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1-5 異世界ゲート

 無言の重すぎる空間の中、超高級リムジンは、これまた高級な二台の眷属を引き連れて、ただひたすら目的地へ向かって突き進んでいった。


 高速へと入っていった一行は、やがて俺にもよくわかる場所へと向かうのであった。


「ここは」

「そうだ、名古屋港へ向かっている」


 見慣れた風景や目印が軽やかに重々しい空気を携えたリムジンの窓の外を流れていった。店をやっていた両親は忙しかったので、麻季菜の親と一緒によく遊びに来た場所なのだ。もちろん兄貴も一緒に。


 そして、やがて埠頭にある大きな倉庫の一つへと着き、リムジンはその前で止まった。その前で警備をしていた連中が扉を開けてくれて中に入っていったが、中の様子を見て俺は驚いた。


「こ、これは」

「まあ、ここがゲート。第62ゲートの補給倉庫だな」


 ゲート、つまりここが異世界への入り口か。62…‥。そんな物がどれだけあるんだよ。


 そこには大量の近代兵器群が立ち並んでいた。まるで「埠頭のドーム催事場で外車の見本市をやるぞ」みたいな雰囲気で気軽に並ぶ剣呑な鋼鉄の塊。


 他に迷彩模様の重機なんかもあるし、でかい車両搭載のロケット砲や大型のミサイルなんかもある。なんだ、これは。


 そう、戦争の道具だ。これマジもんの戦争じゃないか。映画の撮影ではなさそうだ。なんというか、おかしな話だが『生活臭』のような物が滲み出ているのだ。


 細かなリアル過ぎる傷の数々。一体、どこの戦場でお付けになってこられたものなのか。いかにも日常使いでございといった感じの汚れや、土や泥、葉っぱや草がごく自然体に纏われている。


 まるで、肝心の整備以外の部分は、どうせすぐに汚れてしまうのだから磨いても無駄だというような空気を装備している、リアルな殺気を標準装備しているかのような戦闘機械達。


 ここは確か日本だったよな。俺はまるで外国で戦争のための物資を終結させている外国の港にある補給倉庫にいるような錯覚を起こしたが、おそらくここはそういう場所なのだ。ただし、ここは紛れもない日本国内、愛知県の名古屋市内のはずなのだ。


「あのう、あんたらって、『向こう』で一体また何をやっているんだ?」

 それを聞いた女は珍しく感情を露わにし、目を見開いてこう言った。


「馬鹿か、貴様。この装備群が目に入らないのか。戦争に決まっているだろうが」

 あっさり言われてしまって俺は沈黙した。


 傭兵、大佐、このあからさまな兵器の群れ。わかってはいたものの、やはり衝撃は隠し切れない。


「日本の、しかもほぼ、うちの地元でこんな」

 ショックだった。


 そこは、まるで軍隊の駐留地であり、兵器庫であった。いや、ここはまさしく軍隊の待機所というか補給所というか、そういう場所なのだ。装備や兵隊を異世界とやらに送り込むための。


「ねえ、向こうで一体何と戦っているんですか」

「魔王だ」


 俺は少し呆けてしまった。そうか、魔王様と戦っているんですね。異世界だものね。それでは、えー。


「するってーと、魔王軍もいらっしゃるので?」


「当り前の事を聞くな。魔王が一人で戦っているわけがなかろう」

 思いっきり侮蔑を込めた口調と表情で見下す彼女。この女、偉い人間なんだな。


 兄貴、あんた何故こんな事に。それに大佐ってどういう事なんだ。


「その、どうやってその異世界へ?」

「ゲートマシンが通路を開く。ただ、そこを通っていくだけだ」


 それがあなた方にとっては、絶対に知っていないとおかしい常識なんですね。事態は既に、俺の理解の範疇を遥か雲上を越えた。


 今はおおよそ高度二万メートルくらいを漂っているくらいなのだろうか。どの道、そいつらを追いかけるのは無理そうだったので俺はその妄言を心の底に押し込めると、彼女に尋ねてみた。


「今から、この車で向こうに行くんですか?」


「馬鹿め。向こうには舗装された道路など、そうそうはない。リムジンで行けるわけがなかろう。そこに待機している、今から向こうへ補給に行く八輪トラックの荷台にでも乗っていくがいい」


 え、荷台? ちょっと待ってくださいねー。


「あのう、あなたと一緒に向こうに行くのではなくて?」


「当り前だ。私はここでの仕事を任されている人間だ。何故死地である向こうの戦場に行かねばならんのだ。命が幾つあっても足りないわ。


 まったく、お前も物好きな奴だな。どこの軍の人間でもないくせに、わざわざ向こうの世界まで足を延ばすとは。


 まあ、そういう人間の世話も契約のうちには入っているのだが。ありがたく思えよ、小僧。そうでなければ、お前のような部外者の世話など誰がするものか。おい、大林伍長!」


「はっ!」

 大林伍長と呼ばれた迷彩服姿の三十歳くらいの男性が、ピシっとした返答を返した。自衛隊出身か何かだろうか。日本人にしか見えないが制服には日の丸はつけていない。


「こいつを向こうまで載せていき、神田川大佐のところまで連れていけ。こいつは大佐の弟だ。面会して金を受け取りにいくそうだ。扱いは丁重にな」


 今、「乗せる」ではなくって「載せる」って言わなかったかな。なんというか、イントネーションというか、言い回しの口調というか。丁重な扱いをされる荷物?


「はっ。ほう、こうしてみると大佐に似ておられますな。特に目や鼻の形」


「ははっ、あの怪物も魔物や異世界植物の木の股から生まれたのではなくて、人の子だったという事だ。では後は、ここから先はお前に任せた」


 怪物だとお? 俺の兄貴が、あの氷河が? あの頑固で融通は利かないが、俺や麻季菜には凄く優しかった、あの兄貴が?


「お任せを。さあ君、行くぞ。向こうは、いきなり戦場だから気を抜かないようにね。君に何かあったら大佐に申し訳がない」


 ちょっと待って、という言葉は発する間もないし、言える空気も微塵もなかった。かろうじて、ぐいぐいと足を進めていく彼の後を、ただ慌ててついていくだけの俺だった。


 そして放り込まれるトラックの荷台。企画が民間とは違う軍用のトラックの荷台なんて、足場になるような台もないのにうまく登れないのでもたもたしていると、後ろから彼に下半身を抱え上げられて、文字通り軽々と放り込まれた。


 大林伍長殿は割と細身の方なんだけど、宇宙飛行士の一次試験で何度も失格して放り出されてきた俺とは鍛え方が比べるべくもないようだった。


 いろんな物が載せられているようだったが、暗いのでよくわからない。ヤバい、もっと装備を持ってくるべきだった。


 ハンドライトの一つも持たずに異世界へ行こうとは。馬鹿なのか、俺は。こんな体たらくじゃ、向こうへ行ったら本当に死ぬかもしれない。このトラックの積み荷リストに、俺の後悔が追記された瞬間だった。


 そして、トラックの幌の間から見られる、巨大な倉庫の中の天井近くまである、その構造物の大きさに比べて意外と細身で、やや狭苦しい感じのアーチ型に作られた銀色の巨大なフレーム。その幅は約一メートルあまりといったところか。


 高さは十五メートル、幅は二十五メートルくらいか。かなり大きめの倉庫の中でも異彩を放つ建造物だった。


 そこに巨大なコイル状の電線や、これまた巨大なコンデンサーらしきもの、極太の一体どれだけ電力を食い流していけるのか想像しづらい電源ケーブルが走り、軽く騒音を立てている燃料電池らしき大きめの発電設備を擁し、制御盤らしき物が立ち並んでいた。


 それらは多分一台のノートPCで扱い、まとめてコントロールされるのだ。巨大な船舶のエンジンルームなどと同じように。


「こりゃあ、また凄いな」

 俺は独り言ちた。誰も会話してくれる人もいないし。質問も許される雰囲気ではなかったのだ。


「やれやれ、兄貴。あんた、日本を飛び出て一体どこまで行っちまったんだ」


 あの日、泣きながら駆け出していった兄貴。そのまま異世界までも駆けていってしまったのだろうか。俺には頭を振る事しかできなかったのであった。


本日分終了です。

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