8 怪力女傑、追跡者を見破る
わたし達のキャラバンは、持久戦に入った。わたしの記憶が確かならば、最後に立ち寄った集落を抜けた今、しばらく休憩に適した地形は通らない。
要するに先日アンジェリカに話していた「一日16時間ぶっ続けで移動する」ルートに入ったという事だ。わたしや行軍経験のあるハール皇子はともかく、いかにも箱入り娘っぽいアンジェリカは長旅に耐えられるのだろうか――若干、不安は残る。
しかし――結論から言えば、そんなわたしの心配は杞憂だった。
先日隊商歌を一緒に歌った事で、魔法使いの少女はラクダ使いの遊牧民たちと打ち解けており、彼らから旅の話や注意点などを熱心に聞き入っていたのだ。素直な美少女に教えを請われれば、向こうだって悪い気はしない。親身になって教えてくれる――かくしてわずか数日で、アンジェリカのラクダの乗り方は、堂に入ったものになっていた。今やあの小さな身体で、大きく揺れるラクダを見事に乗りこなしている。ラクダの背中に乗ったまま、スクル教の経典を歌いキャラバンを湧かせているのを見た時は、流石のわたしも舌を巻いた。
「やるじゃん、アンジーの奴」楽し気にキャラバンの輪の中に入ってる彼女を見て、微笑むハール皇子。
「最初はラクダの背の高さにビビったり、キツイ口臭に露骨に険しい顔していたから、どうなる事かと思ったけど。あの様子なら旅にも問題なくついてこれそうだ」
最大の懸念のひとつが払拭された。これは素直に喜ばしい事だ。
となれば、もうひとつの懸念に、心置きなく注力できる。
何者かが、わたし達の後を尾けてきている。
***
キャラバンの後を、何者かが付かず離れず追ってきている。数は少ない……恐らく、一人だろう。
帝都マディーンを出る時、喰屍獣のグレグが別れ際、わたしにこう言った。
「塔の火災で、ハール皇子そっくりの男が放火したって騒ぎ立てられたんですよね? そいつァ間違いなく喰屍獣の仕業ですぜ。
俺みたいに人間に変身して、皇子を犯人に仕立て上げようとしたってんなら、話のつじつまも合います」
「なるほど……やはり敵側には、お前と同じ喰屍獣がいる、という訳か」
「といっても、姐御たちの脅威になるとは思えませんがね。姐御は単独であっしに勝つほどの実力者ですし。
それにそっちには、アンジェリカっていう魔法使いの少女もいるんでしょう? 彼女なら喰屍獣の変身も見破れる。
こっそり近づいてきたところで、すぐにバレちまうでしょうよ」
***
確かに、普通の状況であったなら……グレグがあの時言ったように、喰屍獣などさほど恐れるに足りないかもしれない。
だが……今の今まで追跡者はこちらに姿を現していない。「変身術を見破られる」危険がある事を、向こうは理解している。
すなわち、追跡者の目的は単なるキャラバンの襲撃ではない。白仮面の手先であり、こちらの手の内もある程度知っているという事だ。
「……マルフィサ。みんなから離れすぎてない?」
わたしがキャラバンから距離を取り、岩に腰かけていると――アンジェリカが声をかけてきた。
「ああ。どうも『追跡者』がいるみたいでな。見張っているんだ」
「……それって、あの喰屍獣の男が言っていた話だっけ。でも全然、姿を現さないわね」
「こちらの事情をよくご存知なんだろう。普通に変身して近寄ってきたのでは、アンジェの魔術で見破られてしまう」
「ふふっ。つまりあたしを恐れているってワケね!」
魔法少女は気を良くしたのか、無邪気に胸を張り得意げに鼻を鳴らす。そしてわたしの傍に寄り添う。
「でもさ、寒いでしょ? 砂漠の夜って、すごく冷えるのよね。
あっちでキャラバンの人たちが焚火をしてるから、今日ぐらい一緒に暖まったらどう?」
「…………そうだな、そうさせてもらう」
わたしは彼女の言葉にうなずいて、背を向けてキャラバンの焚火の方に目をやった。
「……だが、その前に」
「?」
言葉を切り、弾かれるように動く。少女は驚いたような顔をし――次の瞬間、わたしに背中を取られて引き倒されていた。
「痛い! 何するのよッ……」
「焚火に当たるのは、お前の『化けの皮』を剥がしてからだ。お前が……『追跡者』だな?」
「! 何、ワケ分かんない言って……!」
「とぼけても無駄だ。彼女はわたしの事を『フィーザ』と呼ぶ。普段『マルフィサ』とは呼ばない。
それに数日前からアンジェとは、打ち合わせをしていた。喰屍獣の追跡者がいたとしても、面と向かって姿を現す事はない。
だがもし、あるとすれば――変身を見破れるアンジェを始末し、彼女そのものに化けてからだろう、とな。
だからアンジェにはここ数日、わたしやハールに『不自然に近づかない』よう、言い含めていたんだ」
「…………!」
図星だったのだろうか、アンジェリカに化けていた彼女の顔が、すっと青ざめていく。
「まず聞きたい事は――彼女をどうした?」
「くくっ、くくく……あの小娘がどうなったのか、そんなに知りたいのかい……なら教えてやるよォ!」
彼女――いや喰屍獣は不自然な動きをした。こちらの全体重を乗せ、完全に押さえ込んでいるハズだが……何か嫌な予感がした。咄嗟に飛び退る。
あり得ない方向から「何か」が飛んできて、わたしの頬をわずかに掠めた。奴はうつ伏せに倒れたままだったが……なんと、右腕がタコの足のように関節を無視した動きをして、背を向けたままわたしに刃を突き立てようとしていたのだ。
そしてかすり傷にも関わらず、わたしの肉体を不快な違和感が襲う。油断した。これは……毒か?
「よく気づいた、と言いたいところだが……大マヌケぇ! アタシの奥の手には気づかなかったねェ!
これでアンタももう終わりだ! あの小娘と同じように、毒でもがき苦しみながら仲良くあの世に旅立つといいッ! くくヒャははははッ!!」




