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4 怪力女傑、ダマスクス鋼に触れる

「あー……何か、思ってたのと違ったなぁ」


 ベリーダンスを鑑賞後、アンジェリカの開口一番の感想がこれだった。


「違ったって、何がだい? アンジー」ハール皇子が尋ねる。

「確かに美人さん揃いだったけど……もっとスリムな人たちが踊ってるのかと思ったのよね」

「あのふくよかなお腹を晒して、華麗に踊るのがいいんじゃないか。もともとベリーダンスの『ベリー』はお腹って意味だからね」

「ふぅん。でもスクル教徒って確か、肌を人前で見せたらダメなんでしょ? ベリーダンスの時はいいの?」

「そもそも今日踊ってた踊り子たちは、スクル教徒じゃないよ。アラキア半島の南に住んでる『砂漠の民』たちさ」

「あーそれで……スクル教徒の人にしては、開放的すぎるなぁって思ったわ」


 そんな事を言っているアンジェリカも、他人の事を言えないような開放的な服装なのだが。

 旧交を温めているハールとジャハル。しかしにわかに、ジャハルはわたしを振り返り、表情が真剣なものに変わった。


「ムーサー陛下直々の命により、新たなダマスクスの警備隊長にズルールなる男が任命されました」

「ズルール……? 聞かない名だな。パルサ人でもアラク人でもなさそうだが」

東陽(ホラザン)人ですよ。そこのマルフィサ殿と同じ……ん? いかがなさいましたか、マルフィサ殿」


 ジャハルだけでなく、ハールやアンジェリカも不思議そうにわたしの顔を覗き込んでくる。

 知らず知らずの内に、表情が硬くなっていたらしい。ズルール――わたしにとって忘れるはずもない、忌まわしき男の名だ。何しろ奴こそが、かつてのわたしの家族を殺し、兄と離れ離れになる悲劇を生み出した元凶なのだから。だが――先日、わたしの過去を話した時にズルールの名は出していない。この場の誰も、わたしと奴との因縁を知る者はいないのだ。


「しかしズルールなる男、任命されたというのに警備に関しては特にやり方を変えておりません」

「やり方を変えていない? どういう事だ。兄上の命令が来たならば、僕たちを捕らえるべく警備を強化していてもおかしくないが」

「さすがにそこまでは分かりません。自分としても不可解です。最初からやる気がないのか――」


 いくら今の時期が断食祭(ラマダン)とはいえ、緊張感のない話だ。

 ハールの兄ムーサーが無能であり、人選ミスをした……と楽観的に考える事も可能かもしれない。だがそれはあり得ないだろう。ズルールという男、あの日以来直接の面識はないが――断片的に伝え聞いた話では、冷酷ではあるが仕事に手を抜くような人間ではないハズなのだ。


「あんまり積極的に動いてないのなら、好都合じゃない」とアンジェリカ。

「皇子さまはダマスクスでやる事があるんでしょ? 大っぴらには動けないかもしれないけど」


「ああ……僕に協力してくれそうな氏族と連絡を取り、連携を図りたいからね。ジャハルもいるなら何かと動きやすいし、心強い」


「だったら、少なくとも断食祭(ラマダン)が終わるまではこの街に滞在できるんじゃない?

 ね? フィーザ」


 すっかり緊張の糸が緩んでしまったのか、皆楽観的になっている。

 確かに敵の官憲が動こうとしない現状は、こちらにとってもありがたいのだが……わたしはどうも、嫌な予感が拭いきれなかった。


***


 三日後。

 わたしはハール皇子やアンジェリカ達とは、別行動を取っていた。

 ハールはジャハルと共に、ダマスクスでのコネクション作りに奔走している。彼は元々軍人であり、対外戦争において数々の功績を持つ。ダマスクスの住人とは相性がいい。


 一方アンジェリカだが……昨日から、姿を見せていない。普通に考えれば、彼女はこの街と何の縁もゆかりもなさそうに思えるのだが。


「なんかこのダマスクス……不思議な魔力を感じる。かつて高名な魔術師が住んでいた事があるのかも」


 そんな事を言ったきり、ふらっといなくなってしまったのだ。

 流石のわたしも、魔術を使って身を隠されてしまっては探す(すべ)などない。


(無理に護衛しなくていいのなら――わたしはわたしで、するべき事をするだけだ)


 わたしも無為に過ごしていた訳ではない。ダマスクスは歴史ある古都というだけでなく、武具の鍛冶職人も大勢生活している。ここから北にある最前線都市・アンティオキアにも近い。

 アンティオキアは西方のヴェルダン教圏の帝国とも隣接しており、ダマスクスは国境防衛のため駐屯している兵に物資を運ぶ重要な拠点としての役割も担っている。言うなれば戦士の街の顔もあるのだ。


 なのでわたしは、ダマスクス行きつけの鍛冶職人の下へ顔を出していた。


「おお、誰かと思えばマルフィサじゃねェか。しばらくぶりだな。

 相変わらず美しい。いい筋肉だ」


 そんな軽口を叩く親方は、わたしに負けず劣らず筋骨隆々の精悍な身体つきをした、初老の大男である。長年の顔見知りであり、不愛想だが口は堅い。


「ちょっと野暮用で、帝都まで出向いていてね。

 親方。頼んでいた『武器』は、出来ているか?」

「おォよ。礼金たんまりはずんでもらったからなァ。

 注文通りの『ダマスクス鋼』の手甲なら、先週仕上げといたぜ。格闘が得意なお前さんなら、攻撃にも防御にも活用できるだろう」


 親方はわたしの左腕に合わせた「特注品」を持ってこさせた。帝都に赴く前から大金を積み、依頼していた手甲だ。

 今まで使っていた手甲も決して悪くはなかったのだが、先の炎の魔神(イフリート)との戦いで無茶な使い方をし過ぎた。急場しのぎの手入れでは限界が来ていたのだ。


「……噂には聞いていたが、不思議な紋様だな」


 通常の鋼鉄と違い、ダマスクス鋼で出来た手甲には、波のような奇妙な紋様が幾重にも浮かんでいる。


「あァ、それこそがダマスクス鋼の証さ。その分、耐久性は折り紙つきよ。しかも硬いだけじゃねえ、滅多なことでは錆ひとつつかねェぜ」

「なるほど、そいつは頼もしいな」


「わしは注文通りの仕事をしたに過ぎん。じゃから普段は余計な話はしないつもりだ。だが――

 マルフィサよ、気をつけた方がいいぞ。新しい警備隊長が躍起になってお前さんの行方を追っておるようだ。

 今は断食祭(ラマダン)だから、昼間の兵士はほとんどやる気がないのが救いだァな」

「……わざわざすまない。ありがとう」


 わたしは手甲を受け取り、その場を後にした。

 そして――やや暗い道を通りがかった時、不意に背後から声をかけられた。


「ひょひょ。確かに良い出来の手甲じゃが……『未来のおぬし』にとっては、ちぃとばかし力不足かもしれんのォ~」

「!? 誰だ……!」


 周囲の警戒を怠っていた訳ではない。だというのに、こんな至近距離から声をかけられるまで気づかないとは。

 思わず振り返ると――そこには黒いローブを着た、小柄な老人が笑みを浮かべて立っていた。

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