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1-8 異世界バルンシア

「まあ、座れ」

 俺は頷いて、質素なパイプ椅子に腰かけた。


 机も、よく企業や集会場などで使う長机だ。少なくとも、ここは贅を尽くすような空間ではないのだ。


「兄貴、ここは戦場なのかい」

 八年ぶりに肉親にかけた第一声はそれだった。


 もうちょっとマシな言葉をかければよかったのだが、少なくともそれで少し気持ちが楽になった。兄貴も少しホッとした様子で言葉を返してくる。


「いや、ここはあくまで前線基地であり、戦場ではない。そうならないという保証はないが、補給基地みたいなものだ。ゲートに近い場所に作られているだけだ。


 ゲートも作りやすい場所に設定しないと無駄なエネルギーを使用してしまうからな。ここ第62ゲートは地形の加減で、ここにしか現地ベースを設定できなかった。そのおかげで不便を強いられているよ」


「そうなんだ。おかげでケツが凄まじく痛かったよ。いやあ、道の悪い事」

 そして、俺達は初めて笑顔を交わした。


「はは、さすがにリムジンや観光バスでは、ここの道は通れん。まあ道が開けているだけマシという物だ。最初にゲートが設営された時はジャングルのど真ん中だったから、先遣隊が思いっきり呻き声をあげたそうだ。


 当時の工兵隊の連中に感謝しているよ。帰りはちゃんとした席を用意してやろう。こちらに残る要員も移送されてきているから席は空く予定だ。戻る者もいるしな」


 そいつはまた大変な事だ。きっと最初は鉈と斧、そしてチェーンソーの出番なんだな。退避場所がないなら爆薬は使用できないだろうし、火をつけて焼き払うわけにもいかないはずだ。


 自分達が燻されちまう。自分達にこのような環境を与えた天と上官を盛大に呪いながら、厳しい開拓に勤しんだんだろう。


「兄貴は戻れないのかい」

「俺は十五年契約になっていて、その間はこのバルンシアからは、たとえ親が死んでも絶対に出られない。そして、本当にそうなってしまったのが大変残念なのだが」


 兄貴は少し沈黙し、俺もそれに倣った。き、厳しい。だが、ここへ来てそれが冗談なんかじゃないのだと理屈ではなくわかった。完全に理解できてしまった。そして、どうやら俺の兄貴は、ここの偉いさんのようなのだ。


「バルンシア?」


「この世界につけられた名前だ。なんというか、戦闘機なんかでも相手国で使う正式な名称で呼ばずに、ニックネームで呼んだりするだろう。あれと同じで地球側からはそのように呼ばれているのだ」


 そして、俺は一番聞いてみたい事を聞いてみた。

「ねえ、兄貴は魔王というか魔王軍と戦っているって聞いたけど、それは本当?」


「ん? ああ、あいつから聞いたのか。しょうがねえな。魔王……まあ、そう言えない事もないのだがな」


 なんか微妙な言い方で、兄貴は少し口ごもったが、少し経ってからこう言ったのだ。


「正確に言えば、俺達の部隊が戦っている相手は魔王軍に雇われた傭兵部隊、すなわち違う会社のPMC、地球にある別の傭兵部隊だな。相手は同じ地球人なのだ」


「はあ?」

 俺は鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔で、かなり珍妙な声を出した。


 兄貴もなんというか苦笑いを浮かべている。そして、山岸中佐がコーヒーを載せたお盆を持って入ってきた。


「失礼します」

「ああ、ありがとう」


 俺も会釈して彼を見送った。そういった雑用仕事をする時さえ、動きは大変きびきびしていた。


「ねえ、兄貴。傭兵部隊って、中佐さんがコーヒー淹れてくれるんだ。中佐ってここでそれなりに偉い人なんだよね」


「ん? ああ、そうじゃあないんだが。ここは一般兵士が入れないゾーンでな。そういう事だ」

「あの女の人は?」


 すると兄貴は何故か今までの威厳を突如として何かに吹きとばされたとでもいうように、吹きだしそうな顔をした。あれ、俺は何かマズイ事を言った?


「いやいや、あの人はな、本社からの監査人というか、あれだ。まあ、そう気にするな。少なくとも、お茶は淹れてはくれんよ。むしろ、二人しかいないような時は俺が淹れてやらないといかんくらいだ。あの人の、うちの会社における階級は准将だ」


「そ、そいつはまた」

 はあ、偉い人なんだな。まだ若そうなんだけど。うちの兄貴だって、まだ二十七歳なのだが。あの外人さんがそうだという事は。


「兄貴がいる会社って外国の会社なの?」

 兄貴はコーヒーを飲みながら頷いた。


 昔ながらに砂糖は一つでミルク多めか。そういうところは変わっていないな。俺も同じ好みだった。ブラックは嫌なのだが、甘すぎるのも嫌いなのだ。


 そして兄貴はコーヒーを片手に、さもおかしそうに言った。

「お前な、日本に傭兵部隊なんてものがあるとでもいうのか?」

「あ、そうか」


 日本にそんな物がある訳がないよな。あったらマスコミが大騒ぎしちまうだろう。この事態はあれかな。報道管制?


「でも、じゃあ何で日本にあんなゲートがあるのさ」


「ああ、ゲートは特定の場所でしか開けない。それに対応する場所でしか発生装置は組めないんだ。ある場所でゲートを開かれてしまうと、もうその地域には他のゲートは開けないからな。


 まあ、対応する場所は比較的狭い地域に限られているから、場所が被る事は滅多な事ではないが、狭い地域で開けるゲート候補地が敵味方で重なると、そういう事もあるな。


 なるべくゲートを開かせない手法も取られるが、それは向こう側のゲートを作られる前段階の話だ。大体、向こう側で戦争起こしまくってゲートの拠点を潰すわけにはいくまい?


 たとえば、この第62ゲートの場合、名古屋の港湾を他国の軍隊が攻撃して占拠する形になるのだぞ。さすがにそれは向こうもやれないのさ。


 その辺はお互い様だ。それにもう、主だったゲートは開かれてしまい、後は政治的な理由や地理的な要因で、ゲートを開く事がどこの陣営にも困難だというところまできてしまっているからな」


 それはまた難儀な話だねえ。俺も呆れた感じにコーヒーを啜る事にした。なかなかいい豆を使っているみたいだ。


 一般の兵隊まで回っているのかどうかまでは知らないのだが。あの中佐の淹れ方もなかなかのものだった。よくわからない会社だなあ。


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