎる傾向にある少年のようだ。

 皇子の開けっ広げな態度に、重臣たちから失笑と嘆息が漏れる。どうやら毎度の事であるらしい。アグラマンなど、わたしが視線を向けるとプイと横を向いて笑いを堪えていた。……あいつめ、後で覚えていろよ。


 ……ともあれ、ここはハッキリ言っておく必要があるな。


「……畏れながら、殿下。このマルフィサが遣わされたのは、色事の類ではありませぬ。

 わたしは戦士です。旧友アグラマンの求めに応じ、この都で起きている事件を解決するため、参上した次第でございます」

「…………え? 戦士? きみ、マルフィサと言ったね。確かに身体つきは大きいが……本当に戦えるのかい?」


 わたしの返答が心底意外だったらしい。少年皇子は拍子抜けしたような顔になった。

 思い出した。このハール皇子という男、噂によれば夜な夜な、お供を連れて夜の街を散策し、下々の者たちとも「交流」を深めているとか。そのせいか、わたしの事も「女」としか見ていなかったようだ。


「えぇ殿下。マルフィサは女性でありながら、当代きっての武勇の持ち主ですわァ。

 その実力のほどは、このアグラマンの名誉と、神の御名(みな)にかけて保証いたします」


 アグラマンからようやく、わたしに関するフォローが入る。重臣たちからどよめきが起こった。アグラマンほどの実力者の「お墨付き」が、どれほどの意味を持つか――この場にいる全員が知っているのだろう。

 とはいえ――人間というのは元来、自分の目で見たものでなければたやすく信じようとはしない生き物。ましてやわたしが女だというだけで、戦士としての腕前を軽んじる輩は、これまで大勢いた。


「……アグラマンがそこまで言うんだ。さぞかし腕の立つ戦士なのだろうね」とハール皇子。

「だったらなおの事、彼女の実力ってやつをつぶさに見てみたくなったよ。

 今日中止の予定だった『アレ』も、彼女が承知してくれれば無事に開催できる。これもきっと神のお導きだろう」


 ざわつく家臣たちを見回し、皇子は笑みを大きくして――わたしにある「競技」への参加意思があるかどうかを尋ねた。

 わたしが承諾すると、ハールは満足げにうなずき、声高に宣言する。


「諸君――『ポロ』の準備だ!」

おまけ。アグラマンのイラスト。

挿絵(By みてみん)

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