語らずとも
「行ってらっしゃい、山田くん」
寮母に寮の鍵を渡した山田 幹久はコクリと頷くと校舎に向かう。
寮長である山田は寮の全員が学校に行ったことを確認してから向かうのが仕事だ。
これを行わないと障害によって危険な状況に陥った生徒を発見できないからだ。
本日はどうやら全員無事に校舎に向かったようだ。
「…………!」
前を歩く女生徒を見つける。
だが、山田は声をかけない。
いや、かけられない。
自分の喉に触れる。
そこには包帯が巻かれている。手術の後だ。
病気のせいで声を出すことが出来なくなった。
好きだったギターも売った。
音楽が嫌いになった。
「何? 居たの、山田くん。挨拶ぐらいしたらどう?」
振り返り、声の出せない山田に無理なことを言う女生徒。
『声をかけちゃ駄目かと思って』
いつも常備しているペンとメモ帳で話す。
「声をかけちゃって、声出せないくせに何言ってるの?」
不機嫌そうに返す女生徒。
酷い言いようだが、一年も同じ生徒で居ると慣れた。
彼女に悪気などないのだ。
「遅刻するわよ。皆が待ってる」
そう言って先を行ってしまう彼女。
背を向けられると山田は会話が出来ない。
それを知っているのにドンドン進んでしまう。
意地悪な彼女。
だが、これさえも彼女に悪気はない。
本当に遅刻しないように急いでいるだけ。
だから山田は足早に彼女の隣に並ぶ。
『おはよう』
彼女は不機嫌そうに返す。
「おはよう、山田くん」