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悪人が悪いので危険が危ない

 冒険者やギルド職員、一般人など多種多様な人々により、ギルド内には人だかりができている。その中心にサイカの姿が見受けられ、その(かたわ)らには、一人の幼い少女が不安げに寄りそっている。

 サイカには先刻までの意気消沈した姿は影もなく潜め、そびえ立つ鉄柱のごとく、誰にも曲げることのできない信念を瞳に宿している。その瞳はサイカの正面にいる男へと鋭い視線を放っていた。


 その男は中年の小太りで、お世辞にも容姿が整っているとは言い難い。しかし、身にまとっている衣類には高級な素材が使用されており、金持ちの子悪党といった印象を受ける。


「一体何があったんですか?」

 人だかりの外側にいる男に聞いてみた。

「あの女の子のお姉ちゃんが枯葉病になっちまったらしい。しかし、治療するための薬草がこの街になくてな。それであの子はギルドに依頼を持ってきたわけだが、薬草の入手が難しいらしくて、サイカちゃんが薬草を持っている人がいないか探していたんだよ」


 枯葉病とは、体に力が入らなくなり動けなくなっていく病気で、カレルカレロという花の花粉を吸ってしまうと発病してしまう。

 カレルカレロは遠く離れた南の地域に咲く花で、この街では遠征に行った冒険者や旅行に出かけた人などが稀に発病するくらいだ。しかし、バンゴールでは現在、枯葉病を発病する人が増えているという。


「そしたらあの男が持っていると名乗り出たんだ。サイカちゃんが譲ってくれと頼んだんだが、譲る条件に一晩共にしろって言い出してな。あの野郎、以前からサイカちゃんをいやらしい目で見ていたからなぁ……」

「――ッ!」

 俺は言葉をなくす。男の卑劣さに嫌悪感を抱かずにはいられない。

 あの男について話を聞くと、どうやら貴族の家系らしい。アンブロジオ=イゴッゾ――それが男の名前だ。

 アンブロジオ家はこの辺の地域を治める領主だ。領主にはイゴッゾの兄がその地位を引き継いだそうで、次男であるイゴッゾは悠々自適に冒険者をしているようだ。ただ、貴族という家系のため、豊富な財産、収入源を所持しており、生きるために苦心惨憺(くしんさんたん)する冒険者たちを見下しているようで、冒険者たちからの評判は良くない。

 ただ、貴族であるイゴッゾは剣術や魔法術の教育を受けており、冒険者としては上級のランクに位置している。


 俺はサイカの元に向かうため、人だかりをかき分けて進む。その途中サイカが口を開いた。

「……わかりました。その条件で受けましょう」

 消えてしまいそうな小さな声、しかし決意の込められた力強い声だ。

 サイカに寄りそっていた少女は、サイカの承諾の言葉を取り消させようと口をひらく。

「サイカさん……ダメ、その、私たちのために無理はしな――!」

 少女の言葉は最後まで告げることはなかった。少女の体が風にふかれた紙きれのように、その場から吹き飛んだのである。 

 イゴッゾの、大の男の、強烈な蹴りが小さな少女へとたたき込まれたのだ。

 床に転がる少女は声をあげることもできずにもがいていたが、しばらくすると動かなくなる。

 近くにいた神官が駆け寄り、魔法を詠唱する。

 詠唱が終わり、やんわりとした緑色の光が少女をつつみ込むと、少女の息づかいが戻ってきた。

「我輩はこのお姉さんと話しているのだ。貧乏人のガキが出しゃばるな!」


「――このッ!」

 サイカは手をふり上げたが、その手のひらは放たれることなく、小刻みに震えながら制止すると、やがて力なく下がっていく。

 イゴッゾは品性下劣な笑い声をあげると、水を得た魚のように活気づく。

「おいおい、サイカちゃん。薬が欲しいならそういう態度はよろしくないんじゃないかなぁ? その手は我輩に何をしようとしたのかなぁ?」

 サイカは唇をかみ、歯をきしませている。薬草という弱みにつけいられて、反抗できないのだろう。

「……すみま――」

 サイカが謝罪の言葉を口にしようとしたその時、イゴッゾの体はぶっ飛んだ。


 手が尋常じゃないぐらい痛い、これは殴るほうが痛いんじゃないか。

 気がついたら俺はイゴッゾをぶん殴っていた。ふと、サイカのほうを見るとその顔は仰天している。

 よそ見をしていると顔に痛みが走り、俺はしりもちをついて倒れた。起き上がったイゴッゾに殴られたのだ。うん、やっぱり殴るよりも殴られたほうが痛いわ。

「貴様……我輩が誰だかわかっての狼藉か!?」

「子悪党の貴族様だろ?」


 俺はイゴッゾを迎え撃とうと起き上がろうとしたができなかった。頭と体が切り離されているかのように体が思うように動かないのだ。イゴッゾの拳は俺に深刻なダメージを与えていたようだ、片やイゴッゾは腐っても冒険者、ただのギルド職員の拳などたいして効いていないようだ。


 イゴッゾは腰にかけていた剣を抜き構える。銀色に輝く剣身を俺に向けるイゴッゾの顔には怒りが満ちている。これはヤバいのではないだろうか?

「我輩に逆らったものは、心臓を一突きだぁぁ!!」

 剣先が一直線に俺の心臓へと向かってくる。逃げようにもやはり体はいうことを聞いてくれない。なんてこった、異世界にきてたった二日でお終いかよ……

 俺は程なく訪れるであろう痛みに覚悟を決め目を閉じた。


「……?」


 おかしい、いつまでたっても痛みがやってこない。

 俺は恐る恐る目をあけると、心臓の手前、わずか数センチのところで剣先は止まっていた。視線を剣先からゆっくり前に進めると、剣の刃を力いっぱいに握りしめる手があり、血がしたたり落ちている。その手はベステン局長だった。

「イゴッゾ様、ここはギルド内です。刃傷沙汰(にんじょうざた)はご遠慮願いましょうか。」

 ベステン局長は握っていた剣をイゴッゾのほうへと押し返した。

「き、貴様のところの職員が先に殴ってきたのだろうがぁ! それに対する正当防衛だ! 正当防衛!」

「ならば、そこの少女にイゴッゾ様の心臓を一突きしてもらいましょうか?」

 自分の事は棚にあげ、正当防衛だとふざけたことを言っているイゴッゾにベステン局長は獲物を狙う鷹のように威圧する。

「――っ! 今日のところはこれぐらいにしておいてやる。おいサイカ! 我輩との約束、忘れるんじゃないぞ!」

 イゴッゾは吐き捨てるようにいうと、少量の血がついた剣を腰に戻し、人だかりを押しのけてギルドから出ていった。


 しばらくすると集まっていた群衆は散り散りにその場から去っていき、ギルド内は嵐が過ぎ去ったあとのように静寂をとりもどしていた。

 その場に留まっていたのは、俺とサイカとベステン局長、そして少女とそれを抱える神官の五人だ。

 

「局長、ありがとうございました。助かりました」

 イゴッゾの剣から助けてもらったお礼をベステン局長にすると、ベステン局長は血の出ていないほうの手を俺の肩の上に置き、俺と視線を合わせる。

「クルトよ、お前はクビだ」

 ――沈黙が生まれる。突然の事に思考が追いつけていないのだ。

 俺が何かを口にするよりも早く、数秒の沈黙を破ったのはサイカだった。

「待ってください! クルト君は私の代わりに……」

「殴ったことは事実だ」

 ベステン局長は続けて、「冒険者はお客様であり、得意先だ。それを殴ってしまうような奴は、ここにはいらん」と告げ、立ち去って行く。


 どうやら俺は異世界に来て早々に仕事を失い、無職になってしまった。

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