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13 怪力女傑、皇子と共に脱出する

「……マルちゃん! マルフィサちゃん! 起きて! しっかりなさいッ!」


 わたしを呼ぶ声が聞こえる。ぱん、ぱんと容赦なく頬を打つ音が聞こえ――薄れていたわたしの意識が戻った。


「…………アグラマン、か」

「あぁ~よかった。目覚めなかったら、どうしようかと思ったわ。

 アナタを抱えたままじゃ、いくらアタシでも流石に大立ち回りは無理だからさァ!」


 遠回しに重い、と言われた気もするが……まあ、事実だから仕方ないだろう。


「……わたしはどのぐらい気を失っていた?」

「大した時間じゃないわ。まあ2~3分ってトコかしら?

 それに炎の真っ只中に飛び込んだにしちゃ、ほとんど火傷らしい火傷もないのビックリねェ。不幸中の幸いだったわ」


 さほどの時間は経っていないらしい。それにアンジェリカから借り受けた「水の護符」のお陰で、炎のダメージを最小限に食い止められたようだ。

 ならば……すぐに外に向かわなくては。アンジェリカとハールが心配だ。

 少々疲労感はあるが、わたしは立ち上がり――アグラマンと共に塔の外へ出た。

 相変わらず辺りは喧騒に包まれているが、わたしが魔神(イフリート)を倒したためか、火災の勢いは弱まっている。ほどなく消火作業も終わるだろう。


(とはいえ……ハール皇子が母親の塔に放火した疑いがかかっている、という現状は変わらない。

 ハールの兄・ムーサーは冷酷で傲慢な性格だと聞く。わたしが何を証言しようが、強引にハールを捕らえようとするだろう)


「マルちゃん。今なら誰にも聞かれていないだろうから……言っておくわね」階段を下りる途中、アグラマンは呟くように言った。

「ハール皇子を頼んだわ。彼と一緒に逃げてちょうだい――ムーサーは前々から、ハールを皇位継承者から外すために、策謀を巡らせていたようだから。

 アタシは直接ついて行ってあげられないけど……それでも、できる限りの支援はするわ」


 アグラマンは懇願するように呟いた。何も傍にいるだけが、手助けの手段ではない。

 帝都がムーサーの支配下となるなら、その直下に身を置くのに、どれだけの覚悟が必要か……ある意味、帝都を離れるわたしよりも過酷な選択かもしれないのだ。


「もともとわたしが帝都に来た理由は、お前の頼みを聞くためだ――元より、そのつもりさ」

「助かるわ――本当にありがとう」


 アグラマンはそれ以上、何も言わなかった。となれば、もはや迷う理由などない。わたしは、わたしの信じる道を全力で突き進むのみ。


***


 塔の外に出ると、アンジェリカとハール皇子はすぐに見つかった。


「二人とも、無事だったか」

「フィーザこそ、よく魔神(イフリート)に勝てたわね……すごいわ」

「って、全身傷だらけじゃないか! そんなボロボロで平気なのか!?」


 ハールに心配そうに覗き込まれて、ようやくわたしは自分の傷の痛みに気づいた。確かに痛いが、意識しなければさほどの事はない。


「……大した事はない、まだ動ける。それよりも――きみの兄ムーサーは、まだきみを捕らえる事を諦めていないハズ。

 身柄を拘束される前に、いったん円城(ラウンドフォート)から離れよう」


 噂をすれば――という訳でもないのだろうが。鎮火が進んだ今、周囲の兵たちも落ち着きを取り戻し、再びわたし達を取り囲もうと陣形を組んでいる。


「アンジェ。『空飛ぶ絨毯(フライングカーペット)』は使えるか?」

「……ごめんなさい。さっき色々ゴタゴタしてて、魔力を使いすぎちゃったの。とてもじゃないけど、今のあたしじゃ三人乗せてひとっ飛びって訳にはいかないわ」


 魔法使いの少女は肩で息をしつつ、謝罪してきた。どうやら彼女は彼女で、奮闘していたようだ。

 ……まずいな。これ以上戦い続けるのは得策ではない。わたしも魔神との死闘で消耗しきっている。かといって逃げる手段も――


 ふと見ると、アグラマンがわたしから距離を取り、ウインクしていた。何の合図だろう?

 わたしが不思議に思っていると――突如、取り囲む兵たちの一角がざわつき、混乱している様子が目に入ってくる。


「うわあッ! 何だァ!?」

「う、馬だ! バカでかい馬が暴れてこっちに来るぞォ!」


 兵の波をかきわけ、時には吹き飛ばし……こちらにまっすぐ向かってくるのは、ひときわ巨大な黒馬。わたしの愛馬、アルファナだ!

 昼のポロ競技が終わった後、休養させるため城の厩舎に預かってもらっていたのだが……アグラマンがあらかじめ、こうなる事を予測して逃がしてくれていたようだ。


「アルファナ! よく来てくれた。みんな、彼女の背中に乗るんだ!」


 わたしの指示を察し、ハールは即座にアルファナの背にまたがった。躊躇するアンジェリカはわたしが強引に服を掴み、放り投げるように馬の背に運ぶ。

 そしてわたしもまた勢いよく、愛馬の背に乗った。「彼女」の呼吸を通して、心情が伝わってくる。


「……ありがとう、アルファナ。恐ろしいのを我慢して、ここまで駆けつけてくれたのだな。

 心配するな。わたしが共にいる。だから怖くない――行くぞッ!」


 怯える愛馬を安心させるため、首筋を軽く撫でてやると――アルファナは奮い立ち、力強くいなないた。そして立ちはだかる兵を物ともせず、一直線に駆け抜ける!

 並みの馬であれば、三人を乗せたまま走る事すら難しい。体格の大きいアルファナだからこそできる芸当だ。巨馬の疾走を誰一人として止める事はできず――兵たちは恐れをなして逃げ惑い、道を開けてくれた。


(城門が見えてきた。思ったよりも手薄になっているな……)


 幸運なことに、門は今ようやく閉じられようとしており、完全に塞がり切っていない。絶好の機会だ。

 もはや無人の荒野を行くがごとし。わたしとハール、そしてアンジェリカを乗せた愛馬アルファナは、閉じかけた城門を一気に抜け――脱出する事ができた。


***


 愛馬アルファナに乗って、わたし達は南部地区に来ていた。

 夜という事もあり、ここまで来ると衛兵たちの監視の目も行き届かない。姿をくらますにはうってつけの場所だった。


「さて……これから、どうしたものかな」


 十分な距離を走り、追手が来ない事を確認し……わたしは愛馬をゆっくり歩かせる。

 あのまま円城(ラウンドフォート)に留まれば、わたしやアンジェリカもハールと一緒に捕らえられていただろう。だから逃げたのはやむを得なかった。

 しかし……問題は、これから先の身の振り方だ。


「……すまない、マルフィサ。アンジー。僕のせいで、こんな事に巻き込んでしまって」


 ハール皇子がいつになくしおらしく、がっくりうなだれたまま詫びを入れてきた。


「……わたしは流浪の戦士だ。お尋ね者に近い立場になったところで、帝都を離れればいいだけの話。

 それよりもハール。お前の身のほうが心配だぞ? 仮にも一国の皇子さまが、一夜にして追われる身となってしまったのだからな」

「ね、ねえフィーザ。あたしの心配は?」

「アンジェの素性はよく知らないが……何となく大丈夫そうだよな?」

「えー、ひっどい! こんなにか弱い美少女なんだからさ! ちょっとは気にかけてよっ!」

「そういう軽口が叩けるなら、余計に心配なさそうだし……」


 ハールは顔を上げ、わたしに不思議そうな目を向けた。

 わたしとアンジェリカのやり取りに、悲壮感がない事が信じられないようだ。


「今の自分たちの立場が分かっているのか? 僕は孤立無援のお尋ね者なんだぞ!?」

「ハール皇子。悲劇の英雄ぶりたいというなら、今しばらく止める気はないが……いい加減、現実を見たらどうだ?」

「!……それは一体、どういう――」

「第一、ハール皇子は孤立してなどいない。母親殺害未遂の嫌疑をかけられた時ですら、あの場の兵士たちは半信半疑だった。

 それに消極的ながら、城内にはあなたの協力者も複数いた。まさかアグラマンひとりだけで、今回みたいに都合の良い脱出ができた……などと思ってはいまいな?」


 わたしが諭すように言うと、ハールは幾分冷静になったのか……考え込んで押し黙った。どうやら心当たりはあるようだ。


「……でもマルフィサ。今日知り合ったばかりの僕に、どうしてここまで肩入れできる? アグラマン隊長に頼まれたからか?」

「もちろん、それもある……が、それが全てではない」


 わたしが理由を言う前に――その「理由」が、空を飛んでやってきた。

 ふわりと舞い降りてきたのは、ハールが飼っている鷹のシャジャだ。彼の左腕に止まり、愛くるしく小さく鳴く。その脚には、小さな紙が結び付けられていた。


「…………!」紙をほどき、中身を確認したハールは息を飲む。中身はここから見えないが、何か彼の希望を繋ぐような文言が記されていたのだろう。


「それだけ鷹と仲良くやっているのだから、ハール。きみは悪い人間じゃないし、少なくともあのムーサーよりはずっと、人の上に立つ資格があると思う」


 鷹は馬以上に繊細な生き物だ。鷹を飼い慣らすには並々ならぬ忍耐強さと、そして何より穏やかで優しい心が必要なのである。


「ああ、どうやら僕は……ひとりぼっちなんか、じゃないようだ……ありがとう、マルフィサ」

「礼を言われるほどの事じゃない。当たり前の話をしただけだ」


「これからどうするか、だけどさ」アンジェリカが口を挟んだ。

「もうちょっとゆっくり、落ち着いた所で話したいのよね。フィーザにも、あたしの素性や、あたしが何のためにここに来たのか、いい加減知ってもらいたいし」


「そうか……なら一旦、ここで別れよう」

「へ? なんでそーなるのよ!」

「いや、今後は素性を隠して逃避行するって流れになるし……そうなると、わたしの愛馬はいくら何でも目立ちすぎるからな」

「確かに、そんなデッカい馬と一緒なら、行く先々で噂になっちゃいそうだけどさぁ……この()、あたし達を救ってくれた恩もあるじゃない。どうするのよ?」


「何、心配は要らないさ。わたしにいい考えがある」アンジェリカの問いに、わたしは笑みを浮かべて言った。


「そうか……マルフィサ、後で『この場所で』落ち合おう」


 ハールは納得したらしく、わたしに小さな紙片をくれる。中身を確認し、わたしはすぐに理解した。

 なるほど。この場所に潜伏するなら、二人ともしばらくは安全だろう。


「必ずすぐに戻ってくる。だから安心して待っていてくれ」

「……フィーザにそう言われると、ホントに安心しちゃいそうになるから、不思議よね」


 わたしは二人と別れ――愛馬アルファナと共に、その場を後にした。

 このような事態になったのは予想外だったが。悲観して、立ち止まっている暇はない。為すべきことは沢山ある。やれる事があるうちは、まだまだ大丈夫だ。


「……行くぞ、アルファナ」


 薄暗い闇の中、わたしは再び歩き出した。



(第1章 了)

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