1 怪力女傑、喰屍獣(グール)を下す★
「たった一人でこんな所歩いてるなんてなァ~、実に不用心な事だと思うワケよ!
今日びここらは物騒だぜ? 護衛を連れた隊商一家ですら、無残な事になっちまった!」
人里からやや外れた道。辺りは岩山や砂漠ばかりで、集落やオアシスの類はありそうもない。
わたしを取り囲んだ粗野な連中は、嫌らしい笑みを浮かべて警告してきた。
「先ほど、通った道で見たあの残骸は……お前たちの仕業か?」
わたしは努めて低い声で、男たちに詰問した――が、奴らは舐め切った態度でニヤニヤと笑う。
「おっとォ~人聞きの悪いことを言いなさんな。それじゃまるで、俺たちが追い剥ぎみてえじゃあねェ~か。
スクル教の神サマに誓ってもいいぜ。俺たちは通りすがりの、哀れで善良な貧民さ。
聞けばスクル教徒ってのは、俺らのような貧しき者には、救いの手を差し伸べて下さるそうで」
「そうそう。俺たちゃ訴えただけだぜェ~『どうかお恵み下さい』ってな! そしたらアイツら、涙を流して喜んで全財産を寄付して下さった!
……まァ、その後どういう訳か『不幸な事故』で、全員お亡くなりになったんだがなァ。信心が足りなかったのかねェ~ヒヒ」
聞いているだけで反吐が出るような、ケチな盗賊の屁理屈だ。
見渡せば連中、結構な数である。少なくとも20人近くはいるだろうか。隊商を襲ったついでに、わたしの懐まで狙おうという魂胆らしい。
「な、なァ~。今聞こえたカンジ、ちょいとハスキーだが……女の声じゃあなかったか?」
盗賊団の一人が、舌なめずりして興奮気味に訴えてきた。そして仲間が制止するより先に、わたしに飛び掛かってくる。
次の瞬間、その盗賊は地面に這いつくばった。乾いた砂にまみれ、無様に転倒する痩せこけた男の顎を、わたしは一気に踏み砕く。
「ご……おがああッ……!」
倒れた盗賊は口から大量の血を流し、のたうち回った。
「なッ…………!?」
盗賊団から驚きの声が上がる。仲間を倒された事にではない。奴が襲ってきたため、わたしが巻いていた頭のフードが外れてしまったのだ。
「おう……こいつァ驚いた。マジで女……しかもヨダレが出そうなほどイイ女じゃねーか」
「肌の色からして……ここらの人種じゃねえな。東陽人か? 何にせよ拾いモンだぜ。これだけ美人なら、奴隷市で相当な高値がつく!」
その場にいた全員の瞳が、好色に染まりギラつく。
……やれやれ。だから顔を見せるのは嫌だったんだがな。
「……わたしと戦うつもりならば、とっとと武器を抜け」わたしは警告した。
「あ? 何言ってんだ? 野郎ども、刃物は使うなよ。上玉だからな。できるだけ傷物にせず、生け捕りにするんだ!」
「承知!!」
この期に及んでまだ、わたしを奴隷として売り飛ばす腹積もりらしい。
こんな外道ども相手に手加減する気は起きないが……向こうが素手で来るなら、わたしも素手で迎え撃つまでだ。
大柄な盗賊が、わたしの腕を掴み、笑みを浮かべる。
だが次の瞬間、大男は顔に笑みをへばりつかせたまま――宙を舞った。
「えッ…………うおげぇっ!?」
まさか女の細腕に、自分が投げ飛ばされるなど思いもよらなかったのだろう。
一緒に襲い掛かってきた4人は、現実の光景に目を疑い、驚いて動きが止まった。
「はあッ!」
わたしは雄叫びを上げ、大男の身体を振り回して次々と盗賊をなぎ倒す。
わずか数秒にして、5人の盗賊が地べたに倒れ伏す事となり……残った盗賊たちも鼻白んだ。
「な……なんだ今のはッ……たかが女一人に、なんでこんな怪力が……!?」
「そんなバカな話があるか! 単なるまぐれだろ! お前ら、本気でかかれッ!」
おののきつつも盗賊たちは、戦意を完全に失ってはいないようだ。
しかしさすがに只事ではないのを察したのか、のろのろと得物の半月刀を抜いた。
「うおおおッ!」
襲い来る盗賊たち。だが身のこなしから分かる。数だけは多いが、さしたる使い手はいない。
わたしは大胆に踏み込んで、男の鼻っ柱を殴りつけ、時には蹴りを、時には敵から奪った刀で立ち回った。
みるみる内に彼らは、うずくまり、苦痛にあえぎ、気を失っていく。
「ひ……なんだコイツ! 強すぎるッ……!」
生き残った盗賊たちは息を飲んだ。大立ち回りをする内に、羽織っていたマントもはだけ、わたしの全身が露わになったのだ。
わたしはこう見えて、少しは腕に覚えのある戦士だ。戦い、生き残るためにそれなりに鍛え上げ、動きやすい格闘型の革鎧に身を包んでいる。
「……信じられん。女のクセになんという筋肉ダルマ……!」
「失礼な奴だな。そういう反応には慣れているが……流石に少しは傷つくぞ」
わたしは冗談めかしてうそぶいて見せたが、これも自らの鍛錬の成果だ。悪党どもに恐れられるのは、むしろ誇らしいとさえ思う。
「お頭、大変です! あの女が隠していた馬を発見したんスが……」
「馬とはまた、景気がいいじゃねえか。売ればいいカネになる……それの何が大変なんだ?」
「そ、それがッ。その……とんでもない馬でして……!」
盗賊たちが、わたしが従者に命じて隠させた馬を見つけたらしい。
別に盗まれるのを警戒して隠していた訳ではない。別の理由があった。
「ぎゃッ!?」
男たちの悲鳴が上がる。現れたのは、通常の倍近い巨大な黒馬。凄まじいいななきと共に、蹄を振るって盗賊を何人か軽く薙ぎ払っていた。
「わたしの愛馬アルファナは、ちょいと臆病でな……うちの従者もよく手を焼いているんだ。
そこらの男じゃ乗りこなすどころか、触れる事もできずに命を落とすぞ」
「ひいいい! なんてこった……馬も化け物だァ!?」
残った盗賊たちの腰は引けている。仲間の大半をやられ、すでに戦意喪失しかかっているようだ。
「お、お頭ァ……!」
「……フン。ボンクラども相手とはいえ、少しはできるようだな」
盗賊団の首領と思しき巨漢が、わたしの前に立ちはだかった。どうやらコイツは臆してはいないらしい。ありがたい事だ。
だが……この男、さっきはこんなに大きな体格ではなかったような気がする。目の錯覚か?
「くくく……驚いているようだな。己の不運を……呪うがいい」
首領はくぐもった笑い声を上げると……その姿は、「人ならざるもの」に変異していた。
先刻とは明らかに異なる、身の丈2メートルを超える巨躯。全身から剛毛が生え、顔つきも人から獣へ――ハイエナのような醜い容貌に変質する。
盗賊団の反応はさまざまだ。半数くらいは首領の正体を知らなかったらしく、パニックを起こし逃走したり腰を抜かしたりしている。
「くらえェ!」
獣人と化した首領は、太い腕から伸ばした鋭い鈎爪で、わたしを切り刻もうと飛び掛かってきた。
ところが……奴が振るった攻撃の先に、もはやわたしはいない。
「!?」
わたしは上空に跳び、奴の死角から思いっきり全体重を乗せた膝蹴りを、首筋めがけて放った。
わたしも並みの男よりは筋力には優れるが、ここまで巨大な敵相手に、真正面から挑むのは愚の骨頂だ。
そこで奴が突進し、不安定な体勢となった隙をつき――頭部だけを狙って引き倒した。
「ふんッ」
「い……ぎゃああああッ」
さらに首領が起き上がろうとするより早く、奴の右腕を掴みねじり上げる。いかな怪力の持ち主でも、この姿勢では力が入らず、ふりほどく事はかなわない。
「どうだ? 降参するか?」
「バ……バカな! こんなハズでは……俺の真の姿を見れば、どんな勇者だろうと大抵はビビり上がるのに……!」
「お前の正体も知っている。喰屍獣だろう?
あいにくだが、わたしは西の大陸から帰ってきたばかりでな……あっちじゃ、お前のような化け物と戦う事なんて珍しくもなかったんだ」
喰屍獣。人間に化け、腐肉や人間の赤子を喰らうとされる怪物。わたしとて、初めて見たなら苦戦は免れなかっただろう。
要するに、経験の差。何度か戦った事があるなら、ビビってすくみ上がる必要などない。
正体を現した首領があっさり組み伏せられたのを見て、残った盗賊団は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
しかしどうなっている? 三年前、この国はもっと治安が良かったぞ?
今日だけで三度目だ。盗賊団に襲われるのは……しかもその中に喰屍獣が混じっているなど、初体験である。
「信じられん強さだ……てめェ、ただの女じゃねえな? な、何者だ……!?」
「わたしはマルフィサ。旧友に呼ばれてこの国に来た……結構、名の知れた戦士で通っているつもりだったんだがな」
とはいえ、この調子で襲われていては、帝都までの道のりは難儀しそうだ。流石のわたしも、思わずため息が漏れた。