左手の剣は……
目の前で奪われたロゼの命。
自業自得と笑う王。
抑えきれない憎悪と憤怒。
それを無理やり抑え込まれ、連れ戻されるはどんな苦痛か。
離せと何度叫ぼうとも、声は虚しく響くだけ。
やがてキッドは仲間と共に命からがら帰還を果たす。
村に着くなりキッドは暴れ、手頃な岩へと走り寄る。
そうして、自らの右腕を岩へと何度も叩き付けた。
喚き散らし、叫び散らし……。
何度も何度も。
何度も何度も……。
仲間が止めに入ろうとも、それを振り払い砕き続ける。
骨が折れ激痛走るも、厭うことなく壊れ続ける。
許せないから。
抑えきれないから。
何よりも自分自身が一番忌々しいから……。
何故戦うのかロゼは問うた。
自業自得と王は笑った。
今更になり、キッドは知る。
自らの罪、浅ましさを……。
そうしてキッドは砕き続けた。
世界で最も嫌いな者を、その手で粉々に壊すため。
決して許せぬ自分自身を、その手で闇に葬るため……。
狂ったように打ち付け続け、ついにキッドの右腕が壊死した。
残ったのは空虚な思い。
自分が死んで何になる。
ロゼが返ってくるわけでなし。
慟哭と共にロゼの亡骸を抱え、キッドはふらふらと村の外へ向かう。
竜には乗らなかった。
一歩一歩進む、最後の時間を惜しむように……。
そうして小高い丘へと着くと、この上なく柔らかにロゼを埋めた。
その丘からは空が見渡せる。
丁度この時、星が神々しく瞬いていた。
まるで何かを祝うかのように、この場に似つかわしくない程に……。
そのあまりの眩さに、キッドは地へと突っ伏した。
そうしてロゼの埋まるその場所へと、無数の涙を一晩中零した。
――時は過ぎ、数か月後。
キッドは左手で鍛錬し直し、再び剣の技術を得た。
今日は彼の小隊長任命式。
その早朝、キッドはロゼの墓を訪れていた。
澄んだ空を見るその表情は穏やか。
「ロゼ、聞いてくれるかな? やっと戦う理由ができたんだ。今更気付くなんて、ホント馬鹿だよな……。けど、今度こそ道を間違えない。お前を絶対に取り戻してみせる。約束する」
その頬を撫でるそよ風のように、キッドは優しく呟いた。
左手の剣はそのためだけに……。
決意と共に、彼方を見つめる。
と、そこへ仲間の一人がやって来た。
「よう! お前もようやく一人前だな。キッドなんて呼ぶのも今日で最後か……。名前はもう決めたのか?」
その問いにキッドは悲しそうに苦笑した。
「キッドでいいよ」
「あれ程嫌がってたのにか?」
「ああ……。オレにはそれで充分だ。何もわかってねえ子供さ、オレは。それと、小隊長の座ももういらない。オレは旅に出る」
「なっ!? 何を言っている!」
止めるも無駄。
キッドは竜に飛び乗ると、そのまま空へと消えていった。
これにて【第一章(表)】完です。