【6】
朝、学校に着けば遼太郎は私の側にやって来て、色んな話を聞かせてくれる。
私は、一応聞く振りだけで返事も無く、相槌も曖昧で、ほとんど聞いていなかったりする。
同じクラスなだけに、一日中、一緒。
クラスの皆も、時にはあからさまに、時にはさり気なく、私たち二人になり易いような空気に持っていってくれる。
全然、嬉しくないのに…。
遼太郎も遼太郎で私を完全な彼女扱いしてくれる。
私の好きなイチゴジュースを奢ってくくれたり。
化学の実験の後片付けを手伝ってくれたり。
帰りに本屋に寄った時、手の届かない高いトコにある本を代わりに取ってくれたり。
他にもいろいろ数え切れないほど、彼女と言うよりまるでお嬢様?お姫様?
それは、とても居心地よい。ただ、その彼氏が遼太郎である事を除けばの話。
* * * * *
体育の授業中。
この時だけ、遼太郎の姿を視界に入れなくて済む時間。
「ねぇ、芹菜ちゃん」
「なに〜?」
クラスの女の子が数人、私を囲んでくる。
「最近、芹菜ちゃん、さらに可愛くなってきたよね」
「は?」
皆が、うんうんっと頷いている。
「なんて言うか、ピリピリした感じが無くなって来た」
「………」
「そうそう、柔らかくなって来たよね」
「………」
わ、私、そんなにピリピリしてた?
「遼太郎くんのおかげかな」
「まさか、付き合うとはね」
「あんな事があったから、どうなるかと思ってたけど」
――あんな事…。
私がぼーっと突っ立てた所に遼太郎が思い切りぶつかって来て、その反動で突き飛ばされて窓ガラスに激突。そのガラス破片で腕を怪我したヤツ。
なんて言うか、何これ?
ここで、付き合ってなんかいません、って言ったらドン引き?
この場をどう対処していいのか分からず、はははは…っと苦し紛れに笑うしかなかった。
はぁ…。
私は人知れず溜め息を零す。
朝も昼も放課後も、遼太郎に付き纏えわれ、ヘトヘトの毎日。
クラスの皆からは微笑ましく見守られ、先生からも「おまえ達が仲良くなってくれてよかった」と言われる始末。
あのクラスの雰囲気からして、ますますあの告白は誤りだと言い難い状況になってしまっている。
でも、そんなに私って、ピリピリしてた?
遼太郎は苦手だ。
あういう雑な人と関わりたくないと思ってたのに、運悪く傷つけてしまった者と傷付けられた者という関係になってしまい、ただ、それだけの関係だったのが、あの日の告白でこんなにも周りが変わってしまうなんて…。
お昼休み。
教室に居ても遼太郎は私にベッタリしてくるし、クラス全員の温かな視線が気になるし…。
居場所無い…。
仕方なく廊下をフラフラと、ただ歩いている。
「あ、北條さん」
「!……伊東クン」
思わず、ほっとした声を出してしまう。苦笑してる私に「元気が無いね」と気遣ってくれる伊東くん。
「何か、あった?遼と」
「…?!」
「最近こんな風に一人で居るのを心配してるんだよ」
「…っ!!」
やっぱり、伊東くんは優しい。彼だけは、私の気持ちを分かってくれる?
「あ、あのね、伊東くん。実は遼太郎とは――」
「遼の事、頼むよ。ああ見えても優しいヤツだから、じゃあ!」
と言って笑顔を見せ、伊東くんは踵を返して去って行く。
「 ………」
初めは一目惚れ、それが憧れに変わり、段々好きになっていった。
この気持ちは本当で、ずっと大切に温めてきたのに。
行き場を失った想い。
もう居なくなった彼の背中に、私は――
『好き…』
私にだけ、聞こえるように呟いた。