真っ直ぐな道
《私立白鷺学園》の校門に着いた水瀬は中に入る。
「あ、来た」
校門傍の駐輪場の隣にある駐車場に黒いワゴン車が止まった。
運転席から燕尾服を着た初老の男性が降りるとトランクを開けた。
「お嬢様、到着しました」
「ありがとうございます、爺や」
トランクから機械で降りてきたのは車椅子の少女。
水瀬と同じ白いブレザーの生徒だ。
「おはよう、須藤さん!」
「おはようございます、水瀬さん」
水瀬の挨拶に車椅子の少女ーー須藤 暁美はにっこり笑う。
「どう? 今日は歩けそう?」
「う~ん。ですが、水瀬さんが一緒でしたら頑張ってみようかしら」
「うん、分かった!」
水瀬は須藤の前にしゃがむ。
「ありがとうございます。爺や、杖をお願いできますか?」
須藤は杖を受けとると水瀬の両肩に手を置く。
「ゆっくり立つからね」
水瀬と須藤は声を合わせて立ち上がる。
「立てたね。じゃあ行こうか」
「はい。爺や、車椅子をお願いしますね」
須藤は右手で杖を握り、水瀬に支えられながら校舎を目指す。
須藤は生まれたときから歩くのが苦手だった。
怪我でも麻痺でもないのに足がふらついて真っ直ぐ歩けず、終いには転んでしまう。
そのため子供の頃から車椅子の生活で自分でも諦めていた。
「凄いね! 春休み練習したの? 前より歩けてるよ!」
「少しだけですよ」
この学校で水瀬に出会ってから歩きたいと思うようになった。
こんな足では校舎へ着くのに時間がかかる。
車椅子で通った方が誰にも迷惑かけずに済む。
でも、水瀬はいつも須藤が校舎に着くのを待ってくれる。
初めて校舎まで車椅子を押してもらった日、自分が情けなくなった。
全く動かないわけではないのに歩くのを諦めているから。
だから須藤は歩く。
周りの人間に歩き方を馬鹿にされようとも水瀬と一緒に歩けるのなら構わない。
校門から校舎までの普通の人なら苦にもならない短い道、だが須藤にとっては長い長い真っ直ぐな道。
そして須藤にとっては幸せな道だった。