自己紹介⑪
橘と水瀬が席に着くと宮前は嬉しそうに頷く。
「皆、水瀬がどうして橘の代筆をしてあげたか分かったか?」
唐突に問われて生徒たちは首を傾げる。
「橘、黒板の前に立ったとき、どう思った?」
「え? え~と」
皆に注目されていると思い、橘は肩を竦めて言う。
「黒板に文字ってどう書けば良いのかが分からなくて困りました」
橘の言葉に周りがざわめく。
「何もおかしくないぞ。橘は自分で自己紹介したろ? 生まれつき目が見えないって。良いか? 目の不自由な人。その中でも物を見ること自体が苦手な人は点字で文字を理解する。板書も道具を使って点字にするんだ。だけど黒板にはチョークしかないし、点字で書いたところで皆には伝わらない。そして普通の文字を書こうにも広い黒板のどこにどう書けば良いか分からない。言葉で伝えようとも耳の不自由な西島には難しい。だから水瀬は代筆した。そうだろう?」
「は、はい。そこまで深くは考えていませんでしたが、橘さんが困っていたので手伝いました」
「その心を忘れちゃいけないぞ。このクラスの生徒は皆違った悩みがある。相手を理解しないと相手も自分を理解出来ない。それだと悲しい学校生活になる。だから勇気を出してクラスメイトには声をかけろ」
そこで宮前は木村に目を向ける。
「あと二人だが木村はどうする? また女々しいって言われるぞ」
「……やりゃ良いんだろ!」
木村は嫌々立ち上がる。
「木村 明人。一年」
木村は乱暴な字で書いていく。
「好きなもの、ねえよ。苦手なもの、学校。障害、見れば分かんだろ」
「木村。障害を言わなくても良いって言ったが伝えるんなら、しっかり言え。今言ったばかりだろう。相手を理解しろって」
宮前の言葉に木村は一度、目の見えない橘を睨むと口にする。
「俺は左腕がねえ。だからって憐れむんじゃねえぞ。一言は俺に関わんな」
木村は席まで戻ると自分の後ろの相原を睨む。
「お前で最後だ。とっとと行ってこい」




