とんでもねぇダンジョンに突っ込まされたら、そのダンジョンの主に配下にされました 〜凄い力を手に入れたけど、色々もう遅かったです(悲)〜
ばーっと書いたのでちょっとのガバは許してつかぁさい
目に映る景色は、白しかない。
気を抜けばあっという間に自分を失い、どこにも行けなくなってしまう。
まるで、絵が描かれる前のキャンバスのようで。
ソコの中にいる人間は、何も無いのに、何かあると思って迷い続ける。
目印になる物は何かないか、と。
白の正体、それは霧。
何百年も晴れない異常な霧。
霧は、すぐ目の前すら見えないほど深い。
鬱蒼とした緑と相まって、『帰らずの森』と呼ばれ、有名なくらいだ。
有名すぎて、世界有数の危険地域として認められていた。
来る者を拒まず、去る者を逃さない迷宮要塞として。
いわゆる、ダンジョンとして。
Sランクダンジョン、『帰らずの森』。
世界に四つだけ存在する、最悪のダンジョンの一つ。
小さな国が一個丸々入る広大な森に、それを覆う濃厚な霧。
一度迷えば二度と帰っては来れない。
探索途中に、かつて森に挑み、力尽きた者の亡骸がちらほらと見られる場所だ。
さらには、多くの魔物が徘徊する。
まるで霧に創られたような奴らは、白一色で染め上げられた化け物。
二つ頭の熊や、宙を這う百足、硬い外殻を持つ馬など。
そいつらが霧に紛れて襲って来る。
理不尽な難易度だ。
心を折るためだけに作られたような。
誰も来させないために作ったような。
何かを、守るためにあるような。
拒むという意志を感じさせる、無機質な迷宮。
その意志の強さを表すかのような、無茶苦茶すぎる危険性。
何が待っているのかまるで分からない神秘。
人間が挑み続けるには、あまりにも旨味が見えない、デメリットだけが透けている環境だ。
だが、諦める理由にはならない。
人は足掻いてはいた。
人に仇なす化け物である魔物を討伐し、危険なダンジョンからは希少な物資を取って来る『冒険者』。
彼らによって、当然未開拓の森も切り開かれる。
最低でも、一年に一度出される探索隊によってマッピングはされてはいる。
けれども、ソコは広大すぎる森がある。
残念なことに、三百年近くかけて未だに切り開けたのは三割にも満たない。
それに、これまで多くの人間が森に喰われてきた。
腕を、脚を、目を、耳を、喉を、そして命を失う。
そうでなくとも、発狂して後に命を自ら絶った者も数え切れない。
その惨憺たる有様を見て、冒険をやめる者も。
だが、それでも諦めない。
探索隊は今日も出る。
霧の最奥を覗き見るまで。
まだまだ、と。
どれだけ人が倒れたとしても、その死体でできた道で後ろの者がソコに辿り着けるなら、と。
まさしく狂気の所業だろう。
けれども、どうしても憧れて行ってしまうのだ。
すべてを見た先にある景色を、見たいと思って。
きっとあるはずなのだ。
誰も見たことがない、森の中心。
そこに居る門番と、門番が守る宝が。
森に来る者は強者だけ。
SからFまで七段ある内の、ほんの一握りの、本物の天才だけが這い上がれる領域であるAランク。
人の限界を超えたSランクという特殊な者たちを除き、人の限界値まで力を高めた、『冒険者』全体を牽引する役目を任された、実質的な最高の立場にある彼ら。
そんな彼らが徒党を組む、世界最高クラスのパーティ。
そして、その探索隊は、
「……ヤバい、マジか」
壊滅していた。
※※※※※※※
女が居た。
茶色の髪を短くまとめた、活発そうな見た目の、少女と呼べる年頃の女だ。
服装は肌を隠し、緑に溶け込めるような暗い色の装備に身を包ませており、少しゆったりしている。
いくつもの道具や暗器を仕込むための仕掛けである。
そこから彼女が、戦える人間だと分かるだろう。
そして、よく見れば装備は血で濡れていた。
女、ミーシャ・アッカルトは『冒険者』だ。
はじめはただ、貧しい暮らしだったから、金になると思って足を踏み入れた。
稼げる期間は短く、命の危機など当たり前で、才能がなければあっという間に引退し、生活に困る。
荒くれ者が多い世界であることは知っていたし、女がわざわざそこに入ることは少ないことも理解していたし、嫌な思いもきっとするだろうとも分かっていた。
けれども、成功すれば話は変わる。
もしも七段の内の、上から四つ目。
Cランクになれれば、四十半ばで引退しても、家族一つ分を一生養える金が稼げる。
だから、上手くいけばいいなぁ、と思い、なんとなくで頑張った。
そこそこできれば御の字で、できなくても取り敢えず今すぐ飢え死ぬことはないだろう、と。
すると、驚くことに才能があったらしい。
昔から人一倍、周りの状況を察するのが上手かった。
だが、二年ほど先輩の『冒険者』に鍛えられただけで、まさかDランクの斥候にも引けを取らないほど、気配の感知ができるようになるとは思わなかった。
それからは次々と、技を学ぶ。
あらゆる状況で完璧に立ち回るための軽業。
攻撃手段となる、短剣の振り方。
そのついでに投擲。
さらには毒や薬の知識に、補助的な魔術まで。
気が付けば、十七歳の秋。
『冒険者』となって五年でAランクという高みに至った。
そして、彼女は変わった。
溢れるほどの富と、肥大した名声を得る。
死にかけたこともあったが、それすら必要経費と割り切れてしまうほどの幸せ。
だが、変わらないものもあった。
「こんなこと、したくなかったんだけど……」
彼女には、情熱がないのだ。
他の『冒険者』なら、泣いて喜ぶような場面でも、彼女にとっては他の何とも変わらない。
なんとなくで上手くいったから、なんとなくのまま成長した。
他の誰かにあるような渇望。
命を賭してもかまわない、という熱意。
そんなもの、端から存在しない。
だから、はじめは断った。
Sランクダンジョン探索などという危険な仕事は。
数多の人間を呑み込んできた死の森?
バカバカしい。
わざわざどうしてそんな場所へ向かわなければならないのか?
まだ全体の三割も全容が分かっていないというのに、さらにその先を調べるなどどうかしている。
知識は武器だ。
ミーシャも、ただのルーキーだった頃から下調べは完璧にしてから仕事を行った。
だが、今回はその知識がない。
言ってみれば片足をもがれたようなものに、その状態で走れるわけがない。
そして、有名な話だが、Sランクダンジョンはそれ未満とは一線を画しているのだ。
AとSを分ける違いがあり、その違い如何で、ただの高難易度ダンジョンか、人類が総力をかけても攻略できるか分からないダンジョンとに区分される。
実質的に、Sランクダンジョンの攻略は不可能。
本気でやるなら、全世界から兵を集める必要がある。
では、その違いとは、何か?
答えはとても簡単な事で、そこに何が居るのか、だ。
世界最悪の四つのダンジョン。
『最果ての魔王城』には、『魔王』ルヴール・ゴドファン。
『天獄』には、『龍王』ゲドベレゾルン。
『海底遺跡ガザール』には、『大海獣』ルル。
そして、『帰らずの森』には、『墓守』が居る。
それぞれがそれぞれに、人を淘汰できる力を持つ化け物が治めているのだ。
彼女は、そんな奴らが居る場所になど行きたくない。
自分から寿命を削って、何が楽しいのか分からない。
だが、結果的に、ミーシャは『帰らずの森』へ行くことになった。
行かざるを得なくなった。
まさか、家族を呪われるとは思わなかったのだ。
「ホント、クソすぎる……」
ミーシャの、彼女自身の運の悪さへの愚痴。
元はと言えば、原因は『魔王』にあった。
たまに行われる、『魔王』の暇つぶし。
適当なタイミングで、適当な攻撃を人類に対して行う。
止める手段はなく、予測も不可能という、絶対者による搾取の形。
国を半分焼いたこともあった。
凍土で大地を埋め尽くしたこともあった。
そして今回行われた攻撃は、病。
疫病のように広まる、呪いだ。
そして不運なことに、彼女の家族、母と妹は呪いにかかった。
ミーシャが『冒険者』として成功しながらも、彼女の家族は生活を捨てなかった。
貧しくはあったが、それを嫌っていない。
彼女からの仕送りも、最低限すら受け取らずにつき返した。
彼女がもっと良い物を買い換えようとしても、変わらずに反対した。
自分が稼いだ金なのだから、自分のために使え、と。
娘に、姉に、苦労をかけたくなかったのだ。
今はまだ、生きている。
だがあとどれだけもつか、分からない。
分からないが、呪いにかかってから一週間。
長くて一月といった所だろう。
絶望的な状況ではあるが、治す手段もなくはない。
『霊薬』という、高価な薬を与え続ければ、あるいは。
二人に対して、まとまった数が必要だった。
需要が高まり、王侯貴族や大金持ちがほぼ買い占めた、薬を。
もちろん、そのためにはあり得ないくらいの金がかかる。
貯金から考えて、もう一つか、欲を言えば二つは大きな仕事をしなければならない。
そして『帰らずの森』の調査は、大きな仕事と言えた。
「ああ、死ぬな……」
部隊は壊滅した。
運が悪いことに、魔物がバッティングしたのだ。
森の魔物は雑魚ではない。
Aランクの彼女らが壊滅した時点で、その強さは分かる。
一体くらいなら、一人でなんとか倒せた。
だが、一体と会ったら、戦闘音で他の魔物が駆けつけて来る。
森での戦闘はそのことが知られている。
だから、基本は逃げの一択なのだが、魔物と魔物の間隔が近かったらしい。
気が付けば、あっという間に囲まれた。
十二人いたパーティは、一人ひとり死んでいく。
気が付けば彼女は一人で逃げ延びていて、その代償か、片腕を失くしていた。
血を垂らしながら、それなりの距離を走っていた。
距離ができたかもしれないが、すぐ追いつかれるだろう。
血の匂いと、血痕。
それに処置は施したが、血を流しすぎた。
追いつかれれば、もう逃げられない。
「無念、だねぇ……」
目を瞑る。
これが最期だと確信して、意識を手放した。
※※※※※※※※
『なんで、こんなことになった……?』
燃えている。
これまでの白とは一変して、赤かった。
火がある。
熱くて、熱くて、熱くて。
肺が焼けるようで、痛くて、咽そうで。
たくさんの赤色で染められていて、火以外の赤も地面に飛び散っていた。
人から流れる、自分の中にもあるモノ。
ひどい臭いがして、顔を歪める。
ある日いきなり、部外者たちが村にやって来たのだ。
武器と力を持った奴らに、何もない村人が勝てるはずもない。
なす術もなく、蹂躙された。
目の前で、何もできずに、一人ひとり……
『ひっ……!』
すぐ近くには、人だったモノがあった。
ズタズタに裂かれて、中身が零れている。
少し遠くを見たなら、同じようなモノがたくさんある。
年老いた老人も、小さな子どもも。
何一つとして慈悲はなく、当たり前のように殺されていた。
『きゃあ!』『やめて! やめて!』『この子だけは許してください。お願いします、お願いします、お願いします……』『うぇぇ……』『ごめんなさい! ごめんなさいぃ!』『何でこんなことおぉぉ』『え? え? え?』『殺さないでぇ!』
女が集められている。
若い彼女らがどうなるのか、誰でも分かる。
興奮しきった奴らがきっと壊れるまで使うことだろう。
だが、関係ないと眺めている場合ではない。
すぐにその魔の手は、自分に向くのだから。
『ひゃっ……!』
『おっと、お嬢ちゃん? どこに行こうとしてるのかな?』
顔は見れなかった。
尋常ではない恐怖で動けない。
『や、やめ、離して……うっ!』
痛い
痛い痛い痛い痛い痛い
腹がジンジンと鈍い痛みが走る。
息ができずに口を開閉し、ただただ苦しむだけだ。
『こっちにもガキが居たぞ!』
『なんだよ、ガキかよ。もうちょい歳がいった奴はいねぇのか?』
引きずる奴に答えた奴は、手に持つ剣で誰かを刺していた。
きっとこれから、殺した相手の身ぐるみを剥ぎ、他の者からも略奪を続けることだろう。
だが、見覚えのある服だ。
地に伏していて顔は見えないが、その髪も散々見慣れたモノのような気がした。
いや、気がした、は逃げているだけだ。
転がっている、これは……
『―――――――――――』
白に染まる。
何も見えなくなる。
体に、今ある場所からずっと下にあるどこかから、力が流れ込んで来る。
力は形を作り、術を結ぶ。
真っ白になった自分に似合う、霧として力になっていく。
そして、
すべてが、消えていた。
「墓を、守らなきゃ……」
※※※※※※※
「はっ!!?」
目が覚めた。
一瞬のような、何年も経ったような。
不思議で仕方ない。
間違いなく死ぬはずだった。
片手も血もなくなり、周囲は人間を襲う魔物だらけ。
その状況で、死なないはずがない。
仮に極小の確率で奇跡が起きたとして、分からないことがあった。
「ここ、は……?」
先程までの白一色ではない。
あれだけ濃かった霧が、動くのに邪魔すぎる木々が、周囲にはなかった。
どちらも、まるで避けているかのように、ソコにだけはない。
ソコだけが、開けていた。
そして、目に飛び込んで来る異様な光景。
夥しい数の、墓。
朽ちかけた木によって作られた、質素な墓。
さらに、墓の前に陣取る白い人影だ。
膝を立てて座っているのが見えるが、座っていても分かる人影の小ささ。
まるで子どものようで、弱々しく思えた。
「…………」
血は止まっている。
今まで感じていた苦痛が嘘のように消え、目覚める前まで重々しかった足取りが軽く思えた。
それに、視界にチラつく自分の髪の色素が抜けていた。
自分に起こった異変を無視して、さらに近付いて行く。
「…………」
ピクリとも動かない。
普段は使っている、足音を消す技術を使うこともなく、普通に歩くだけ。
気配を消すこともない。
だが、まだそれは座っているだけだった。
「……寝てる?」
すうすうという音がする。
それに、腹のあたりが小さく動いていた。
意識があるとは思えず、この状況は間違いなく寝ていると言える。
さらには、
「女の子?」
真っ白な長い髪。
触れれば折れそうなほど細い手足。
それに、まだ十を少し過ぎた程度に思える見た目。
白い影に見えたが、座った彼女をすっぽり覆うほど、長い髪によるものだ。
可愛らしい少女だ。
あどけなさがまだまだ抜けず、弱々しい。
髪から覗く隙間からは、浮いた肋骨が見えている。
少女は服を着ていないようで、他も色々丸見えだった。
不思議な少女だ。
この訳のわからない状況で、少女の存在がミーシャを落ち着かせていた。
死んだと思った。
けれども、今生きている。
さらに、彼女は自分と少女との間に繋がりを感じている。
見えない縄でくくりつけられているような、だが不快ではない、そんな感覚。
庇護欲を掻き立てられる。
護らねば、と思ってしまう。
ミーシャは、その欲に従って、少女を抱きかかえた。
「う、うう……」
「……起きた?」
うめき声に、ミーシャは反応する。
そして、
「……だ、誰ですか?」
「私も貴女が誰か知りたいんだけど?」
※※※※※※※
「ねぇ、外に出ないの?」
「何回目ですか? ボクは墓を守らないといけないんです。申し訳ありませんが、それは認められません」
手を動かしながら、意見を却下する。
墓に手を合わせ、墓を磨き、墓の周りの雑草を抜く。
手付きから、非常に手慣れていることが分かった。
「ねぇ、『墓守』。お願い。私だけじゃ、この森を出られないの。私は帰らなくちゃいけない」
「……墓を守らないといけないんです。ここから離れることは、他の誰が許そうと、ボクが、ボク自身が許しません」
ミーシャは、『墓守』の眷族になっていた。
森を徘徊する魔物たちは、『墓守』が森の中の死体をリサイクルして作っている。
あの時、そこに居たミーシャも使った。
だが、彼女は完全に死んではいなかった。
死んだ肉体から、その魂が離れる前に作り変えたのだ。
製作の過程で彼女の意識が混ざってしまった。
見た目も、心も、ほぼ彼女のままだ。
さらには、ミーシャには、かつてにはない力がある。
主の『墓守』の力を引き継いだ。
霧を操り、あらゆるモノを霧に変える力。
撒き散らかされた呪いを、霧に変換もできるだろう。
普通ならこうはならないが、偶然が重なる。
数十年に一度、極短い時間だけ行われる睡眠。
『墓守』が意識を手放してしまうタイミング。
何か異常が起こったとしても、対応することができない。
「やかましい配下ができてしまった……」
「そこまでうるさくしてないよ? 日に何回かお願いしてるだけ」
「それがうるさいんです。これまでずっとずっと、静かに暮らしてたんです。声を出したのも、貴女が来る前は六十年前が最後だったんですから」
それにより、『墓守』に紐付けられてしまったのだ。
彼女は森から離れることができない。
主である『墓守』が森を離れないのなら、下僕であるミーシャも森を離れられない。
というのも、すべての下僕は森に入ってきた侵入者を撃退することがプログラムされているのだ。『墓守』が無意識レベルで編んだ命令のために、それを無効化することができない。
自分でもどういう仕組みで動いているのか分からないのに、その仕組みをどう止めるかなど知るはずもないし、試したとして、下僕すべてが一斉に止まる可能性がある。
だから、答えは無理、だ。
「知ってるでしょ? ボクは墓を離れられない。役目を果たさないといけない。だから諦めて、向こうへ行ってほしいんだけど?」
「だったら、力ずくで追い払ったらどうなの? ていうか、目障りなら殺せばいい。どうせ、魔物のストックは腐るほどあるんだし」
「…………」
挑発的な言葉だ。
下僕の無礼に対して、主は何も言わない。
「何で、墓を守っているの?」
「……知ってるんじゃないですか? ボクの配下なら、ボクと強く結び付いている。配下に作り直されたとき、ボクの記憶を覗いていてもおかしくない」
「貴女の口から聞いてみたいかな?」
「……酷い人ですね」
露骨に嫌そうな顔をする『墓守』。
からかうようなミーシャと、からかわれる『墓守』の姿はまるで姉妹ようであった。
それ言うと『墓守』は不本意そうにするだろう、と彼女は考えながら、楽しそうな顔をする。
話せば話すほど、そういう目でしか見られないのだ。
『墓守』がどうしようもなく生真面目で、善人だと分かってしまった。
それに、彼女の過去を断片的に見たのだ。
同情できるし、悲しいし、このままでは良くないとも思った。
「暇なのは分かりますが、ボクで遊ぶのはやめてください。貴女に絡まれれば疲れるんですよ」
「実は楽しいくせに。本当は、私と遊びたいんじゃない? 関わらなかったら寂しそうにするくせにさ」
「してません。ボクは誰かと関わる必要がないんです。ルヴールさんやゲドさんだって百年に一回ここに来るかどうかくらいだったのに。騒がしいのは嫌いなんです」
知り合いですらなかなか来ないのに、いきなりやって来た女が騒ぐのだ。
『墓守』からすれば迷惑な話で、それで……
「なら殺せばいいのに。要らない配下はポイすればいい」
「なんで皆そんなに殺伐としてるんですか。殺さなくていいなら殺さない方がいいに決まってます。こちらを害するつもりも、墓を荒らすつもりもない人を殺したりしません」
「変なところでこだわるわね」
大抵のことなら叶えられるに、その力を墓を守ること以外に使うつもりが一切ない。
墓に縛られてしまっている彼女は動かない。
強いことは間違いないのだが、その強さをどうしようとも思わないのだ。
ミーシャは不思議で仕方がない。
「他のSランクダンジョンの主たちはもっと滅茶苦茶しているよ? 貴女も色々外に出てやってみたら?」
「嫌だって。色々思惑が透けてるから。まぁ、ルルって人は会ったことないけど、確かに他の二人は滅茶苦茶だね」
「でしょ? 貴女の知り合いのせいで大変なことが起こっちゃってさ。だから出して?」
「何でルヴールさんがやらかした事をボクが尻拭いしないといけないと? 知らないよ。ボクは墓を守れればそれでいいんだ」
振り向く視界の先には、広がる墓だ。
小さな村ができるほどの数。
質素に、けれども整えられた墓。
ミーシャはその景色と、それを眺める『墓守』を見て、悲しくなった。
下手をすれば数千年という年月を一人で過ごしたのだ。
自発的に、こんなにも寂しい、そして変わらない景色を見続けてきた。
欲がない、目的がない。
ただひたすらに、
「自罰的すぎるよ……」
過去に囚われている。
罪を償わなければ、という強迫にかられ、永遠に停滞することを望んだ。
それしか許されていないのだと心から信じている。
罪などないのに、終わってしまったことなのに。
ミーシャからすれば、そんなことをする必要はないと思ってしまっても、
「そこまで気負うことなんてないんじゃないの? そんなこと求められてないんじゃないの? 貴女が愛した人たちも、恨んでなんか……」
「そういう問題じゃないんです」
踏み込みすぎた
すぐに勘づく。
だが、遅かった。
これまでの雰囲気は霧散した。
仕方なし、という顔ではなく、自嘲するような。
「確かに、仕方なかった。突然現れた侵略者たちは、村人をたくさん殺して、そして生かした女を犯すつもりだったろうね。男と年寄は半分以上死んでたけど、若い女はまだまだ生きていた」
「でも、」
「侵略者たちを、まだ生きていた村人ごと消したのは、変わりようもない事実なんだよ」
『墓守』の記憶。
少しだけ特殊な村に住んでいた彼女は、外の国の侵略者に襲われる。
当時、隣国との争いが頻繁になっていた。
それから、戦いを行うための拠点を作る作戦として村を襲ったのだ。
だが、幸運なことに、彼女は死ななかった。
何らかの力に目覚めたのか、何かから力をもらったのか、気が付けばすべては霧に変わっていたのだ。
人であることをやめたのは確か。
彼女が何故こうなったのかは、あまり良く分かっていない。
分からないが、分かったことは罪の無い人間を殺したのだという事実だけだった。
「死のうかと思ったけど、結局死ねなかったんですよ。首を落としたくらいなら、すぐに治るし。なら、生きて、ここで皆の墓を守りながら生きて、償わないと」
「でもさ、でも、」
「生きているのはボクだけで、その原因はボクにある。自分勝手に生きることは許されない。空虚で、寂しい生き方をしないといけない」
「…………」
「ボクが、そう決めた。誰にも強制なんてされてないし、唆されてもない。持っていた自由を、自分で捨てたんだ」
当時、十を過ぎたばかりの少女の決断。
それから、彼女の居た国も、攻め込んできた隣国も滅び、その歴史が忘れられ、自分の名前すら擦り切れるほどの時が経った。
何もかも、通り越した狂気だ。
止まることを選び続けた、変わらない意志。
「そうまでして……」
「決めたことですから。これまで何万人も殺してきましたが、覚えているのも、償うべきなのも、村人の皆だけです。他のことはどうでもいいんです」
これまでとは一転、冷たい声に変わる。
ある種の威圧感が漂っていた。
だが、これは『墓守』の中にある膨大な力を見せつけているのではない。
『墓守』という存在の価値観。
人間にとって、『墓守』がどれほど遠いものなのかの具現。
長い時を生きた超越者として、あるズレを見せつけていた。
「だから、貴女がこうしてボクに縛られていることを可哀想とは思いません。貴女が森に踏み込んで、死んだのは貴女の責任。死ぬことも分かっていて入ったんだから、同情の余地は塵一つ分だってない」
「……そう、だね」
「だから、貴女を外には出せない。家族が居る? 病気? そんなことはどうでもいい」
これまでのような、軽いおふざけではない。
明確な、自分の指針を述べていた。
お前の問題に自分を付き合わせるな、という拒絶。
「この森に来た時点で、もう詰んでたのかなぁ……」
「そうかもしれませんね。せっかく意識が残ったのに、主ボクだったのが運の尽きでした」
もう動けない。
これまで何度も何度も、挑戦はしてきた。
直接森から出ようとしては失敗し、口説こうとしたが一度も振り向いてもらえない。
説得こそが最後の手段だと粘ってきたのだが、それも終わりだ。
「それに、仮に出れたとして、貴女は元の貴女じゃない」
そして悲しいことに、
「貴女は、命を賭してでも家族を救いたいんですか? 本当は、もうどうでもいい、と思ってるのでは?」
もう、ミーシャは人ではなかった。
「うーん……。ホント、痛い所突くよねぇ……」
「自分で気付いていたんですね」
「まぁ、それはね?」
人であることを捨てさせられた。
今や、残るのは記憶と容姿、それに欠片ほどの人の考え方だけだった。
眷族になることは、身も心も主に捧げるということ。
『墓守』の眷族の作り方は、素体を殺して形を弄くり、新しい形を与える。
ミーシャもその範疇だ。
彼女の意識、魂が影響して人らしい、彼女らしい姿を取っているが、本質は他の眷族と変わらない。
森を、墓を守れ、というプログラムは『墓守』への庇護心として現れる。
他に対しては無関心な『墓守』の影響も受け、プログラム以外の事柄への興味は著しく薄れたのだ。
もちろんそれは、家族に対しても。
「こうなった時点で、もう手遅れってことか」
「むしろ、これまでなんで家族の所に行こうとしたんですか? ボクの興味のない所に関心を持つなんて」
感情はほぼ失われたはずだ。
こうして戯れているのは、生前のように振る舞うふりをしているだけ。
そのふりにしても、するメリットはない。
だから、不思議でならない。
プログラムに従わず、不合理な行動を取る。
手をあごに当て、考えるようなポーズをするミーシャ。
数秒して、軽い調子で答えを言った。
「それは、多分愛ってやつじゃないかな?」
「あい?」
「そうだよ。愛さ」
そんなもの、もうほとんど無いだろうに。
今あるソレは、形だけのモノだろうに。
『墓守』は理解に苦しんだ。
「チンケですね」
「チンケで結構。私は別にそれでもいいんだよ。私の中の愛は削れてもなくなることはなかった」
「……それで、そんな曖昧な理由でボクに殺される可能性を無視してでも外に行きたかったと?」
理解に苦しんだ。
あまりにも、命をかけるには価値を見いだせない。
「貴女はそんなことしないって分かってたさ。それでもしつこく絡んだのは、家族への思い入れもあるけど、貴女に外に出てほしかったからだよ」
「本当に、イレギュラーですね。ボクの望まないことばかりが、その中に溢れてる」
何故こうなったのか?
あり得ない。
いくら何でも、こんな理に反したモノが生まれるなんて。
『墓守』の記憶と常識には決してない事だ。
あってはならない事だ。
「私の意志だよ。削れに削れて、混ざりに混ざって、元のモノとは全然違うけど、それでも貴女が、少しは幸せになってほしいと願ったんだ」
「…………会ってまだ、十五年しか経ってないのに」
「十五年も経ったからだよ。馬鹿だなぁ……」
全部手遅れだった。
彼女の求めるモノはもうない。
とっくの昔に、彼女が躍起になっていた理由はなくなってしまった。
だが、それでも願っていた。
一目だけでも会いたい、と。
希薄な愛情を働かせて、必死になった。
この十五年で、そこを曲げたことはない。
だが、すべてもう遅かった。
そして、それ以上に。
『墓守』のことが気になった。
仲間も、時間も、名前も無くした魔物。
かつて少女だったモノが、もう少しだけ自由を得てほしいと考えていた。
世界で一番の頑固者が彼女と知りながら、その意志を曲げさせようとした。
だが、いまさら曲げるには、時が経ち過ぎていた。
数千年経って、いまさら外に出ろ、と。
悲しいことに、すべてがもう遅かった。
「本当に遅いですよ。もっと必死になってくれたら十四年前に外に出ることを許したかもしれないのに。貴女が六千年前に居てくれたら、もしかして……」
「あり得ない仮定だね。絶対に貴女はそんなことはしなかったよ。あ〜あ、本当にもう面倒くさい」
詰んでいた。
「全部遅いし、全部無理だった」
続かない。
きっと閉じた世界で生き続けたんじゃないですかね?