奪ったもの、失ったもの
どこまでも広がる濃紺の海。
その上空を行く竜の群。
背に一人ずつ兵を乗せ、兵の手には戦利品。
資源や宝をそれぞれ眺め、皆卑しく笑っている。
そんな中たった一人、一際小さな竜に乗る少年。
飛び交う笑い声の中、先程からずっと押し黙っている。
視線の先は静かな海。
ただぼんやりと眺めている。
その様子に気付いた仲間の一人が、自分の竜を寄せてきた。
「おいキッド! ぼんやりとして、一体どうしたんだよ?」
声にハッとしたその少年――キッドは、振り向くと同時に睨み返した。
「その名で呼ぶなと言っただろ! オレだってもうじき立派な小隊長だ。いつまでも子供扱いなんてさせねえからな!」
威勢よく声を張り上げるキッド。
しかし、その宣言は豪快に笑い飛ばされてしまう。
「そうかいそうかい。ま、楽しみにしてらぁ!」
そう言い残すと、兵は先へと飛んでいった。
悔しそうに睨むキッド。
しばらくはその背を目で追っていたが、またぼんやりと海を眺めだす。
頭の中を蟠りが何度も巡る。
――昨日の夜のこと。
「キッドはどうして戦うの?」
柔らかな声で問う少女。
その名はロゼ。
無垢な瞳でキッドを見つめている。
対し、キッドは怪訝な表情を浮かべた。
「どうしてって、逆にどうして戦わない理由があるんだよ? オレたちは強い。強い者が弱い者から奪うのは当たり前だろ?」
「戦う以外の方法だってあるはずでしょう? なのにどうして……」
「うるさいっ!」
ロゼの抗議を遮るキッド。
怯むロゼ。
しかし、キッドは彼女の様子など構わず続ける。
「戦うことの何がそんなにおかしいんだよ!? オレたちは強いから、その権利があるんだ。できることをやって何が悪い!」
一気に捲し立てるキッド。
その剣幕にとうとう泣き出すロゼ。
「……そんなの、絶対におかしい。戦う理由なんかじゃない!」
そう叫んで走り去ってしまった……。
キッドの胸に残された非難の言葉が、彼を思い悩ませる……。
――と、不意に。
「着いたぞ!」
前方を飛ぶ兵の声がキッドを現実へと引き戻した。
目前に広がる陸地。
火山の麓に彼らの村がある。
程なくして帰還した一同。
だが、何やら様子がおかしいことに気付く。
「村の明かりが……全て消えている!」
「皆は!? 皆は無事か!?」
年中燃え続けている各々の家の松明は全て消され、村人たちは一人残らず姿を消している。
混乱の中、キッドは村中を駆け回った。
「ロゼ! どこだロゼ! 返事をしろ!」
必死の呼びかけも虚しく、どこにも姿が見当たらない。
代わりに見つかったのは、あちこちに落ちていた貝殻。
他の兵たちもそれに気付き、その内の一人が手に取り掲げた。
「これを見ろ! 奴らの仕業だ! 東の海域の連中の!」
東の海域。
つい先程、彼らが遠征に向かっていた場所だ。
海中にある集落。
人魚や海洋生物が暮らす地。
この事件が彼らによる報復行為だと知った兵たちは、すぐさま竜に飛び乗った。
「行くぞ皆の者! 再び東の海域へ!」
言うが早いか飛び立つ兵たち。
皆、一心に海上を飛んで行く。
そんな中、キッドは再びロゼの言葉を思い返していた。
脳内にまざまざと蘇るその表情、声。
それらが延々と巡る中、キッドはただひたすらに海上を飛んだ。