【8】
行く、行かない、どっちとも決めないうちに先生が「悪いけど、伊藤遼太郎に渡しといてくれ」とプリントを預かってしまう。
クラスメート達も、心配してくれたり…。
わ、私はちっとも心配なんてしてない…のに…。
傘もあるし、プリントもあるし、ウチから遠くもないし…。
行かない訳にはいかないと言うか…。
伊東くんから教えて貰った住所を頼りに、遼太郎の家を目指す事になった。
表札を確認。
『伊藤』
いざ、チャイムを押すとなると、どうしてこんなにも勇気が要るの?
だからと言って、ずっと、家の前で立っていても、近所迷惑?不審人物?
ささっと、プリント渡して傘を返して、「じゃあ、お大事に」って言って、それですぐに帰れば済む事じゃない!
えいっ!!
――ピンポーン。
チャイム鳴らした後のこの待ってる間が微妙に落ち着かないよね…。
「はい、どちらさま?」
「あ、あの、ぷ、プリント…を…」
玄関から出てきたのは――。
りょ、遼太郎のお母さん?可愛らしい人だ。
「も、もしかして…、せりなちゃん…?」
「は、はい!」
――って、何で私の事知ってるの?
一度、ウチまで謝りに来た時は、私は部屋に篭ってて、両親が対応してたから会ってないのに。
「あなたが芹菜ちゃんなのね!さぁ、どうぞ!上がってちょうだい!」
「え?」
「時間無い?でも、少しだけなら良いよね?」
「………」
親子揃って、強引と言うか、人の話聞かないタイプなのね…。
そういう私も、最近押しに弱い?
こんなに流されるタイプとは、今までちっとも気付かなかったよ…。
玄関で客用スリッパをさっと出されて、「芹菜ちゃん、グッドタイミング!昨日、パパがドーナッツを買って帰ったのは良いんだけど、おばさん一人では食べ切れないの」そして、最後に一緒に食べていかない?と訊かれてしまう。
「あ、あの、私、プリントと――」
「コーヒーと紅茶、どっちが好き?」
「…紅茶…です」
断るにも断れない、にっこりと笑っているおばさんを前にして。
紅茶を飲み、ドーナッツを食べる。
遼太郎のお母さんは、一人で話している。
私は、相槌を打つのが精一杯、聞き役に徹している。
と言うより、話の流れは完全におばさんのもの…。
さすが、親子。
遼太郎もこんな感じで、話しかけてるもん、私に…。
「芹菜ちゃん…、この間はごめんなさいね。腕の怪我どう?傷跡が気になるなら整形手術しても良いのよ」
「え?」
しゅ、手術ーっ?!
「遼太郎のせいで、本当にごめんなさい」
「あ、あの…、もう、大丈夫ですから…」
そう?っと気にしてくる表情は、初めて一緒に遼太郎と下校した時と同じ表情だ。
「そうだわ!お留守番、お願い出来ないかな?」
「は?」
「30分だけで、いいの?」
「あの、でも…」
「ゆっくりしていって、ドーナッツもまだ残ってるし、いっぱい食べてくれると嬉しいな」
「……はぁ…」
と、話しながら、おばさんは身支度を整えていく。
私が、つっこむ隙さえ見せない。す、凄い人だ!
あ、そうそう、遼太郎は2階の部屋で眠ってるの。もし、起きてきたら少し食べて、ここの薬飲むように言ってねと、そう言い残して出掛けてしまった。
何て言うか、上には上が居ると言うか…。
私の都合なんてお構いなし?