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連載候補短編

神様に愛されなかった少年は地獄の悪魔たちと相性抜群だったようです ~才能ゼロで仲間に裏切られ地獄に堕ちた僕は、ユニークスキル『憑依』で悪魔の力を借りて無双する~

作者: 日之影ソラ

 才能は神様から与えられた物で、人は生まれながらに役割を持つ。

 昔、誰かが残したありがたいお言葉だ。

 現代世界において、神様から受ける恩恵は大きい。

 いや、大きすぎた。


「おい遅ぇぞ! いつまでチンタラ歩いてんだ!」

「す、すみません」


 一人だけ大きな荷物を背負った僕は最後尾を歩いていた。

 パーティーリーダーに罵倒され、重たい荷物を背負い直す。

 他の仲間たちは僕のことなんて見向きもしない。


 手伝おうか?

 大丈夫?

 

 そんな優しい言葉は、これまで一度たりともかけられたことがない。

 だけど……


「仕方ない……よね」


 僕は自分にしか聞こえない小さな声で呟き、みんなに遅れないよう両脚に力を入れた。

 この世界では、神様に与えられた才能が全てだ。

 スキル、加護、魔術適性……これらの力は生まれた時に神様から授かる才能だ。

 神様に愛された者には恩恵が与えられ、そうでない者ものには何も与えられない。

 つまり人間の優劣は、生まれた瞬間にほぼ確定してしまう。

 もうわかると思うけど、僕は神様に愛されなかった人間だった。

 生まれながらに何も持っていない。

 才能と呼べる者はなく、特別な理由も持っていない。

 ただただ無個性で、無能力で、神様に見捨てられただけの人間なんだ。


 才能のない人間は、社会では必要とされていない。

 みんな、一つくらいは何かの才能を持っていて、それに見合った仕事につく。

 戦える才能があれば騎士や冒険者になり、物作りの才能があれば職人に、商売の才能があれば商人になる。

 料理が得意な人なんかは、料理人になってお店を持つ。

 才能とやりたいことが合ってない人は苦労する。

 いくら努力を重ねても、才能の有無で大きく優劣が決まってしまうから。

 それでも才能さえあれば必要とされ、生きていくには困らない。


 なら、何の才能もない僕は?

 誰からも、何からも必要とされない。

 両親には小さい頃に捨てられ、孤児として育った。

 孤児院でも才能主義は変わらない。

 才能のない、神様に愛されなかった子供は、悪魔の子供と呼ばれて嫌われる。

 早々に追い出された僕は、一人で生きていくしかなかった。

 方法は限られている。

 僕みたいな子供なんて、普通はどこも雇ってくれない。

 唯一、冒険者なら可能性があった。

 微々たる可能性だし、戦ったりはできないけど、荷物持ちとか雑用ならやれる。

 パーティーに入れてもらうために頭を下げたのが三年前。

 あの日から今日まで、僕はこのパーティーの雑用係として働いている。


「しっかしこのダンジョン深いな。今って何階層だ?」

「えーっと、確か十七階層だったと思うわよ。正確な数字は、後ろの荷物持ち君が知ってるんじゃない?」

「それもそうか。おいグレイ!」

「はい!」


 唐突に名前を呼ばれてビクッと反応する。


「今は何階だ?」

「十七階層で合っています」

「ほら~ 私のテキトーが当たったみたいね」

「テキトーだったのかよ」


 呆れるリーダーの男に、魔術師のお姉さんが自慢げに言う。


「私はいつもテキトーよ? 神様からそういう加護を貰ってるし、テキトーでも当てられるもの」

「はっ、便利な加護だよな~ 剣術スキルはありがたいけどさ。俺もなんかこう、もっと便利なスキルがほしかったぜ。お前の千里眼とかみたいにさ」

「ボクのはあげないよ」

 

 千里眼もちの弓使いは、そっぽを向きながらそう言った。

 やれやれと身振りをするリーダーのブレイドは、剣士の才能を持っている。

 隣を無口で歩く大柄な男性ゴード、彼は守りの加護や身体硬化を持つパーティーの壁役だ。

 ロレンソのような魔術師は、魔術適性というスキルがなければできない特別な役職。

 弓使いのアーチにも、遠方を見渡す千里眼という便利なスキルがある。

 みんな、それぞれに何かの才能を持っていた。

 ブレイドは羨ましいとか言っているけど、彼だって剣術スキルがあるし、何もない僕からすれば十分すぎる才能だ。

 与えられなかった者の前で、与えられた物に対して文句を言う。

 

 ねぇ神様?

 どうして……彼らには才能を与えて、僕にはないんですか?

 尋ねた所で、答えは返ってこない。


  ◇◇◇


 地下の大迷宮――ダンジョン。

 大昔の建造物で、様々なお宝が眠っている。

 詳しいことはわかっていないけど、これも神様が僕たち人間のために作ったのではないかと言われていた。

 

「神様も意地が悪いよな~ どうせ俺たちのために作ったんなら、最初からもっとわかりやすい場所に作ってほしいぜ」

「本当よね。それにモンスターもいるし」

「文句を言っていないで歩こう。この調子じゃ、最下層まで何日かかるかわからないよ」

「へいへい。おいグレイ遅いぞ! とっと歩いてこい!」


 身軽な四人はせっせと奥へ進んでしまう。

 僕だけ大荷物を持っているから、必然的に体力が削られる。

 加えてダンジョン内は暗く、足元はごつごつしていて不安定だ。

 普通に歩いているだけでも大変なのに、大きな荷物を背負って歩くなんて……と、文句をいう資格は僕にはない。

 これしか出来ないのだから。

 今までも、これからも。


 最前列を歩くゴードが立ち止まる。


「お? モンスターか?」


 ゴードがこくりと頷く。

 暗闇の奥を照らすと、二つ並んだ赤い目が蠢いている。


「まーたグレムリンかよ」

「みたいね。私あれあんまり好きじゃないのよ」

「文句ばかり言うな。手早く済ませよう」

「そーだな。んじゃ行くぜ!」


 ブレイドが剣を抜き、ゴードが盾を構え、ロレンソが杖を持ち魔術を準備し、アーチが弓矢で敵を狙う。

 僕は何も出来ないから、邪魔にならないように下がっている。

 見ていることしか出来ない自分が恥ずかしくて、自然と身体が縮こまる。

 雑用係の僕の役割は、荷物の管理と戦利品の回収。

 それから冒険に必要な情報の管理だ。

 戦う才能のない僕に出来ることは、彼らが戦いに集中できるように、それ以外のことを全て引き受けることだった。

 楽しいかと聞かれたら、もちろん楽しくなんてない。

 僕にも力があれば、才能さえあれば一緒に戦えたのに。

 そんなことを思っても、現実は変わらないから、やれることを精一杯頑張るしかなかった。

 見捨てられない様に必死に努力して、置いて行かれないように付いていく。


「おーし終わったな。グレイ、回収だ」

「はい!」


 邪魔をしてはいけない。

 逆らってはならない。

 僕が生きていくためには、ヘコヘコと頭を下げて、取り繕うしかないんだ。


 こんな日々……あとどれくらい続くのだろう?


 時折、ふと考えてしまう。

 どうせ神様に愛されていないのなら、生きている意味なんてないんじゃないか。

 終わらせてしまったほうが楽かもしれない。

 でも……自分で自分を終わらせるのにも勇気がいるんだ。

 その勇気すらない僕は、後ろ向きな毎日を生き続ける。

 死ぬまで卑屈に、誰かの影に隠れながら。


 ただ、そんな日々も。

 今日が最後かもしれなかった。


  ◇◇◇


 数日前に発見されたダンジョン。

 現時点で確認されているのは、三十階層以上はあるということ。

 これは驚異の数字で、過去数年で発見されたダンジョンの中で最も大きく深い。

 その深さから、地獄への入り口ではないかという噂すらたっているほど。


「はっ! 何が地獄への入り口だよ。そんなもんあるわけねーだろってんだ」

「そうかしら? 実際大昔は地獄があったんでしょ? 悪魔って呼ばれるのもいたって話だし」

「あれはおとぎ話でしょう? 悪さをする子供たちをしつけるために、大人が考えた趣味の悪い話だと思いますけど」

「どっちでも良い。んなもんねーんだからな」


 呑気に歩く四人。

 今は三十階層を越え、すでに四十一階層に到達していた。

 この時点で僕らのパーティーは、まだ誰も到達していない階層に入っている。

 ずっと間近で見てきたから知っているけど、彼らの実力は本物だ。

 僕が加入した当初は新米パーティーだったけど、今では冒険者ギルド内でも屈指の実力者に成長した。

 危険なダンジョン奥で呆けた話が出来るのも、彼らの実力があったこそ。

 そんなパーティーの一員であることを、僕は誇らしく思うべきなのかもしれない。

 

「にしても本当に深いな~ 次で何階だ?」


 ブレイドが僕の方をに視線を向ける。

 答えろという意味だ。


「今が四十一階層です」

「ってことは次で四十二階層か~ ははっ、不吉な数字だな~」

「どこがよ?」

「だってほら、四十二って死にって読めるじゃん?」


 ブレイドがそう言うと、他のみんなが馬鹿にしたように鼻で笑う。


「なっ、おい笑うなよ」

「だって馬鹿らしいわよ」

「本当にね。地獄を信じてない癖に、そんな数字遊びは思いつくんだね」

「うるせぇよ。案外、次の階層が最深部で、俺たちに死が待ってるかもしれねーぜ?」


 とか言いながら、もちろん冗談のつもりだっただろう。

 ブレイドは笑いながら話していた。

 他の誰もが同様に、死という言葉に恐怖していない。

 神様に愛され、実力のある自分たちが負けることなんてないと確信しているから。

 それは僕も同じだった。

 彼らが負けるなんて姿は、想像できない。


 そのまま僕らは四十二階層に到達した。


「何だここ?」

「随分広い場所に出たわね」

「かといって何もないようだけど……」

 

 そこには何もない広いだけの空間が広がっていた。

 地下とは思えない解放感と、何もない空虚さを感じる。

 これまでの階層に比べてあきらかに造りも異なる。

 黒いタイルのような正方形の板が敷き詰められた地面に、天井や壁も同様だった。

 僕たちから見て正面には、金色の装飾が施された重厚な扉がある。


「あれって宝物庫じゃねーか?」

「間違いないわね! ということはここが最深部?」

「そのようですね。深いだけで、特にこれといって難しいダンジョンではなかったようだ」


 ここが最下層であり、目の前には宝物庫らしき扉もある。

 終わりが見え、脅威が見えない僕たちは、自然と気を緩めてしまった。

 その時、地響きが鳴る。

 地面が、壁が、天井が軋み揺れる。


「な、何だこの揺れ!」


 ブレイドが叫んだ直後、天井に亀裂が走った。

 全員の視線が上へ向く。

 そして、亀裂がさらに広がって、天井に穴が空く。

 巨大な穴から降り立ったそれが、僕たちの前に立ち塞がった。


「な……」


 みんな、思わず声を失った。

 それを一言で表すなら……『巨人』だ。

 巨大な空間に見合う大きさで、肌は黒く、鬼のような顔をしていて、太く凶悪な腕が四本生えている。

 ゴブリン、オーク、オーガなど、人型のモンスターは複数いるが、そのどれとも異なる。

 圧倒的な存在感と迫力。

 それに加わる邪悪さ。

 まるで……


「魔神」


 邪悪な巨人が雄叫びをあげる。

 ただ叫んだだけの風圧で、僕たちは吹き飛ばされそうになる。

 必死に堪えながら、僕たちは直感した。


 戦ったら殺される。


「に、逃げるぞ!」


 ブレイドの一言で、僕たちはいっせいに背を向けて駆け出した。

 情けないとも思えない。

 それほどに凶悪で、明確に感じる死の予兆。

 さっきまでの会話が冗談では済まない。

 勇敢さを発揮して戦えば、間違いなく潰されて死ぬ。


「何なんだあれ! ふざけんな!」

「これ間に合うの!? 一発でも殴られたら終わりよ!」

「文句を言ってないで走るんだ!」


 距離的に、巨人の拳は難なく届くだろう。

 僕らは恐怖で振り返ることすら出来ないから、巨人の動きはわからない。

 もし、逃げる僕たちに拳を振り上げていたら最後だ。

 その状況で逃げ切れる可能性があるとしたら……


「だ、だったらこうすればいいだろ!」

「え――」


 ブレイドが僕の胸を押し、足をかけて転ばせた。

 ドサッた倒れ込む僕は、走り去る彼らの背中を見る。

 誰も、誰一人振り返らない。

 

 ああ……そうだよね。


 この方法が最善だ。

 僕だって同じことを思いついたほどに。

 誰か一人が犠牲になれば、他のみんなは助かる。

 そして、そういう時に犠牲として選ばれるのは、何の役にも立たない僕だろう。

 逃げることを諦めた僕は後ろを振り返る。

 巨人は拳を握り、大きく振り下ろそうとしていた。

 恐ろしい姿なのに、なぜだか恐怖は感じない。

 むしろ、清々しい気分さえある。


「これで……」


 やっと終われる。

 神様に愛されなかった人生が幕を下ろす。

 これで良かったのだろう。

 最悪な人生と思いながら、自分で終わらせる勇気もなかった僕には、こんな終わり方が一番合っている。

 あんなに大きな拳を食らえば、きっと一瞬で死ぬことが出来るだろう。

 苦しまずに逝けるならそれで良い。

 

 そういえば、死んだ人間の魂は天国か地獄に行くらしい。

 良いことをすれば幸せな天国に行けて、悪いことをした人は苦しい地獄に堕とされる。

 僕の場合は、たぶん地獄だろう。

 悪いことなんてしていないけど、僕は神様に嫌われているから。

 

 でも、そうだな。

 もし本当に地獄があるのなら、ぜひ行ってみたいと思う。

 だって僕にとっては、生きているほうがよっぽど……地獄だったんだから。 


  ◇◇◇


 暗くて寒い。

 何も見えないし、何も聞こえない。

 落下していく感覚だけがある。

 これが死というものなのだろうか?

 だとしたら、なんて寂しいんだ。

 お前は一人ぼっちなのだと、あらゆる角度から突きつけられているように感じる。

 だけどそのうち、この感覚すらなくなるのかな?

 もしそうなら、余計に寂しい。

 寂しいとさえ思えなくなりそうなことが、とても寂しい。

 だから僕は、暗闇に向って手を伸ばした。


 ぴとっ――


「え?」


 思わず声に出た。

 手が何かに触れた感覚があったんだ。

 何もわからないはずなのに、僕は死んでしまったはずなのに。

 柔らかく冷たい肌に触れたような……


 僕を目を開ける。

 

「大……丈夫?」


 僕の手は確かに触れていた。

 人間とは思えないほど白い肌をした女の子の頬を。

 闇より黒い瞳をしていて、見ているだけで吸い込まれてしまいそう。

 白い肌とは対照的な黒い瞳と髪を、僕は綺麗だと思った。

 怖いくらいに綺麗だと。


「……綺麗」

「へ?」


 また思わず口に出てしまった。

 何だか意識が虚ろだ。

 やっぱり死んでしまったからなのだろうか?

 女の子が照れて頬を赤くしているのに、温かさをまったく感じない。


「綺麗って……私のこと?」

「うん」

「私に触って……平気なの?」

「平気だよ」


 僕は淡々と答えた。

 特に何も考えず、思ったことを口にした。

 彼女は不思議そうに僕を見ている。

 本当に綺麗で、可愛らしい女の子だ。

 死んでこんな女の子と会えるなんて、ここはもしかして……


「天国なのかな」

「――違う」

「え?」

「ここは地獄。私たち悪魔の世界」


 彼女は冷たい声でそう言った。

 ハッキリと、聞き間違えなんて起こらない声で。

 ここが地獄、地の底。

 悪魔たちが暮らす場所。

 そして彼女は自分を――


「悪魔?」

「そう、私は悪魔。名前はアンリ・マユ」

「アンリ……」


 その名前は聞いたことがある。

 冒険に役立つ知識を集めていた頃、僕はたくさんの本を読んだ。

 地獄のことや悪魔について書かれていた古い本に、アンリ・マユという名前があった。

 冬、病気、悪などの災難を創造した地獄の悪神。

 絶対悪アンリ・マユ。


「君が……アンリ・マユなの?」

「そう。だから、私に触れても平気なの、不思議」


 彼女は伸ばしていた僕の手をギュッと握った。

 とても冷たくて、生きているようには思えない。

 感覚がないのではなく、彼女の肌が冷たすぎるんだ。

 人間ではなく、悪魔だから。

 それにアンリ・マユは災難の象徴で、病の塊のような存在だと本に書かれていた。

 事実なら、触れるなんて一番危険な行為だろう。


「温かい……人間の手」

「平気って、そうか。触れたら普通」

「死ぬぜ。そいつに触れたら」


 答えたのは彼女ではなかった。

 後ろから聞こえた声に、僕は思わず身体を起こす。

 起きろと言われたわけじゃないのに、そうしなければいけないと直感した。

 聞こえたのは男性の声だ。

 振り返ってすらいない。

 まだ視界に入れてもいないのに感じる圧倒的な威圧感は、僕を殺した巨人以上だった。

 正直怖くて振り向きたくなかったけど、声をかけられて無視していたら、もっと恐ろしいことになりそうで。

 僕はすぐに後ろを振り向いた。


「変なもんが落ちて来たと思って見に来たら、ホントに珍しいな。生きた人間が降ってくるなんてよぉ~」


 そう言って彼は顔を近づけてくる。

 背丈は人間の大人と変わらないくらいで、体格も多少良いくらい。

 顔は強面な男で、耳がツンツンしている以外は人間に見える。

 見た目はそうなのに、感じる圧力が桁違いだ。

 俺は人間じゃないぞと、言葉ではなく魂が示しているように思える。


「あ、あの……」

「へぇ~ 中々面白そうな人間だな」

「何しに来た? ベルゼビュート」

「安心しろよアンリ・マユ。今日は別にてめーと殴り合いにきたわけじゃねーから」


 地獄には三人の支配者がいるという。

 その内の一人にして王。

 君主ベルゼビュート。

 その姿、声、魂はまさに――


「地獄の……王様」

「お? よくわかってんな小僧」

「むぅ、ベルゼビュートどっかいって。この人間は私が見つけたの」

「あ? なんだお前、えらく気に入ってんじゃねーか。やっぱ生きた人間は珍しいもんな。特にお前に触れて平気なんて、オレ様でも驚くぜ」


 親し気に話す二人の大悪魔。

 その会話を蚊帳の外で聞いていた僕は、ふとした疑問に気づく。


「生きた人間?」

「ん? 何だお前、まさか死んでここに来たとでも思ったのか?」

「死んだら天国か地獄に行くって」

「バーカ! そんなもん神の野郎が適当こいてるだけだ。神も、人間も、悪魔も……死ねば等しく無に還るだけだ」


 死ねば無に還るだけ。

 その言葉を口にした彼は、鋭く冷たい目つきをしていた。

 だけど恐怖は感じない。

 むしろ、生きているとわかってホットしている。

 ホットしてしまってた。

 死んでも良いと思っていたのに、いざ死ぬとなったらやっぱり後悔したんだ。

 僕は結局……どこまで行っても……


「しっかしお前度胸あるなー。オレ様を王と知りながら、平気で質問してくるなんてよ」

「え、あ! す、すみま――」

「謝るな鬱陶しい。別に怒ってなし、むしろ気に入ったぜ! お前は中々面白い才能を持ってるみたいだしな~」

「才能?」


 それは僕にとって、一番縁遠い言葉だった。

 だから僕は思わず聞き返してしまう。


「僕に才能があるんですか?」

「ああ、あるぜ。ただまぁ~ その才能じゃ地上だと生きにくいだろ? なんせ天の神共には嫌われる」

「神様に……嫌われる才能? それっていったい……」


 ベルゼビュートは笑みを浮かべ、僕の胸を指さす。


「お前は、オレ様たち悪魔と波長が合うんだよ」

「波長?」

「そう。普通の人間なら、その女に触れるだけで即死する。オレ様と話せば、威圧感に負けて精神が壊れる。にも関わらず、お前は平気な顔してる。生身で地獄に堕ちてくるなんて異例だしな。お前は特別なんだろう」

「僕が特別……」


 そんな言葉、今まで言われたことがなかった。

 初めて貰えた誉め言葉。

 言ってくれたのは悪魔の王様だった。

 こんなの、男として情けないと思う。

 だけど……


「ぅ……う……」


 気付けば涙が止まらなかった。

 拭っても拭っても、感情と一緒に溢れてくる。


「泣かせた」

「いやオレ様のせいじゃねーだろ。地獄に堕ちてくるだけでも普通じゃねー。何か事情があんだろ? 話してみろよ。っとその前に名前だ。お前の名前は?」

「ぅ、は、はい! グレイです」


 僕は二人の大悪魔に、ここに至るまでの経緯を話した。

 人間の小さな悩みを悪魔に伝えるなんて、どう考えても不釣り合いだ。

 でも二人は真剣に、ちゃんと最後まで聞いてくれた。


「何だそりゃ。ったく人間って奴は相も変わらずわかりやすいな」

「酷い。そいつら悪い。グレイは悪くない」

「悪神のお前が言うか。まぁそんなもんだろ人間なんて。つーかさ? お前は悔しくねぇのかよ?」

「え……」


 ベルゼビュートは顔を近づけて、睨むように僕に問いかける。


「雑な扱いされて、最後には見捨てられて、そんでお前は悔しくねーのかって聞いてんだよ」

「それは……」


 そんなの……決まってる。


「悔しい……です」

「ふっ、だよな? それでこそだ」


 険しい表情から一変して、ベルゼビュートは楽しそうな笑みを浮かべる。

 そして僕の両肩をガシっと掴んで言う。


「いいぜ小僧! オレ様が手を貸してやるよ」

「え?」

「私も手伝う。最初に見つけたのは私」

「あーそうだな。んじゃオレ様たちでこいつを強くしようぜ」


 アンリ・マユはムスッとしながらも頷いた。


「よし決まりだな!」

「え、あの! 何で?」

「何でって? あー……何だろうな? お前が気に入ったから? 暇だから? いや、あれだなー理由聞かれても一つにしぼれん」

「私は、気に入ったから」


 そう言いながらアンリ・マユが僕の手をギュッと握り直す。

 ニコッと微笑みを向けられると、思わずドキドキしてしまう。

 女の子に手を握られるなんて、思えば初めてだ。

 その相手が地獄の悪魔というのは、きっち未来を含め僕だけだろう。

 悪くない気分を感じている僕に、ベルゼビュートが低い声で問いかけてくる。


「なぁ小僧、お前はオレ様たち悪魔がどうして地獄にいるか知ってるのか?」

「いえ……知りません」

「だろうな。もう何万年も前のことだし、記録から消えてても無理はねーか。昔はな? オレ様たちも地上にいたんだ。オレ様たちだけじゃねぇーぞ? 神とか天使もいた。もちろん人間も」


 かの王が語るのは遥か昔の話。

 神、悪魔、人間が同じ大地に立っていた頃。

 彼らは争っていた。

 趣味主張の違いから、感情的な理由まで様々だが、特に神と悪魔は互いに相容れない存在だった。

 人間も当時は、神と悪魔それぞれの側につく者で別れていたという。

 そうして長きにわたる戦いの末、勝利したのは神だった。

 敗北した悪魔たちは、二度と地上には出られないという制約を受けた。


「そんで地獄から出られなくなって数万年って所だ。神の野郎も、あれ以来地上には出ず中途半端なっちょっかいだけしてるみてーだがな」


 彼の言うちょっかいとは加護やスキルのことだろう。

 神々は自分たちが地上にいることで、その地に生きる者たちに多大な影響を与えることを危惧した。

 だから神々も、天界から降りてくることはなくなったらしい。

 しかし降りてこないだけで、その気になれば自由に行き来できるし、介入も出来る。


「オレ様たちは違う。制約がある以上、二度と地上には出れねぇんだ」

「そう……なんですか」

「ああ。あの頃は楽しかったぜ。戦いは多かったし、どいつもこいつも自由に生きてた。それが今はどうだ? 地の底に押し込められて何も出来ねぇ……詰まんねーよな」


 ベルゼビュートはアンリ・マユに視線を送る。

 彼女も同じことを思ったのか、静かに目を伏せるだけだった。

 悪魔たちは世界からハブられ、疎外されていた。

 それはまるで、地上で馴染めなかった僕のように思えて。


「だから協力してやる。お前はもしかしたら、オレ様たちの退屈をぶち壊せるかもしれねぇー」

「僕に……出来るんですか?」

「さぁな。そいつはお前次第だがー……やるだろ?」

「……はい!」


 僕は力強く返事をした。

 心はすでに決まっている。

 ここが地獄でも、相手が悪魔でも良い。

 僕に才能があると言ってくれた彼らに、少しでも応えたいと思った。

 そして……


「僕は強くなりたい! 強くなって、僕にだってやれることはあるんだって証明したい!」


 それが僕の本心。

 地獄の底でようやく口にできた真実だった。


 それから月日は流れ――


 二年後。


  ◇◇◇


 現世界最大のダンジョン『ヘル』。

 二年前に発見されて以降、未だに最下層は攻略されていない。

 しかし今日、念願は叶うだろう。

 名のある冒険者たちが大部隊を結成し攻略に挑む。

 五度目となる今回は、今まで以上の人数と、えりすぐりの猛者たちが揃っていた。

 その中心にいたのは――


「そんじゃ行くぞお前ら!」


 号令をかけたのはブレイドだった。

 あの日から生き残り、順調に成長を遂げ、今では冒険者ギルドのトップパーティーの一つになった。

 目まぐるしい成長をとげ、今回の作戦でも中核を担う。


 最下層に構える巨人。

 それはかつて、悪魔の城を護る番人だった。

 現代に生きる者たちは知る由もないが、ダンジョンを作ったのは神ではなく、悪魔たちだ。

 ここは彼らの拠点であり、宝物庫でもあったのだ。

 そもそも神の作ったのなら、モンスターなど存在していない。

 モンスターとはかつて、魔物と呼ばれていた悪魔の眷属なのだから。


 そんなことは知らない彼らが、五度目の討伐戦に挑む。

 攻撃パターンは学習済みで、対策も十分。

 戦力的には今回で決着がつくとされていた。


「いいぞいいぞ! このまま押し切れ!」


 ブレイドたち指揮のもと、作戦は順調に進んでいた。

 巨人の腕を斬り落とし、膝をつき始めた時に、彼らは勝ちを確信する。

 しかし、この巨人は悪魔の城の番人。

 その程度で終わるほど、簡単な相手ではない。


「な、何だ?」


 ブレイドの額から汗が流れる。

 倒す寸前まで追い込んだ巨人が、新たな姿へ変貌したのだ。

 腕は六本に増え、背中からは歪な翼が生える。

 傷は瞬く間に癒えて立ち上がり、小さな者たちを見下ろす様に、ブレイドは恐怖した。


「く、くそっ! ここにきて奥の手があるのかよ」


 予想外の変化に動揺し、判断を迫られる。

 作戦続行か撤退か。

 リーダーであるブレイドが決断しなければならない。


「っ……て、撤た――」


 ブレイドが撤退を選んだ直後。

 突然、地面が抉れて爆発が起こる。

 抉れた地面は大穴となり、底が見えなうほど暗く深い。


「な、何だ? 何が起こった?」

「――あれ? もしかしてここってあのダンジョン?」


 ブレイドはその声に、聞き覚えがあると感じた。

 その感覚は正しい。

 二年経とうと、声色までは変わっていない。

 ただ、背丈は伸びたし、少しは大人の男っぽくなったと思う。


「あーやっぱりそうだ。ここに出るんだ」

「お、お前は……」

「ん?」


 僕は振り返って、少し驚いてしまった。

 そこにいたのは紛れもなく、僕が良く知る者たちだったから。

 あの時と違うのは、彼らが僕の方を見ているということ。

 一目見て状況を把握した僕は、小さく笑って呟く。


「丁度良いね」


 目の前にはかつて僕を殺しかけた巨人。

 やられているのか元仲間たち。

 この二年で僕がどう変わったのか、見せつけるにはベストのタイミングだ。


「さぁ、始めようか」


 僕の才能。

 神様に愛されなかった僕が、唯一持っていた才能の名は――


「――『憑依』」


 悪魔を力と魂を、自身の肉体に降ろし使役する。

 それが僕の持っていたスキル。

 対象は縁をもった悪魔だけ。

 神様の敵である悪魔を使役出来るなんて、嫌われて当然だろう。

 今となっては納得だし、それでよかったと思う。

 お陰で僕は、強くなれたから。


「ベルゼビュート!」


 憑依する悪魔の名を呼ぶ。 

 名は契約の証であり、互いの魂を引き寄せる合言葉。

 僕の身体に、地獄の君主が降臨される。


(よぉグレイ、約束通りオレ様を呼び出せたな)

「はい。初陣は必ずベルゼ様を呼ぶ。それが約束ですからね」

(ははっ! ちゃんと約束を守ったな! さぁ始めようか? 相手はこの木偶の坊だろ?)

「はい」


 ベルゼ様の相手には不釣り合いだろう。

 それでも、だからこそ全力で戦う。

 見せつけるんだ。

 僕の力を。

 僕に貸してくれる彼らの力を。


(いくぜグレイ!)

「はい!」


 雄叫びを上げて腕を振り上げる巨人。

 僕は右手をかざす。


(吹っ飛ばせ)

「――高き館の王(バアル・ゼブル)


 君主ベルゼビュートの力は、暴風そのものと化す。

 僕の身体を中心に吹き荒れる風が巨人の肉体を穿ち、勢いを殺すことなく天井を削る。

 神のいる天まで届くように、地の底から牙をたてるように。

 

(いいじゃねーか。青い空が良く見えるぜ)

「そうですね。久しぶりの空です」


 僕らが作った大穴から、雲と青空が見える。

 僕にとっては二年ぶりで、ベルゼ様にとっては数万年ぶりの空だ。

 何とも感慨深い。

 

(おいグレイ、あいつらがお前を見捨てた奴らじゃねーのか?)

「よくわかりましたね」

(たりめーだ。オレ様は王だからな)

「変な理由ですね」


 僕はおかしくて笑う。

 ベルゼ様なりの冗談だろう。

 そして改めて、僕はブレイドに顔を向ける。


(ぶっ飛ばすか?)

「……いえ、僕は別に復讐がしたかったわけじゃないです。むしろ感謝すらしてますから」

(感謝? 何でだ?)

「だって彼らがいなければ、もっと前に飢えて死んでいましたから」


 そう。

 彼らが僕を拾ってくれなければ、何の取柄もない僕は仕事もなく死んでいただろう。

 世知辛い世界だ。

 例え酷い目に合おうとも、彼らがいたから生きている。

 そのことだけは感謝している。

 だから僕は、彼らに向ってこう言おう。


「ただいま」


 まずは挨拶を。

 かつての仲間に、帰還の言葉を告げる。


「お前……本当にグレイなのか?」

「はい。僕はグレイです」

「……」


 ブレイドは言葉をなくし黙り込む。

 お帰りなさい、なんて言葉は返ってこないし、返事は期待していない。

 僕はただ、伝えたかっただけだ。

 そうしてもう一つ、ちゃんと伝えたかったのは――


「今までお世話になりました。これからはもう、僕は一人で大丈夫です」


 決別の言葉だ。


 これは始まり。

 神様に愛されなかった僕は、悪魔に愛されていた。

 そんな僕が魔王と呼ばれるようになって、人類史にその名を刻むまでの……物語。

連載候補の短編です。


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(6/27)転校したくない幼馴染に結婚を迫られたので、一先ず同棲から始めることにしました

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