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1-4 そこは地獄の一丁目

 俺は待ち合わせの場所に行き、腕時計とにらめっこで待っていた。その、なんとかいう、兄貴の指定した迎えに来てくれる人を。兄貴が契約している会社? の人らしい。


「傭兵かあ。いわゆるPMCって奴だよなあ。まあ来るのは事務の人だろうから。昔は現場の兵隊だったのかもしれないけど。フランス外人部隊にいる元自衛官だった日本人の事務の人なんかも確かそうだよな」


 ここは、一番近い駅の裏にあるロータリーだ。まさか、ここが異世界の入り口って訳じゃあるまい。単に会社の人が車で迎えに来てくれるだけの話なのだ。


 俺は生欠伸をして気楽に待っていたが、そこにそれはやってきた。


「うわ、なんかすげえリムジンだ。黒塗りのロールスロイス・ストレッチリムジンかよ。ヤクザの親分でも迎えに来たのかな。ヤベエな、おい。どこかに隠れるか。鉄砲玉の若い奴が現れて、拳銃を発砲なんかしたりして」


 しかも、前後に黒塗りのベンツまで随伴しているじゃないか。おいおい、本当に何事だよ。こんな田舎町でよ。


 こういう時、庶民は知らない顔で近寄らないのに限るね。俺は思いっきり下がって様子を伺った。あまり隠れているわけにもいかない。俺の迎えもそろそろやってくるのだから。


 そして、前後のベンツから真っ黒なスーツとサングラスをかけた、いかにもといった感じの何人かもよくわからないような連中が何人も現れた。


「やっべえ、そのまんまドヤクザじゃねえか。マジで何事?」


 だが、次の瞬間に理解したのだ。そいつらは一斉にこちらにやってきて俺を取り囲んだかと思うと、手にした写真を見ながら、こう言いやがった。


「神田川雷太だな」

「え!」


「迎えに来た。一緒に来てもらおう」

 ガーン、こいつらが俺の迎えなのかよ。


 兄貴、あんた兵隊になったのかヤクザになったのか、どっちなんだよ。いわゆる『ヤクザの兵隊』なのか⁉


 だが目の前の男達はその問いに答えてくれそうもないし、無言で俺をリムジンにぐいっと押し込んだ。


「うわあ、生まれて初めてのリムジン体験がこれかよ~。できればハワイとかにしてほしかったもんだぜ」


「あらあら、この状況でなかなか元気がいいじゃない。さすが大佐の弟だけはあるわね」

 はあ? あんた、今なんて言ったんだよ、お姉ちゃん。大佐って何だ。


 そこには思いっきりケバい、化粧の濃いお姉ちゃんがいて、まるで今からこのリムジンの中でキャバレーのショーでも始まるかのようだ。歳は多分二十代の後半、二十七歳くらいか。


 まるで何十年も昔のアメリカ映画に出てくるような、なんというかオールドファッションのような髪形をした女がそこに座っていた。


 このリムジンは、ただのエクステンションモデルではなく、中にバーカウンターすら備えた本格的なものだ。


 シートも横向きに長めの、紫色のビロードのようなシートが備えられている。なんという趣味の悪さだ。


 だから、短いスカートなんかで座られると足が付け根近くまで丸見えになり、しっかり足を組んでいなければ対面に座らされた俺から下着まで丸見えだったかもしれない。


 そんな脚線美を披露するような短めで薄い素材の、色もまた薄めのブルーのドレスに毛皮のコートを着て煙管を咥えていた。


 その女は一見して日本人のように見えるが、実際のところはどうだろう。どことなくエキゾチックな感じもするのだが、黒髪と黒目の持ち主で、流暢でネイティブな日本語を話している。


「あの、大佐って?」

 俺はおそるおそる訊いてみたが、彼女はあっさりと俺が百パーセント予想していた人物の名を挙げた。


「馬鹿ね。あなたの兄、神田川氷河大佐に決まっているじゃないの」

「ですよねー」


 やっぱり、俺の兄貴がPMCの大佐とやらなのか。思わず沈黙した俺。ヤバい。ヤバい空気がひしひしと辺りを包んでいるのがわかる。


 どうしたものか。そして、彼女は俺の姿をジロジロと遠慮なく、いや完全に無遠慮に眺めながら言い放った。


「やれやれ、これから戦場に行くというのに、その格好か。これだから内地の人間は」


 はい。この俺が、潰れかけたラーメン屋の若店主に過ぎないこの俺が、これから訳の分からない紛争地に行くのが決定したようです。


「あ、俺ちょっと忘れ物があったのを思い出して」

 しかし、無情にも彼女は冷たく運転手に向かいインターホンで、短く簡潔に言い放った。


「出せ」

 あー、これはもう出発しちゃったようですね。もう逃げられないという事ですか。オーマイゴッド! 


 いやオーマイラーメンか。信じている神とか特にないからな。死んだら仏様関係のお世話になるわけだが。


 その確率は、天文学的な確率からサイコロレベルにまで降下してきた気がする。どうせ死ぬのなら宇宙船の中で死にたかったぜ。


「あのう、あなたは?」

「契約者の、現世での関わり合いを処置する部署の人間だ。お前など、わざわざ名前を名乗るような間柄でもないのだ。私の事は仮に記号でラムダとでも呼ぶがいい」


 うわあ、俺なんて名前すら名乗るに値しないわけですね。さすがに、へこむなあ。高圧的な女王様風だし。やたらと逆らわんでおこう。現世って何、現世って。


 ここってさあ、もしかしてもう地獄の一丁目なんじゃないのか。俺は既に、今回の旅程に対して激しく後悔していたのだった。


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