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6 怪力女傑、女装する

 あれからわたし達は、喰屍獣(グール)の男の紹介で、彼の所属する侠族(アイヤール)の長の下を訪れた。

 侠族(アイヤール)とは、下層民が公権力に立ち向かうために作った互助組織――と言えば聞こえはいいが、実態は非合法なヤクザに近いものだ。


「ちょうどあっしらの仲間が率いる隊商(キャラバン)が出発する頃合いでさぁ。

 変装して紛れてくれれば、容易に都を出られるでしょう。入るのは厳しいが、出るのは簡単ですからね」


 とは喰屍獣(グール)の男――仲間内ではグレグと呼ばれている――の言葉。


「渡りに船とはこの事だな。ありがとう、馬2頭の代金もきちんと支払うから」

「マルフィサの姐御。問題は変装なんですが――あの若造とガキの女は、みすぼらしい恰好に着替えさせりゃいいと思います。ですが……問題は姐御だ」

「……? どういう事だ。わたしも似たような恰好をすればいいだろう?」


 わたしはキョトンとして問いかけたが、グレグをはじめ、ハールやアンジェリカまで呆れ顔を向けてきた。


「マルフィサ、意外と自分の事は客観的に見れてないんだな」

「天然なトコあるわよね。フィーザの場合、普通に体格良くて男みたいな恰好してるんだから、男のフリしてもあんまり変装にならないわ!」


「……え。じゃあ、どうしろというんだ」


 アンジェリカはチッチッ、と指を振り、にんまりと笑みを浮かべてきっぱり言った。


「ズバリ、女装しましょ! フィーザ!」

「は……え? じょ、女装……!?」


 わたしが戸惑っていると、ハールもニヤニヤと笑顔になる。まるで新しい玩具を手に入れたかのように楽しそうだ。


「僕も賛成だな。マルフィサ、モノはいいんだ。化粧の一つもしないのは実に勿体ない。僕も全面的に協力しよう。

 幸い僕は、女性をナンパするために喜ばれそうな化粧道具の類を幾つか持ち歩いている。女性らしい衣装はアンジーに見繕ってもらえばいい」

「いやちょっと待て! 無理だ! 化粧や服でいくら外見を取り繕ったって、わたしの体格では――きっと似合わないぞ!?」


 必死に抗議するも、周りの人間はまったく取り合おうとせず、わたしを着飾らせる方向で勝手に話を進めていた。


「大丈夫ですって姐御。姐御ほどの美しさなら、何を着ても似合います。自由に変身できる喰屍獣(グール)のあっしが言うんだ、間違いありやせん」

「そそ。これは必要な準備ってヤツなのよ。別にあたし、可愛く化粧したフィーザの羞恥プレイが見たいとかそんなんじゃないし!」

「これも帝都脱出のためだ、マルフィサ。こんな面白そうな機会(チャンス)滅多にない……じゃなかった、試練だと思って耐えてくれ――くくっ」


 嘘だ。こいつら絶対、わたしを困らせて楽しもうとしているだけだろう!?

 しかし、半分は面白がっての発言だろうが、帝都を脱出するための手段と考えているのも、まあ分かる。わたしは三人の説得に押される形で、不承不承自分を着飾る事を受け入れたのだった。


***


 三時間後。わたしはいつもの鎧や着慣れた服から、富裕階級の令嬢が着るような、やや華美な覆布(ヒジャブ)を纏った姿になった。

 もともとの体格が大きいのは誤魔化しきれないが、それでも分厚い布を使えば戦士である事ぐらいは、どうにか気取られないだろう。


「……なあ。どうせスクル教徒みたいに髪を隠すなら、いっそ全部隠せる覆面(ブルカ)でも良かったんじゃ……」

「何言っているんだマルフィサ。せっかく女らしく変装する、またとない機会なんだぞ? 顔まで全部隠したら僕らが楽しめないじゃないか!」

「ハール。今思いっきり、本音が出たよな?」

「……フフ。まあ文句ばかり垂れてないで、実際化粧した顔を鏡で見てみるといい」


 そう言ってハールは、手鏡を出してわたしの顔を映した。


「……………………む」

「どうだい? 素直に感想を言ってごらんよ」

「……やるなハール。きみ、化粧について結構手馴れているんだな」


 化粧される事自体は不本意だが、ハールのメーキャップの腕前は実際、大したものだった。こういう時、照れ隠しで嘘をつくのはわたしの流儀に反する。


「親友のジャハルに習ったからね。それに今時、男性だって身だしなみには気遣わないとモテないし」

「それにしたって、いささか貴族然としすぎじゃないか? わたしは武骨な戦士なんだぞ」


 わたしが口を尖らせると、ハールはさも当然といった風に答えた。


「本当にきみが『武骨な戦士』ならね」

「!」

「マルフィサなら、これでも問題ないと思った。僕の目は誤魔化せないよ?

 最初にきみに会った時だってそうだ。あの堂に入った立ち居振る舞い。無教養な流れ者に、簡単に身に着けられる芸当じゃないもの」


 ……参ったな。あの時は「最低限、ボロを出さない」程度に振る舞ったつもりだったのだが。

 いずれハールにも、わたしの「本当の素性」を話す時が来るかもしれない。


***


 着飾ったわたしの姿を、アンジェリカとグレグにも見せる事になった。


「……わぁ。思ってた以上に似合ってるじゃないフィーザ! まるでどこぞの王族の娘みたい」

「いやぁ姐御……! 素晴らしい、感動っス! お強いだけじゃなく美しいなんて……完璧超人じゃないッスか!」


 素直に褒められているのは分かる。分かるが……何なのだろうな、この腑に落ちなさは?


 ともかく、変装して脱出するためだと言われれば、従うしかないのかもしれないが。

 こんな輿のようなものに乗せられるのも性に合わないし、何より身体を動かしにくい。第一これ、かえって目立つのでは。


 そんなわたしの危惧をよそに、グレグの隊商(キャラバン)は帝都を離れるための準備を進めていた。

 アルバス帝国において、キャラバンは一般的な存在であり、交易や旅行のためしばしば編成される。隊商宿には大小さまざまなキャラバンのグループがたむろしており、伝手(つて)さえあればこの中に紛れ込むのは最良の選択肢と言えるだろう。


 一際目を引いたのは、飛び抜けて大規模で豪華な、聖地巡礼目的のキャラバンである。スクル教徒であれば誰でも参加でき、皇族のひとりがリーダーを務め、国軍が護衛する。民間のキャラバンよりも遥かに安全な旅路を約束されるのだ。


(……なるほど。この時期ちょうど、聖地巡礼も重なっていたのか。

 だったらわたしが少々着飾ったところで、埋もれてしまうだけだな)


 不必要に目立たないと分かった事で安堵した半面、なぜか落胆めいた気分も湧き起こってしまった。我ながら自意識過剰だったのかもしれない。


 ところが、である。巡礼キャラバンを護衛する国軍の中に、見知った顔があった。エルドゥにパオロ、カシュー……昨日のポロ競技の際、一緒にチームを組んだ三人の中東騎士(マムルーク)だ。

 わたしは輿の中だったが、一瞬だけ三人と目が合ってしまった。


「ん? あれは……!」

「どーしたエルドゥ」

「あの輿に乗ってる美女……マルフィサさんに似てないか?」

「ンな訳ないだろ。あの男よりも男らしいマルフィサ殿が、あんなしおらしい恰好するハズないじゃないか」

「一度あんな風に着飾った彼女も、見てみたいけどな。案外すっごく似合いそうな気がする」


 鋭いんだか鈍いんだか。どうやら三人とも、わたしだと気づく所まで行っていないようだが……わたしの中で何か、大切なプライドをざくざく(えぐ)られているような気がして、羞恥心が増してしまう。


「……いや、案外マジかもよ? ちょっと声かけてみろ。

 俺、人の声を覚えるのけっこう得意なんだ。もし声音がマルフィサに似ていたら……」


 パオロが嫌な提案をしてきた。まずい事になった。流石に声までは化粧できない。咄嗟に取り繕ってもバレてしまうかもしれない。

 彼らがこっちに近づいてくると……不意に調子っぱずれの歌声が響いた。


「♪三日月に映える空飛ぶ馬は~ 見事な角を生やし、清らかな乙女以外に心を許さぬ~」


 ……お世辞にも美しいとは言えないが、声量だけはある濁声(だみごえ)。間違いなくグレグのものだ。


「……ぐえッ! 何だこのひでえ歌は……耳がッ……耳が腐るッ……!?」

「お、おい大丈夫かパオロ。そんなにやべーのかあの盗賊詩人(サアーリーク)。確かにヘタクソだが……というか、天馬(ペガサス)なのか一角獣(ユニコーン)なのかハッキリしろ」

「誰か、あいつを黙らせろ! 巡礼隊商(キャラバン)にはやんごとなき上層民のスクル教徒も多数いらっしゃるんだぞ! あんなとんでもない不吉な歌など聞かせるなッ!」


 中東騎士(マムルーク)たちは口々に毒づき、逃げるグレグを追って雑踏の中を駆け去っていく。


「驚いたな……あの喰屍獣(グール)盗賊詩人(サアーリーク)、意外とやるじゃあないか。

 アイツが注意を引いている隙に、さっさと門を出よう」

「なあハール。やっぱり変に着飾らずに、粗末な恰好でよかったんじゃないか……?」

「結果的に切り抜けられたんだし、カタイ事言うなって!」


 多少のアクシデントはあったものの。

 わたし達の隊商(キャラバン)は、無事に門を出る事ができたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  うぇっへっへ!  こういうイベント大好きなんですよ〜〜!  いつも雄々しい格好になってしまうマルフィサたんですが、なんたって…おおっとこれ以上はネタバレ(’-’*)♪  それにした…
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