163話 帝国の事情
「あの少女についての他の情報は掴めんのか?」
「以前にもご報告した以上の情報はありません。」
「平民が貴族の屋敷を出入りしているなんておかしいだろ。あの狡猾な男が目を付けるような何かをしているはずだ。吾輩はその情報が欲しい。」
「しかし、よろしいのですか?殿下に嘘の情報を報告したとか。」
「あの者がこの情報を知れば必ず私利私欲のために使うだろう。まあ、吾輩らも利用しようとしているから違いは無いがな。」
突然、バン!と扉が開き、少年が入ってきた。
「アザーグリス!怪我をしたというのは本当か?誰にやられた?」
「殿下、戦で傷を負うのは当然です。ご心配召されるな。」
「さっき、少女と聞こえたのだが、貴様そういう趣味なのか?」
「ハッハッハ、それは違いますぞ。その者を気にしていたのは吾輩に傷を付けたからです。」
「少女が?」
「ええ、まさに鬼や悪魔のような戦いぶり、彼女を敵に回すことは死を意味する。今回は逃げられたが、次は無いですな。」
「えぇ、そんなに強いのか。」
「もし、吾輩に何かあった時は学園にいる、メイという少女を頼りなさい。彼女は我輩と同じように義理人情を大切にするような人間ですからな。」
「何でそんなことが分かるんだよ。」
「戦えば分かるものです。数合だけでしたが、何を考えているのか、その人となりが分かるのです。」
「よく分からないよ。」
「もっと大きくなれば、分かるようになりますぞ。」
「また子供あつかいして!」
「ホッホッホ。」
もう、あの少女に会うことはないだろう。だが、引くことはできない。必ず護るとあの方に誓ったのだから。
「まだ分からんのか!」
『我の力を凌駕するほどの聖術の使い手だ。無名であるはずがないのだがな。』
「そもそも、今回の遠征は必ず勝てるのではなかったのか!貴様がそう言うから四神将まで出したというのに!」
『想定外はどこにでもあるものだ。そうピリピリするな。』
「落ち着いてなどいられるか!城にいる全ての人間が俺に対してどう責任を取るのだと責めている。このままでは俺は皇帝になれないどころか打首だ!そんな惨めな思いは絶対に嫌だ!俺は皇帝の器なんだ!他の誰でもないこの俺が!」
『落ち着け、まだ策はある。だが、少しの間大人しくしていろ。まだお前の優位は崩れていない。』
「ああ、そうだな。貴様の言う通りにしよう。」
馬鹿な人間だ。少し唆せば簡単に言うことを聞く。
コイツが皇帝になった瞬間がこの国の終わりだ。
自分を正当化している男はもう一人の影がニヤリと笑っていることに気が付くことはなかった。