登校
幼い頃は普通だったと思う。
小学校の時も普通だったと思う。
だけど中学に入って学ランを着たときに違和感を覚えた。
息苦しさを感じた。
自分が自分ではなくなった、大事な足場を失ったかのような感覚。
女子のセーラー服が羨ましくなった。
どうして自分は"男の格好をしているのだろう?"と思った。
だって僕はーー
水瀬 優は姿見の前でリボンを整える。白を基調としたブレザーを叩いて細かい毛を落として、前髪を少し払う。
ポニーテールがおかしくないか再度の確認。
「良し!」
「優! 朝御飯よ!」
「はーい! 今行くよ!」
母に声を返して二階の自室からリュックを持って降りる。
「お、お母さん。食パンだけで良いからね」
「でも、朝は食べないと元気でないわよ?」
「朝に唐揚げは……ちょっと」
「あらそう? お弁当に入ってるからね」
「うん、ありがとう。残りは帰ってきてから食べるから」
「ああ、それなんだけど。今日、真っ直ぐ帰ってこれる?」
「ん? たぶん何もないけど」
母は明るく笑う。
「それなら良かった。帰ってきたら外食するんだけど、何が食べたい?」
「珍しいね。ファミレスで良いんじゃない?」
「ファミレスね! 分かった! 伝えておくね!」
「? 行ってきます」
母が変なことを言っていたようにも聞こえたが、水瀬は玄関に止めている自転車に跨がる。
最寄りの駅まで十分かかるのだ。
スカートで少し乗りづらいが今では慣れっこだ。
「まだ少し寒いな」
曇り空の四月。
自転車を走らせると風を感じる。
春になっても風が吹くと身を震わさずにはいられない。
セーターは五月くらいまで手放せないかもしれない。
まだ七時だというのに国道では多くの車両が走行音をあげて隣を走り去っていく。
トラックが多いだろうか?
「おはよう」
「おはようございます!」
契約している駅前の駐輪場に自転車を止めて駅の階段を駆け上がる。
「よっと」
ICカードで改札を抜ける。
「電車来ちゃってる!」
ホームへと続く階段を降りているとき電車がホームに止まる。
水瀬は急いで駆け込む。
「ま、間に合った~」
扉が閉まり電車が動き出す。
この後は三十分、人が疎らな電車に揺られるが一度セーターを脱ぐ。
走ったから汗をかいてしまったのだ。
セーターをリュックに仕舞い、扉の隅に寄り掛かる。
ポッケからイヤホンを取りだしプレイヤーに繋いで再びポッケに戻す。
好きな曲を聴きながらなら水瀬は揺られていても、瞳を閉じてゆっくり出来る。
目的の駅に着くと自然に目が覚めて駅を出る。
そこから二十分歩けば目的地に着く。
「二週間来なかっただけなのに、すごく懐かしく感じる」
水瀬は一度深呼吸すると歩き出す。
《私立白鷺学園》
ここが水瀬の通う学校であり、今日は一学期の始業式だ。