話せない僕たちの会話
西島 勇気は教室に入るとスケッチブックを広げる。
『おはよう!』
スケッチブックに書かれた文字。
西島本人は何も言わない。
だけどーー
「おはよう、西島くん!」と水瀬。
「おはようございます」と須藤。
「あ、西島くん。おっひさ~」と緒方。
「……おはよう」と加藤。
「ふぇ!? 誰か来たんですか!? えと、おはようございます」と白杖をついた知らない子。
「…………」スマホをいじる知らない子。
一名を覗いて皆、西島を見て挨拶してくれる。
だけど西島には皆の挨拶が聴こえない。
でも、皆の口は『挨拶』をしてくれる。
例え、耳が聴こえなくても挨拶してくれる友達がここには居る。
西島は今まで小、中学校は一般の生徒と同じ学校に通っていた。
補聴器をつけているときは近くで大きめの声で話してもらえれば聴こえる。
西島はクラスメートに恵まれていたおかげで耳が聴こえないことでいじめられることもなく、むしろ率先してクラスメートたちは協力してくれた。
そのため西島は人と話すのが好きだ。
手話や読話も習ったが、一番は筆談だ。
筆談なら相手へかける負担も少ないから会話が弾む。
でも学年が上がるにつれて耳が聴こえない自分の世界は狭いのだと気付いた。
進路もこのまま一般の高校で良いのかと悩んだとき、入校案内のパンフレットで見つけたのが『私立白鷺学園』との出会いだった。
ここで障害について学べば、卒業後に耳が聴こえない自分であっても将来の道が拓けると知った。
そして今の友達と出会った。
「西島くん。そこに立たれると邪魔なんだけど」
『西島くんには聴こえないよ』
「あー、そうだった」
背後からの気配に西島は振り返る。
『おはよう』
メモで挨拶してくれる山田。
「え~と。こうだった? 私もノートで筆談しようかしら」
難しいのに手話で挨拶してくれる朝比奈。
山田は二人が好きだ。
耳が聴こえない西島と声が出せない山田、そして人との会話が苦手な朝比奈。
三人は今日も何てことはない会話をする。




