【7】
あんなに午前中は晴れていたのに、帰る頃になって雨が降リ始めた。
しかも、どしゃ降り。
傘、持って来てない…。
しかも、遠くで雷がゴロゴロと鳴って段々近付いて来ている。
通り雨だから、少し待てば小降りになるかも…。
空を見上げながら、そんな期待を持ってみる。
「芹菜、何してんの?」
「!」
りょ、遼太郎?!あんた、先に帰ったんじゃ…。あれ?私に先に帰れって言ってたんだっけ?
相変わらず、私は遼太郎の話はきちんと聞かないでいる。
遼太郎は私の姿を見て、気が付いたらしく「傘、持ってねぇの?」と訊いて来る。
「うん、まぁ」
見れば分かるでしょうっ?じゃなきゃ、こんな所で雨宿りなんてしないわよ。
「一緒に帰ろうっか?」
「いいよ、傘1本で二人は無理!」
まさか、このどしゃ降りの中、相合傘して帰ろうなんて考えるんじゃあるまい!!
「じゃあ、芹菜が使えよ。これ」
「は?」
そう言って遼太郎は傘の柄を私の手に握らせてくる。
「また、明日な」
「ちょ、ちょっと、待って!」
遼太郎は雨の中へ飛び込んだ。ずぶ濡れになると分かっているのに。
私の手に黒い傘だけ残して。
こんな黒い傘、私が差すと思う?
「………」
生まれて初めて、黒い傘を差して雨の中を歩いた。
翌朝は、昨日と打って変わって雲一つ無い快晴。
上空からは太陽、地上からは水溜りが反射して、眩しさが増すばかり。
そんな光の中、不釣合いなほどの黒い傘を持って登校。
借りた物は返す。
他人の目が気になるけど、こればかりは仕方ない。
傘立てに遼太郎の傘を立て掛けた時――。
「おはよう!北條さん」
「おはよ、伊東くん」
丁度、傘から手を放した時、伊東くんが声を掛けてきた。
「――その傘…、あ、そういう事!」
「?」
何が「そういう事」なんだろう?
勝手に納得している伊東くんに、「なに?」と尋ねてしまう。
彼はいつも以上に優しい瞳を見せて
「今日、遼は休みだよ。熱を出したんだって」
「え?」
「風邪かな。濡れて帰ったんなら…」
「………」
伊東くんの言う通り、遼太郎は濡れて帰った。
だって、私に傘を押し付けて、そのまま雨の中へ。
私はそれを目の前で見ていたんだもの。
「あ、そうだ、ちょっと待ってて!」
伊東くんがノートの端に何か、素早く書き出している。
ビリッと破いて紙を差し出してくる。
「これ、遼の住所」
「え?」
「傘を返すついでに、お見舞いに行くって、どう?」
「………」
手渡された紙と傘を交互に視線を動かす。
意外に近いんだ、あいつのウチって…。