私を見て
緒方 柚葉は訳あって寮から学校に通っている。
「春休み、長かったな~」
学生に与えられる二週間の休暇。
特に学校から課題が出るわけでもなく、だからといって一人でなにもしなかった春休み。
「でも今日からまた皆に会えるし、楽しみだな~。皆は春休み何してたんだろう?」
緒方は気分を高揚させて教室へ入る。
「おっはよー!」
緒方の声に教室に居た生徒たちが反応する。
挨拶を返してくれる水瀬、須藤、杖をついた知らない女の子。
窓際で顔を逸らしちゃう加藤。
教室の一番端の机で座ってスマホをいじってる知らない男の子。
緒方はすぐに水瀬たちのもとに向かう。
「もう水瀬さん、今日もかわいい!」
嬉しさのあまり緒方は水瀬に抱き付く。
「今日も持ってきた?」
水瀬が緒方に手を出す。
「え~と。何のことかな?」
水瀬から緒方は顔を逸らす。
「いつもの。分かるよね」
「今日は……持ってきてないんだ」
「嘘言わないの」
水瀬は緒方のブレザーのポッケを触る。
「これは何?」
水瀬が目を細めて緒方を睨む。
「も、もう止めにしない? カツアゲは良くないし」
「文句言わないの」
緒方は学校に来ると、いつも水瀬に脅される。
「怒んないでよ、出すから」
緒方はポッケからそれを取り出して水瀬に渡す。
「今日はこれだけ?」
水瀬にジッと睨まれる。
「ほ、本当にもう持ってないから!?」
「……分かった。他に持ってたら怒るからね」
「う、うん」
緒方は苦笑する。
「あ、あの、水瀬先輩」
震える声で知らない女の子が喋った。
「そ、そ、そういうのは、良くないと思います……多分」
「え、何で?」
水瀬が目を丸くする。
須藤がクスリと笑った。
「水瀬さん、橘さんは勘違いをしているみたいですわよ?」
「え? ああ!」
須藤の言葉に水瀬は納得する。
「もう! 緒方さんがカツアゲなんて言うから橘さんが誤解しちゃったよ! 橘さんは会話で判断してるんだから紛らわしいことは言わない! 不安にさせない!」
「だって、大事なものだし」
「そうだけど、約束したでしょ。後で返すから我慢して。ごめんね橘さん。私、お金取ったりしてないから」
「そうなんですか?」
橘はホッとする。
「緒方さんとは毎朝学校ですることがあるんだ。これもその一つ。怖いかも知れないけど、酷いことはしてないから安心して。ほら、緒方さんは袖を捲って」
水瀬に言われて緒方はブレザーとブラウスの袖を捲る。
「春休みに何回した?」
「……十二回ぐらい」
「多い」
「で、でも二週間で十二回は少ないと思うよ!?」
「冬休みは半分ぐらいだったでしょ」
「そうだけど……」
「頭のそれは? またやっちゃったの?」
「これは、山田くんが大袈裟で。別に大したことは」
「前に山田くんを驚かせたことがあるんだから控えなさい」
「はーい」
「ご飯はちゃんと食べた?」
「加藤くんが毎食準備してくれたよ。要らないって言ってるのに。勝手に部屋も掃除するし」
「加藤くんは緒方さんのこと心配してくれてるの!」
「私は別にコンビニでも良いの。あ、そうだ! 聴いてよ、水瀬さん。山田くん、風呂を覗いてきたんだよ! 本当に酷いよね!」
「……お風呂に入る前に一言言った?」
「? どうして? まあ少しだけ長風呂だったけど。それを何か怒られて……何で逆ギレされたの、私?」
「緒方さん、お風呂で山田くんをトラウマにさせたの知らないの?」
「何の話?」
「……山田くんが来たら一緒に謝ろうか」
「何で!?」
頭を抱える水瀬に緒方は思わず頬が緩んでしまった。
今何してるか分からない両親も中学のときのクラスメートたちも緒方を"心配"なんてしてくれなかった。
無関心と暴力の世界で生きてきた緒方にとって、この学校の人たちは、そして水瀬は暖かい。
この教室は緒方を見てくれる、肯定してくれる初めての居場所だった。
でも、いつも自分の存在を身体に刻んでくれる"それ"を完全に手放せるのは少しだけ時間がかかりそうだ。