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【短編】

お寝坊さんに、ご挨拶





――やあ、おはよう。ようやく目覚めたようだね――



――……よし、こんな感じでいいかな……



無機質な白の空間。

ある研究施設の一室。中央に、人が”一人”寝転がれるくらいの装置が置いてある。

それは、日焼けを不健康で人工的に肌に刻み込む装置に似ていたが、実質は”コールドスリープ”を行う為の装置なのだった。

その装置の上部。丁度装置の中に居る人間の顔が見える辺り。そこは緑がかったステンドグラスになっていて、外から中の様子を伺うことができた。



――やあ、おはよう。ようやく目覚めたようだね。気分は、どうだい?――



――……こっちの方がいいかな?



中で眠るのは16歳の少女だ。

話したことは一度もないが、私は眠り続ける彼女に恋をしてしまっていた。

十二年前に、この研究を前任者から受け継いだ日から、今日までずうっとだ。


そして、今日は彼女が遂に目覚める日なのだ。

私はいつ目覚めてもいいように、”目覚めてすぐに聞こえてくるナレーション”の練習を、昨日から徹夜で続けていた。

何故なら、第一印象が大切だからである。



――やあ、おはよう。君が起きるのを楽しみにしていたよ――



――……ちょっと怖いかな。ストーカーっぽいかも



いきなり、初対面の人から会うのを楽しみにされても困惑させるだけだろう。

それより、彼女は長い眠りで記憶の錯乱があるかもしれない。

ここは、彼女の情報を伝えてあげるのが、彼女の為かもしれない。



――やあ、おはよう。君の名前は有森ありもり さつき、16歳。私立愛宕高等学校の2回生で、部活はテニス部に所属していたよ。趣味は絵を描くことと、友達とカラオケにいくこと。成績は優秀で、友達も多く、家庭環境も良好だったんだ。家族構成は両親と妹が一人、そして当時2歳になるラブラドルレトリバーの”カナ”――。



――……ちょっとどころではない、怖い人になってしまってる気がする。



「んー……」



私がすんだもんだしてる内に、彼女が小さく寝息のような声を上げた。


私はそれに驚いて、腰を抜かして後ろに倒れ込んだ。




――しゃ、しゃべった……—-




彼女の声を聴くのは初めてだ。

そして、思った通りのベリーパワフルキュートな声だった。




――よ、よし。起きるのも近いな。あ、あーー。てすてす――




私はマイクの電源をオンにして、カプセル内に声が届く状態にした。

そしてすぐにオフにした。




――駄目だ……練習不足な気がする――




本番が近づいてくるに従って、どんどんと弱気になってきた。




「んーー……」




彼女が起きそうだ。さっきよりもやや大きな声が聞こえた。

私は慌てて、マイクの電源をオンにした。




――や、や、や、やァ。め、目覚めたヨーだねぇ――




私は直ぐにマイクをオフにして、その場で頭を抱えた。

ちくしょー、練習の成果が緊張で全く本番に生きていない。

しかし、幸いなことに、まだ彼女は目を覚ましていなかったようだ。


次のチャンスは、絶対にモノにしなければ。



しかし、それから20分ほど、じっと彼女を見つめていたが、なかなか起きる兆候が見られなかった。



――やあ、おはよう。ようやく目覚めたようだね。調子はどうだい?……やあ、おはよう。ようやく目覚めたようだね。調子はどうだい?……やあ、おはよう。ようやく目覚めたようだね。調子はどうだい?…………



やはりシンプルなのが一番だ。これで行こう。

下手に凝った台詞を言うより、短い台詞をバシッとスマートに決めた方がいいだろう。

相手は20年以上も眠っていた人間なんだ。起き抜けに長台詞を言われても頭に入らないに違いない。




――雛鳥は生まれてから最初に見た動くものを親だと認識するらしいな――




それがどうした、という感じだ。

寝てないせいか、変なことを考えてしまった。


それにしても、ちょっと眠い……


私は彼女の様子を覗いてみた。

いつも通り眠っていて、まだ起きる感じではない気がする。

12年観察した私が言うのだから、間違いないだろう。



――20分だけ寝ようかな――



マイクをオンにして、小声で彼女にそう告知すると、彼女は何の反応も示さなかった。

そのことを確認すると、私は真っ白の部屋の壁にもたれ掛かって座った。

右腕に付けたスマートウォッチのアラーム機能を20分後に設定する。




――じゃあ、おやすみなさい――




私は目を閉じた―――




****************************************




「――の、あの、起きてください。大丈夫ですか?」




目を開けると、彼女が目の前で私のことを心配そうに見ていた。

どうやら、私はまだ夢の中らしい。




――やあ、おはよう。ようやく目覚めたようだね。調子はどうだい?――




私が練習した台詞をばっちりと決める。

どうだ、夢の中ならこんなにもハキハキと言うことが出来た。


しかし、だんだんと意識がはっきりとしていくにつれて、私は此処が現実なのだということに気付いてしまった。


だって、装置空いてるもん。




「おはようございます。ようやくお目覚めのようですね。調子はどうですか?」




彼女はくすくすと冗談めかして、私に尋ねてきたので、私は大変にテンパってしまった。




――ちょ、ちょっとだけ寝ようと思ったら、寝過ごしちゃいました。ごめんなさい――




「いえ、私も24年くらい寝過ごしちゃったので……お互い様です」




彼女がそう言って楽しそうに笑ったので、私も吊られて笑った。



どうやら、第一印象は悪くないようだった。






――終――






















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