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3 怪力女傑、皇子の親友と会う

「…………あ」


 わたしとアンジェリカはハールに連れられ、彼の親友ジャハルが待っているという家の前にたどり着いた。

 到着した途端、ハールは間の抜けた声を上げ、何やら気まずそうな顔になった。


「……どうしたハール。この家で間違いないんだろ?」

「間違いないは間違いないんだけど……ジャハルの奴、いったい何を考えてるんだ?

 この家、未亡人のガザルさんの家じゃないか。アイツまさか……」


 噂によれば、ジャハルという男はパルサの名門バルマク家の人間で、社交的であり女性たちにも大変モテるのだとか。

 ハール皇子が夜な夜な街に繰り出す女好きであり、わたしに対してさえ何かと口説きにかかるのは、ひょっとすると彼の影響かもしれない。


「よく見ると、不思議なデザインの家ね。窓に網でもかかってるの?」


 アンジェリカが疑問を口にする。言われてみれば確かに、家に窓はあるのだが、網目のような模様があり、外から中の様子は全く見えない。


「うむ。これはスクル建築でも一般的(ポピュラー)格子窓(マシュラビーヤ)だよ。

 スクル教はよく、女性の自由を侵害し家に閉じ込めっぱなし、みたいな事を言われたりするけど、とんでもない。逆さ。

 格子窓(マシュラビーヤ)は外敵から女性を護るだけでなく、中に住む女性が暮らしやすい環境づくりにも役立ってるんだ」


 ハールが玄関で、召使いに用件を告げ、恭しく一礼する。わたし達も彼に(なら)って同じように頭を下げると、しばらくして中に通された。

 外は夜にも関わらずやや蒸し暑いくらいだったが、家の中に入った途端、心地よいひんやりした空気が漂ってくる。そして不思議なことに、格子窓(マシュラビーヤ)は内から外の眺めは普通に見る事ができた。それどころか格子模様のデザインのお陰で、外の様子は一層神秘的な景色に映る。


「へえ……ホントすごいわねコレ。魔術を使ってる訳でもないのに、一体どうやってるのかしら!」舌を巻くアンジェリカ。

「はっはっは。一流の窓職人の(たくみ)の技は、いっぱしの魔法少女すら唸らせる芸術作品って訳か。こいつは鼻が高いね」

「別にアンタを褒めたワケじゃないんだけどね、皇子サマ」


 召使いに案内された先には、ターバンを巻いた銀髪の美少年が座っていて、わたし達に微笑みかけてきた。


「やあ、しばらくぶりだねハール殿下。両手に華でご訪問とは、ここに来るまでの道中、なかなか楽しかったんじゃないか?」

「……ジャハル! 本当に久しぶりだな」


 常々聞いてはいたが、二人が親友というのは本当なのだろう。久々に顔を合わせた時の瞳の輝き方が違う。

 二人の再会の喜びに水を差す事もないと思い、しばらくの間、彼らの世間話を黙って聞くことにした。


「……さて、そろそろそちらの見目麗しきお二方も、ご紹介いただけるかな?」


 ジャハルはそんな事を言ってきて、わたしとアンジェリカにチラッと流し目をしてきた。

 並の男がやれば「何を勘違いしているんだ?」となりそうな歯の浮くような台詞だが、この男の口から発されると不思議と嫌味に感じない。立ち居振る舞いは間違いなく堂に入った上層民のものだ。


「ああ、すまん。紹介してなかったか。こちらはマルフィサ。僕の護衛を務めてくれる、腕の立つ女騎士だ。

 で、こっちはアンジェリカ。異国から来た魔法少女ってヤツさ。僕はアンジーって呼んでる」


 紹介されると、ジャハルは満面の笑みを浮かべ、わたし達にそれぞれ右手で握手をしてきた。


「お会いできて光栄です、マルフィサさん、アンジェリカさん。

 ここまでの道中、殿下を護っていただき、本当に感謝しています」

「ふ、ふっふん! あたしのような一流の魔法使いにかかれば、それぐらい楽勝よ!」


 気取ってはいるが、満更でもなさそうな様子でふんぞり返るアンジェリカ。

 口元がにやけている所を見ると、美少年に外見と実力を褒められたのが素直に嬉しいようだ。


「ジャハル殿か。あなたの噂は聞いているが……わたし達が帝都を出発するとき、同じく帝都にいたそうだな?

 それがどうして、わたし達よりも早くこのダマスクスに来ているんだ?」


 どうしても気になったので、わたしは自己紹介の挨拶もそこそこに、ジャハルに疑問をぶつけてみた。

 わたし達は隊商(キャラバン)と別れてからも、足の速い馬に乗り換え、状況が許せばアンジェリカの「空飛ぶ絨毯(フライングカーペット)」を使ったりもした。

 にも関わらず、彼の方が到着が早かった。よほど急いでいたのかもしれないが、少し腑に落ちない。


「はは、確かにそうですね。実はもうひとつ、別の目的があって」

 ジャハルはコホン、と咳払いをしてから、言った。

「この家の主、ガザルさんと遭う約束を危うくすっぽかすところだったから、急ぎに急いでここまで来たんだ!

 駅伝の管理人さんにも無理を言って、伝令を届ける代わりに伝令馬を次々と乗り継がせてもらってね! いやぁ、本当に疲れたよ!」


 ……要は、女性と逢引きする予定に間に合わなくなるのを恐れて、急いだって事だろうか。

 呆れて物も言えない、わたしからすると拍子抜けする理由。見た感じ十五を過ぎたぐらいの若者だが、それゆえの行動力なのかもしれない。


「……えぇえ……それであたし達を追い抜いちゃったの?」困惑するアンジェリカ。

「……よくそんな理由で伝令馬を貸してもらえたな……」さしものハールも呆れ顔だった。


「事情を正直に話したら、みんな『そういう事なら仕方ないですね』と喜んで馬を使わせてくれたよ! これも日頃の行いの賜物かな?」

「多分それ人徳とかじゃなくて、『ジャハルならそーゆー理由で急ぐだろうなぁ』と、みんな達観してたからじゃね?」


「まあ、それはさておき」わたしは話題を変えるべく、わざとらしく咳払いをした。

「この家に厄介になるのなら、女主人であるガザルさんに挨拶ぐらいしたいと思うのだが」


「あー……それなんだけどね」ジャハルは困ったような顔になった。

「今はちょっと彼女、手が離せない状況なんだ。『大事な仕事』の真っ最中だからさ。

 積もる話もある事だし、一旦外に出ようじゃないか! 今日はベリーダンスの開演もあるからね。せっかくだし一緒に観に行こう」


 などと言われ、わたし達はジャハルに追い立てられるように家の外に出る事になった。


「ねえフィーザ。ガザルさんの『大事な仕事』って何だろ」しばらくして、小声で尋ねてくるアンジェリカ。


「それは恐らく……筆おろしだろうな」

「筆……えっ……!?」


 まだ幼さの残る年齢ではあるが、アンジェリカも言葉の意味くらいは知っているのだろう。途端に顔が真っ赤になった。


「何も珍しい話じゃない。婚前交渉が禁じられているスクル教徒の男性にとって、『やり方』を手ほどきしてくれる未亡人はありがたい存在なんだ。

 せっかく好きになった人と結ばれたのに、いざ本番という時やり方が分かりませんでした、じゃ恰好がつかないだろう?」

「いや……確かに……そーかもしんないけどっ……!」


 言葉では納得できても、心の整理まではつかないのだろう。彼女の初々しい反応を見ているとちょっぴり微笑ましい。

 そうこうしている内に、わたし達はベリーダンスの会場に到着した。

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